第11話 負け犬ヒロインは吹っ切れる
お茶会が終わった日の夜。
寮の食堂で晩飯に舌鼓を打っていた俺の隣に犬山がやってきた。
犬山は人懐っこい笑顔を浮かべていた。失恋した時の泣き顔は彼女に似合わなかったが、その顔はよく似合っていた。
「今日はありがとね、西田」
寮は男女で分かれているが、食事の時間だけは男女が共に過ごすことができる。
まあ、過ごすといっても大半は挨拶程度だ。基本的にはそれぞれ仲良しの相手とお喋りしながら食べる。
「手応えはどうだ?」
「ぼちぼちかな。でも、連絡先を交換できたのは大きいかも」
お茶会はお開きになったが、最後に連絡先を交換した。
何故か俺も巻き込まれ、二人と連絡先を交換することになった。乗り気はしなかったが、流れ的に拒否できなかった。
蒼葉は俺と連絡先を交換する時にとても嬉しそうな顔をしていた。それこそ、犬山の連絡先を入手した時よりも。
……あいつ、本当にそっち方向に目覚めちまったのか?
さすがに無いと信じたいところだが。
「西田にも手伝って貰ったし、全力で頑張ってみるよ」
「おう、期待してるぞ」
「任せて。今まで蓄えた知識を総動員して挑むから」
いや、それ結構不安だな。
負けヒロインが知識を総動員してもダメだろ。対戦相手は立ちはだかるライバルを退けて勝者となり、生まれながらの勝者である勝ち主人公様だぞ。
「勝算はあるのか?」
「どうだろう。意識してくれてるとは思うんだけどね。一応、南野はあたしに興味あるみたい。さっきもメッセージ来たし」
「ほう。脈が皆無ってわけじゃなさそうだな」
意外だ。
あいつが犬山に興味を持つと思っていなかった。会話している最中に犬山に対して興味を持っている発言をしていたが、社交辞令だと真に受けなかった。
こりゃ本当にゴールインもあり得るかもな。
だとしたら俺は自分を褒めたい。
犬山から感謝を貰ったこの状況だ。少なくとも悪感情は持たれていない。このまま二人がくっ付いてくれたら恋のキューピッドである俺の未来は暗くない。
「今後は学園内でもお喋りしたいって」
「友達になったわけか」
「そういう感じなのかな。男友達とか初めてだから上手く付き合っていけるかちょっと不安だけど」
外見のせいで忘れがちだが、こいつはあの幼なじみの先輩だけを追っていた。学力から察するに恋愛経験とかは皆無なのだろう。俺もそうだけどさ。
その辺りのギャップも蒼葉攻略のいい材料になりそうだ。
「南野と仲良くしてたら、あいつもあたしを放っておけなくなるでしょ」
犬山が蒼葉とくっ付けば俺としてもありがたい。負け組同士で親近感もあるし、その上で俺と犬山の関係も悪くない。獅子王の次期会長夫人となってくれたら俺のことを厚遇してくれるだろう。
ただ、不安があるとすれば犬山の動機だ。
彼女は蒼葉を好きになったというより、先輩である幼なじみを後悔させてやりたいという気持ちで動いている。
この辺りが今度どうなるのか。
「……そうだな。あの先輩も逃した魚はでかかったと後悔するかもな」
多分あの先輩は後悔とかしないだろうけど、あえてそれは言わない。是非とも見返すことをモチベーションに頑張ってほしい。
「西田にはマジで感謝してる」
「気にしなくていいぞ」
「いや、気にするって。結構脅しみたいなこと言っちゃったし、混乱してたみたい。ホントにゴメンなさい。助けてくれてありがとね」
素直に頭を下げてきたので感謝を受け取っておいた。
実のところ、俺も今回の接触は助かったりした。
俺の役目から考えると蒼葉はどうあっても避けられない相手だ。いずれ面と向かう日が必ず来るだろう。ひとまず現状を把握できたのでメリットがあったと言っていい。
蒼葉はちっとも俺の正体に気付いていない。これっぽっちもだ。
これは確定だ。もし気付いていたのならリアクションはあったはずだ。長時間の接触で気付かれないのなら大丈夫と判断していいだろう。身バレの心配がないのなら今後の動きもやりやすくなる。
「この恩は必ず返すから」
「……大袈裟じゃないか?」
「ううん、間違いなく恩だよ。西田のおかげで今やる気全開だもん。あたしは恩知らずの恥知らずじゃないから、いつか絶対に返すよ!」
それなら会長夫人になって、是非とも俺を優遇してほしい。具体的には大金だけ貰っておさらばしたいところだ。
などと本音を言うわけにはいかない。
大体、高校生活はまだ始まったばかりだ。今後どうなるのかわからないからな。
「とりあえず今は困ってないし、貸しってことで」
「任せて。犬は義理堅いから!」
「聞いたことあるな……って、犬山は人間だろ」
「ナイスツッコミ。というわけで、いつか必ず恩返しするから楽しみにしててよ。それに必ず南野をゲットして、絶対あいつをギャフンと言わせてやる!」
その願いだけは叶わないと思うけど。
犬山は元気に満ち溢れた表情で去っていく。その後ろ姿は負けヒロインだったつい先日とは全然違って見えた。迷いが吹っ切れたようだ。
「……青春だねぇ」
いつの間にか隣に座っていた気配を消していた伊吹が悟ったような顔でつぶやいた。
「急にどうした?」
「何でもないよ。ただ、冬茉も隅に置けないなって」
「……?」
隅に置かないって何だよ。
「確かに犬山さんも可愛いからね。ギャルってだけでルックスのレベルは高いし、あれはあれでアリだよね。僕も友達として応援するよ」
「おい、何か勘違いしてるぞ」
「勘違い?」
「あいつは南野狙いだ」
俺の言葉に伊吹は驚いた顔をした後、目つきを鋭くした。
「どういうこと?」
別に話しても問題ないだろう。
犬山達は学園でも話をするみたいだからどうせバレるからな。ここで下手に嘘を言うのもおかしい。
「あいつ、南野を狙ってるんだとさ」
「そうなの?」
「本気らしいぞ。で、今のところ順調らしい。連絡先を交換してやり取りしてるってさ。今後に大注目ってところかな」
「へえ、あの南野君とね。意外だな、今まで全然そんな素振りなかったのに」
急激に進展したわけだし、当然だろう。
「で、それに冬茉はどう関係してるの?」
「犬山と友達っていうか、知り合いになった」
「ざっくりしすぎでしょ。そこ、詳しく聞きたいな」
「しょうがねえな」
その後、俺は伊吹と楽しくお喋りしながら晩飯を食った。元親友とお喋りするよりも随分と気が楽だった。
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