しょうもなミステリ短編集『あまりにも名推理』
後田
「ダイイングメッセージ」
突然だが、私は名探偵だ。現在も難事件に直面している。
とある山奥の館で起こった殺人事件。
その場にいた人間の半数以上にアリバイがなく、容疑者を絞れるような手がかりもほとんど見当たらない。捜査は行き詰まりかけていた。
「いや、何かあるはずだ……見落としている何かが」
私はそう思い、再び事件現場へと戻った。被害者の死体は発見時と変わらずロビーにうつ伏せの形で横たわっていて、近くには飛び散った血の跡がある。
ふと、被害者の右手に目が行った。正確にはその人差し指に。よく見れば不自然な量の血液が指先にべっとり付着しているではないか。
それだけではなかった。指先が辿ったであろう動きが、血の跡となってハッキリと残っている。それは明確に、意図のある形をなしていた。
「これは……文字?」
どうして気が付かなかったのだろうか。これは――ダイイングメッセージだ。
死の間際。最期の力を振り絞って、犯人の名を遺したのだ。
ところどころ掠れているけれど、不思議と力強さを感じる文字で。
そこにはハッキリとこう書かれていた。
『なんか髑髏みたいな名前の人』
「全員揃いました」
「ええ、ご苦労さまです」
件のメッセージを発見してすぐ、館にいる全員を集めてもらった。人数は私を除いて八人。
私はそのうちのアリバイがない四人に対して、前へ出るように促した。
「一体何だっていうんですか、探偵さん。我々は何も知らないとさきほど話したはずですがね」
程度の差はあれ、みな似たようなことをボヤいている。
「状況が変わったんですよ。ダイイングメッセージの事は、もう聞きましたね?」
「メッセージ……?」
話していないのか。全く気の利かないことだ。全員を集めるときに説明してくれれば話が早いものを。
私は手短に先ほど見たものについて話した。みな一様に驚きの声を洩らしていたが、中でも異様に顔を歪めた人間をこの慧眼は見逃さなかった。
「おや?躑躅森さん、顔色が優れないようですが」
「ぐっ……」
今夜のパーティーを主催した人物であり、最も『なんか髑髏っぽい』名を持つ男。
「単刀直入に言いましょう。あのメッセージから最初に想起されるのはあなただ」
「ち、違う!ワシではない!」
「では、他に髑髏みたいな名前の人がいますかね」
躑躅森は明確に狼狽えた様子を見せていた。うわ言のように違う、違うと繰り返しているが、明確な反論は何も出てこない。
周囲からも疑惑に染まった目線を向けられ、(ぶっちゃけコイツだろ)という空気さえ流れ始めていた。だが、
「そ、そうだ!田中!」
僅かな活路を見つけたかのように彼は叫んだ。田中?
田中とは確か、彼の従者のようなものをやっている青年の名前だったはずだ。平均よりかなり細身の身体が印象に残っている。
確かに彼もアリバイがない内の一人だ。だが――
「……は、はい」
考えているうちに、田中が呼びかけに応えた。
「貴様、名を名乗ってみろ」
「へ?そ、それは……」
「いいから名乗れ!」
しわがれた声に籠もった威圧感。ビクリと身を竦めた田中は、すぐに言う通りにした。
「た、
――バカな。
綿密に組み立てたはずの論理のパズルが、音を立てて崩れゆくような感覚。
躑躅森は勝ち誇ったように、ふんと鼻を鳴らして笑った。
「これではワシが犯人とは言えまい」
その通りだった。字面こそ躑躅森に及ばないものの、髑髏と骸骨は連想として極めて真っ当だ。骸骨戦士という名前は、『髑髏みたいな』という表現の射程圏内から全く外れていない。いや、むしろかなり核心に近いとさえ言える。
これで、容疑者は二人になってしまったわけだ。
「……変わったお名前ですね」やるせない気持ちが口をついた。
「よく言われます。一昔前で言うところのハーフというやつでして」
何と何のだよ。そう言いたい気持ちを抑える。
「で、でも僕はやっていません!この盾と剣に誓って、決して」
そう言うと田中骸骨戦士は古風なラウンドシールドと西洋剣を掲げてみせた。私はそれを一旦見なかったことにして、事件に思考を戻そうと試みた。
とにかく。容疑者は二人にまで絞られたのだ。あとは再び事件当時の犯人の動きを洗っていって――
「それに僕が容疑者に入るのであれば、もう一人怪しい人物がいますよ」
「何ですって」
もうあまり空きがない脳内メモリに、田中によって新しい情報が書き加えられようとしている。できればやめてほしいのだが、聞かないわけにもいかないだろう。
「
「あぁ!?ンで俺が」
粗暴さを隠そうともしない男、頭蓋骨割造氏。例によってアリバイのない人物、その三人目だ。
確かに髑髏と骸骨の連想を認めてしまった今、頭蓋骨氏を容疑者から外すわけにはいかない。まるでセールスマンの話術のような見事な展開に、私は唇を噛みしめ、そして祈ることしかできなかった。
頼む。何か綺麗に反論して、容疑者から外れてくれ。
「俺ぁ頭蓋を割ること専門なんだよ。刺殺なんてくだらねえことはしねえ」
氏の物騒すぎる発言は一旦聞かなかったことにして、私は続きを待った。
「それに、俺が容疑者だってンならなあ……」
頭蓋骨氏はこれまでの流れを汲むようなことを言ってから、ギロリと周囲を見回した。そしてアリバイがないことが分かっている、最後の一人に目をつけた。
「こいつだって……いや……」
だが、寸前で言葉に詰まる。睨みつけられたインテリ風の男はたじろぎもせず、わざとらしく眼鏡を押し上げてみせた。
「オレは違うでしょう」
失笑すら漏らす彼の名前は、確か佐々木健人だったか。
元々の容疑者四人の中で唯一ダイイングメッセージから連想されない人物だ。
その態度こそやや鼻につくものの、今の私にとってはありがたい。結局容疑者が四人に戻ってしまったのでは、今度こそ事件は迷宮入りだ。
いや。
認めたくはないが、三人でもそうは変わらないのかもしれない。元々手がかりがなくて難航していた捜査だ。ここから犯人を一人に絞る方法なんてあるのだろうか?
