え? いえ、それは私ではないのですが……。本当ですよ?
にがりの少なかった豆腐
私ではないのですが
ざわつく夜会の会場。
いつものように何事もなく終わると思っていた王城主催の夜会が、1人の方の発言で180度完全に真逆の状況になってしまいました。
「デリン! 俺はお前との婚約をこの場を持って破棄する! そしてこのハインツ伯爵の娘であるローズとの婚約を宣言する!」
その発言を聞いた瞬間、一気に静まる会場。
そして、その方の隣でその言葉を聞いた私の表情はさぞ驚愕に染まっていたでしょう。
ええ、ええ? どうしてこんな状況になっているのでしょうか。
何がどうしてこうなった。そう声に出して言いたい。ですが、状況や立場の関係でそんなことは言えません。
「あの殿下?」
「どうしたローズ。そんな困ったような表情をして。せっかく私とお前の婚約を皆に示せたというのに」
周囲の目など一切気にしていない自信に満ちた顔で殿下が私の顔を覗き込んできます。普通の女性であれば殿下にこのようなことをされれば惚れてしまうこともあるかもしれません。
ただ、殿下も確かに見目の良い方ではあるのですが、私の好みから少し逸れるのですよね。性格も少々傲慢ですしあまり近づきたくはないと言いますか。
こんな夜会でなければ近くに居たいとは思えない方です。
しかし、ローズ……ですか。
なんとなく、どうしてこうなっているのか、経緯はわかりませんが原因はおおよそ見当がつきましたね。
「あのですね殿下。よく聞いてください」
「なんだ」
流石に私の表情を見て、何かおかしいと思えたのか殿下の表情が少し引き締まったのがわかりました。
「私はローズではありません」
「は?」
私の発言を聞いて、殿下が素っ頓狂な声を上げました。
ありえない、という表情ではなく、理解できないという表情でもなく、何を言っているんだというやや馬鹿にした表情で私のことを見つめてきます。
「ローズと私は別人です」
いやもう、本当に私の名前はローズではないんですよ?
自ら婚約すると宣言するのなら、それくらい見分けてください。
私の発言に困惑の表情を向けてくる殿下ではあるのですけれど、立場では下の私にはこれ以上のことはできません。
ローズは私の姉のことです。まあ双子のと、頭につきますけど。
双子ということもあって昔から間違われることがあるわけですが、このような場では区別できるように装飾品を変えるなど対策はしているので、最初のころに比べて、今では間違えられることはほとんどなくなっていたのです。
……ほとんど、無くなっていたはず。だったのですが、まさか婚約すると言われたうえで間違われるとは想定していませんでした。本当にどうしてこうなったのか。
というか、そもそも私の家は伯爵家で、どうあがいても殿下の相手をできるような立場ではないのですよ。婚約者なんてもってのほか。
どう考えても不相応すぎる立場です。
殿下、いえ王族の相手をするには立場が弱すぎますし、後ろ盾が弱すぎます。そもそも同じ伯爵家の中でも立場は弱い方ですしね。
よしんば殿下の相手になれたところで、うまく生活できるとは思えませんし、最悪謀殺されかねません。それくらいに我が家の立場は低いのです。
しかし、殿下がこう間違えたということは、姉であるローズとそういう関係になっていたということですよね?
そのような報告は受けていないのですけれど、姉は姉で他の婚約者がいたはずなのですが、そちらの方はどうするおつもりだったのでしょうか。
それにこのことをお父様たちは把握されているのでしょうか。さすがにお父様の知らないところでそのような話が進んでいたとは思えませんし、知っているはずですが……何か、嫌な予感がしますね。
姉であるローズはそこまで権力などには頓着しない穏やかというよりも目立ちたくないといった気質なのですが、どうして殿下の相手として立つことになったのでしょう? それに、さすがに何の説明もなく婚約者になるなんてことは……
そう思ってチラリと会場の端で待機していた我が家の執事を見てみれば、顔を青くし絶望した表情をしていました。
まさかこれ、何の報告もされていなかったやつですか!?
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