閑話 南野蒼葉は頑張る

「……いよいよ動き出した」

 

 今日の出来事を思い出し、部屋の中でつぶやいた。


 僕の名前は南野蒼葉。


 現在は花冠学園の一号棟で生活している。身の丈にあっていない場所での生活は精神を大いに削られるが、それもこれもすべて家族のため。他に選択肢などない。与えられた役目を全力でこなすだけだ。


「そうだ、今日の出来事をしっかりと記録しておかないと。パソコンやスマホだと万が一の危険性があるし、ノートに記録しておこう」


 ペンを片手に持ち、このような状況になっている経緯を振り返った。


 僕の人生は中学生まで順調だった。


 優しい両親がいて、大切な幼なじみの二人がいて、多くの友達がいた。特別ではないけど、恵まれた人生だったと思う。


 しかし、両親の会社が傾いたことで状況が一変した。


 日増しに生活が厳しくなっていった。両親の辛そうな顔を見るのが苦しかったけど、中学生の僕にできることは何もなかった。


 変化が訪れたのは中学三年生の夏休み明け直後のことだった。


 突然、我が家に獅子王グループの人が訪れた。そして僕にとある依頼をした。

 

 獅子王の後継者となる方の影武者をしつつ、後継者の嫁になる人物の性格を見極めるという依頼だ。母の名前が獅子王会長の娘と同じだったり、僕の容姿が御曹司っぽいことだったり、他にも様々な要因が絡み合って僕に白羽の矢が立ったらしい。


 報酬は資金援助。


 影武者とか見極め役とか依頼内容は正直なところ全然理解できなかった。上級国民の考えはさっぱりわからない。

 

 それでも、家族のために申し出を受けた。


 後継者の名前は西田冬茉様。


 西田という苗字で夏休みにいなくなってしまった親友を思い出したが、当たり前だけど写真で見たその人物は親友ではなかった。


 依頼を受けた僕は引っ越しすることになり、獅子王の後継者らしく振る舞えるよう特別な教育を受けた。半年の間にみっちりとしごかれ、自分でも立ち振る舞いなどは変化したと思う。


 迎えた花冠学園入寮日。


 冬茉様を初めて見たあの時の衝撃は忘れない。


 新入生が正門に集まったわけだが、誰の顔を見ても浮ついていた。


 超名門校に入学できた喜び。テレビ局の取材やら人気女優と遭遇する興奮。そしてこれから一人暮らしをすることに対しての不安。


 様々な感情に揺れていた。


 僕もそうだった。本来なら花冠学園に入学できるはずがない立場だ。おまけに今後、周囲から獅子王の後継者として見られることになる生活を想像するとガチガチになった。あの時の僕の顔は酷かったと思う。


 そんな面々の中、冬茉様だけは違った。


 カメラに一切興味を示さず、人気女優に目もくれず、大金持ち夫婦のアクセサリなどに視線を向けることもない。自分の歩いたところが道だ、と言わんばかりの堂々とした姿で人の群れを突破していった。


「……」


 その姿に痺れた。


 まさに王の闊歩だ。


 冬茉様の事情は聞いている。今まで獅子王と無縁の世界で過ごしてきたはずだ。それなのに、あの堂々たる足取りは高貴な血がなせる業だろう。


 あれが生まれながらの勝ち組。あれが生まれながら頂点に立つことを決められた人物なのかと感心した。


 幸運なことに同じクラスになった。


 冬茉様が誰と仲良くなるのか見られるのでこれは非常にありがたかった。


 同じクラスにはなったけど僕から動くのは難しい。影武者ではあるが獅子王の後継者と見られている僕が過度に接触するとまずい事態になる。冬茉様に迷惑を掛けるわけにはいかないので、挨拶程度でガマンした。


