お食事処 ぜうす。

惣菜テト

第1話 仕事からの逃走

 神様の朝は早い。誰よりも早く天界一の建物に到着し、始業前には全ての準備を完了させる必要がある。天界は超激務だ。始業前からすでに忙しい。


「神様!我々の管轄内に地獄からの攻撃が!あばばばばば!」


「神様!仕事量の多さから大多数の天使達から不満があがっております!このままでは天界での反乱が起こる可能性も!」


「神様!各国での自殺者が跡を絶たず、閻魔様が徹夜のしすぎで倒れました!至急、冥界へ人材を派遣してください!」


「神様!このままでは世界で人類滅亡レベルの戦争が勃発するでしょう。ですが、任せてください。私は他の無能共とは違い、神様のお手を煩わせることなく最低限の犠牲者で済む方法で解決してまいります。なので、私は下界へ行ってまいります」


「神様!」

「神様!」

「神様!」

「神様!」


 大量の天使達が神様へ助言や許可を貰いに行く。1つの問題を解決してもまた2つ3つと問題が増えていくので終わりがない。でも、大丈夫。天界で生活する天使や神様には体力や死の概念が一切存在しない。彼らの仕事が止まることはない。


「............」


「神様?」

「神様?」

「神様?」

「神様?」


「...あ”あ”あ”ああああ!なんでだよ!なんでこんなに問題が起こるんだよ!全部神様に許可取る必要ねぇ問題もあるだろ!もうかれこれ300年は毎日こんなんだよ!流石に体力とか死の概念がないとしてもキツイ!もう無理!そろそろ休みたい!もう全部知らん!」


 神様は天使達を見向きもせず、充血して真っ赤な目から大粒の涙を流し、飛び去ってしまった。


「たっ、大変だ!神様が逃げたぞ!追えー!」


「そこにいる天使達!全員仕事はやめろ!神様が逃げたぞっ!全員武器を持て!」







 神様は一人、広大な天界を適当に飛び回り、偶然たどり着いた泉で俯いて座り込んでいた。


「...元々、神様なんてやりたくなかった」


 本当は、趣味の料理を仕事にしたかった。


 もう、あの職場には戻れない。

 

 特に失うものもない。


 いっそのこと異世界にでも転生して一から全部やり直したい。


「お困りのようですね」


 どこからか湖のように澄んだ女性らしき声が響いた。


「私、元転生の女神、イーデルと申します」


 泉の中から、全身が光り輝く神々しい女神とやらがどこからともなく現れた。


「どうやらあなたは転生がしたいようですね。その願い、叶えてあげましょう」


「どういうことだ?転生とかは閻魔がやってるんじゃないのか?これがうわさの転生詐欺か?」


 怪しいやつなら、すぐに逃げよう。そう心に決めると、女神はニッコリと微笑み口を開いた。


「もうどれくらい昔かは忘れてしまいましたが、昔は私が転生を担当していたんです。ですが、転生先の要望にやれイケメンだの、チートだの言う鬱陶しいやつらに腹が立って、そういう要望をしてくるやつらと、私の転生の呪文がダサいと行ってくるやつを全員、石にしてこの泉に沈めていたらそれがバレてしまいまして。逆に私が石にされてこの泉に長い間、沈められていたのです」


 当たり前のように、自分の過去のサイコパスエピソードを微笑みながら早口で語るこの女神の話を興味半分で聞いてしまったことに、後悔は感じている。本当に転生させてくれるのだったら...


「石になったはずのサイコ...女神様がなぜ今活動出来てるんだ?」


「あなたのオーラで石化が解けたのでしょう。元々、石化は悪魔属性の呪いですからね。悪魔属性に天使属性や聖は効果バツグンです。まぁ、この話はとても複雑なので割愛しますね。

 本題です。私はあなたによって石化から開放されました。この恩はあなたの希望を叶えることでお返ししたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「あぁ、よろしく頼む」


 今更、職場に戻ってもどうしようもない。こいつからは、ある程度の地位がある天使や霊のオーラ的なものを感じる。詐欺という可能性はほぼないだろう。詐欺だったらこの泉に沈め直そう。


「承りました。   ===呪文詠唱開始===   今、天界を駆け、天空の扉を開き、異の世へと...」


 女神様の転生の呪文とやらは、確かに...控えめに言ってクソダサかった。しかも、とてつもなく長かった。この呪文をダサいと言って石になった人は可哀想だな。多分、思ったことなんでも口に出るタイプの人間だったんだろうな...


「   ===詠唱完了===   」


 女神がようやく呪文を唱え終わると、神様の回りに黄金に輝く魔法陣が現れ始め、神様の体は魔法陣から浮かび上がる神聖な光に包まれた。


「うおおぉお、これが転生する感覚か...」


 不快感はないが、背筋に冷たい違和感が走る。背骨に圧力がかかるような、抜けるような違和感。痛みはまったくない。


「あなたはオーラ的に相当、徳を積んだ人物なのでしょう。特別に、天界でのステータスのまま転生をさせて差し上げます。」


 女神様がまたニッコリと微笑む。感謝を伝えようとした途端、神様の体は天界の床を突き抜け、そのまま真っ逆さまに落ちていってしまった。







「うっ...ここは?」


 後頭部あたりに激痛が走る。おそらく、頭から真っ逆さまに落ちたのだろう。目眩と吐き気がする。あの女神め...次あったら容赦しないぞ。


『聞こえますか?イーデルです。どうやら転生、成功したようですね!』


「おいっ!何も、天界から真っ逆さまに落とす必要はないだろっ!」


『まぁ、それは置いといて。この世界について何も知らないあなたにこの世界について説明してあげます』


 正直こいつと話しているとペースが狂う。ぶっきらぼうに返事をすると女神は落ち着いた様子で話し始めた。


『この世界は俗に言う異世界的な存在ですね。森を探索すればモンスター、ダンジョン。仲間と共に冒険して大魔王をやっつけよう!的なやつです。今いるこの森、物凄く危険なモンスターがいる地帯なので早めに抜け出してください。近くに魔王城あるらしいです』


 頭の激痛とこいつのせいで全く場所なんて気にしていなかった。恐る恐る、自分の周辺を見てみると、なんと恐ろしいことに真っ暗な森。木々全体が薄暗く、奇妙な形だ。よく見てみるとトゲが生えている。


「どどどどどどどど、どうやって抜け出せばいいんだっ!」


『まぁまぁ、落ち着いてください。翼、生えたままですよね?』


 背中を触ってみると、確かに天使の翼が生えたままだった。翼を確認した瞬間に爆速で森から飛び去った。ちょっと漏らしたかもしれない。イーデルが大爆笑する声が聞こえる。また天界であったらぶん殴ろう。


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