私が途方に暮れているあいだ、残った容疑者の3人は延々と言い争っていた。
やれ「結局シンプルに躑躅森が怪しい」だの、「雰囲気的にあいつは”やってる”」だの、「とりあえず武装してるスケルトンウォリアーは逮捕しろ」だの。醜い言い争いはキリがない。挙げ句「名前とかじゃなくて骨格が云々」とか言い始めて、もう収集がつかないかもしれない……。一瞬そう頭をよぎったとき、
「いい加減にしてください!」
フロア全体を一喝するような叫び声。発したのは被害者の弟、佐山忍だった。
「姉が必死に残した言葉なんですよ。もっと真剣に考えてください……」
ほんとそう。ほんとそうなんだけどさ。でも正直こんな分かりづらいメッセージを残したお姉ちゃんにも非があると思う。必死に残したにしては、文面に妙な余裕があるし――
「ん?」
些細な違和感。はじめ微かに感じられたそれは、見る見るうちに頭の中で大きくなっていく。
死の間際、震える手で残したはずのメッセージ。妙に長い文面。やたら難しい髑髏という漢字――
「そうか」
それら全てが繋がった時、この事件の真相が見えたような気がした。
「どうやら我々は、とんだ思い違いをしていたようです」
「どういうことだ」
「想像してみてください。何者かに背中を刺され、息も絶え絶え。そんな極限状態で書くには、髑髏という漢字はあまりにも――」
「……難しすぎる」
私の言葉の真意を察した誰かが呟いた。その言葉は波紋のように周囲に広がっていき、その場の全員が驚きを隠せないという様子を見せ始める。
「じゃあ何か?この血で書かれた文字は……」
「ええ。犯人によって書かされたものでしょうね」
「そんな、まさか」
全く思いもよらなかったであろう真実に、言葉を失う一同。
「犯人は被害者を殺害したあと、指をつまんで血文字を書いた。自分に疑いが向かないように、偽装工作のためにね」
「なんて恐ろしいことを考えるやつなんだ……」
誰もが戦慄している中、私は畳み掛けるように言った。
「そしてそれこそが、犯人を特定する証拠となったわけです――」
「そうですよね?佐々木健人さん」
「……ッッッッ!!!!!」
全員の視線を一身に受けた佐々木には、もう先ほどのような余裕はまったく残っていなかった。荒い呼吸をどうにか整えてから、彼は白々しい強がりを吐いた。
「……どういうことかな?犯人が偽装工作を行ったとしても、それでオレが犯人ってことには……」
「なりますよ」
明快な詰将棋を解くような心持ちで言葉を紡ぐ。
「さっきまでのやり取りを考えれば、極めて単純なことです。アリバイのない容疑者は四人。そのうちの三人はダイイングメッセージから連想されてしまっている。偽のメッセージを残すのであれば、自分が連想されるような言葉は当然残さない」
「…………ッッッッッッ!!!!!!」
もはや、誰の目にも犯人は明らかだった。、冷や汗が顔中を伝って、呼吸はマラソン直後のように激しい。濡れ衣だと主張するには、あまりにも動揺しすぎている。
「だ、だが……その主張もおかしいところがあるぜ」
「そもそも被害者があんな文字を書けるわけがないって言うけどな、他人の指を動かして書くにしても髑髏という字は難しすぎると――。
「確保ォーッ!」
往生際の悪い言い訳をする佐々木に対して私は得意の鉄山靠をお見舞いし、そのまま警察に引き渡した。
その後、彼はなんやかんやあって容疑を認めた。
あのメッセージもやはり彼が偽装したもので、内容については「興が乗った」とのことだった。
あー良かった良かった。
おしまい。
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