 その後、今日までこれといった動きはなかった。


 友人である北沢伊吹君と楽しそうにお喋りしているだけだった。


 僕はいつ冬茉様が動き出してもいいように友好関係を広げた。クラスの女子、さらには学園の女子全員と良好な関係を築かなければならない。何故なら誰が冬茉様に選ばれるのかわからないから。


 自分の役目は忘れない。


 冬茉様が仲良くなった女子生徒の名前を獅子王会長に伝えるのが僕の役目だ。そして、会長が数人に絞った後に性格のチェックを行う。


 そして今日、遂に冬茉様が動き出した。


 僕に接触してきたのだ。これはチャンスだと、思い切って踏み込むことにした。冬茉様に好みの女性を聞いてみた。


『好みと問われたら微妙だが、目立つ子には自然と注目しちゃうかな』


 なるほど、冬茉様は目立つ子が好きらしい。


 さらに踏み込み、クラスで注目している女子がいないか確認した。


『注目っていうと変だけど、犬山彩葉は目立つよな』


 ある意味では予想通りだったけど、しかし予想外の人物名が出た。


 ――犬山彩葉。


 数少ない一般入試組の生徒であり、学園でも非常に希少なギャル。おまけに金髪となれば花冠学園を探しても一人しかない。


 獅子王の次期会長夫人が一般の人で大丈夫なのだろうか?


 一瞬だけ疑問に思ったが、獅子王の力ならば相手など関係ないだろう。


 それに、僕が単なるギャルだと思っていた犬山さんの印象はすぐに塗り替えられたることになった。


『しかもあいつ、入試で成績トップらしい』


 驚きのあまり倒れそうになった。


 この花冠学園にトップの成績で入学するなど尋常ではない。一般入試の難易度はそれほどまでに高いのだ。何よりも、獅子王会長の右腕である有村執事から「とびきり優秀」と称賛される冬茉様よりも成績が上ということになる。

 

 その知力に興味を持たれたのだろう。


『凄いよな。ギャルなのに頭いいとか。ギャップ萌えっていうか、何か胸にグッと来るよ。個人的に頭が良いってのは素敵だなって』


 冬茉様はかなりのお気に入りらしく、べた褒めだった。


『なるほど、冬茉様はああいう感じの子がタイプなのか』


 思わず口から言葉漏れた。

 

 我ながらあれはミスだった。


『何か言ったか?』

『いや、何でもないよ!』


 今後は注意しよう。


 その後、会話の流れでカフェに行くことになった。お茶を飲みながらゆっくりと会話をした。


 犬山さんは入試トップだけあって本当に頭が良さそうだ。会話をしていてもところどころに知性を感じた。また、コミュニケーション能力も高い。社交的というのはポイントが高い。


 個人的に金髪ギャルの見た目はどうかと思うけど、中身は素晴らしい。


 途中、トイレに行くフリをして冬茉様と犬山さんを二人きりにしてみた。二人は楽しそうに歓談していた。


 これは本当に会長夫人になるかもしれない。是非とも良好な関係を築こう。


 寮に戻った僕は早速今後も仲よくしようという旨のメッセージを送った。


「夏の報告に向けて入念なリサーチをせねば。冬茉様がこれから出会う女子もすべてチェックだ。そのためには冬茉様ともっと仲良くなって、交友関係を見守らないと。一緒の部活動とかして関係を深めるのは有効かもしれないな」


 大きく息を吐くと、ノートを閉じた。

 

 僕は家族のために頑張る。


 徹底的に後継者様に媚びるつもりだ。媚びて、媚びて、媚びまくって、揉み手しすぎて指紋が消えるくらいには媚びを売るつもりだ。


 そして信頼を勝ち取り、いずれは冬茉様の右腕になる。そうなれば家族だけでなく、消えてしまった親友を探してもらえるかもしれない。それに、もう一人の可哀想な幼なじみを救ってくれるかもしれない――


「ここが頑張りどころだぞ、南野蒼葉!」


 人生を賭けた長い高校生活が今、幕を開けた。

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