物語り


 ウィルベリー邸で騒ぎが起きていた頃。セドリックは再び魔女の館を訪れていた。


 合言葉もなしに力ずくで店の扉を蹴破ってカウンターまで大股で歩いていくと、水晶玉や魔法薬が飾られた机を力いっぱい叩いた。


「クロード! これはいったいどういうことだ!」


 その衝撃で落下するはずだった商売道具たちは、クロードの魔法によって、床との接触を回避した。


「まーまー。そんなカリカリすんなや、セド坊。なんにせよ、契約解呪の半分は成立したんだ。あとは、」


「シルは僕を愛していると言った!」


 話を遮られたクロードは、やれやれといった感じで唇をぶるぶるリップロールさせた。


「……ま、俺ぁ、そのおじょうサマのことは知らねぇが。“愛”ってやつがどんだけ難しい気持ちかは良く知ってる」


「お前が?」


「おい。いま良いこと言おうとしてんだから、最期までだまって聞け」


「ふん」


 セドリックは芝居がかった仕草で肩をすくめ、視線で先を促した。


「……で、だ。つまり俺が言いてぇのは、そのおじょうサマの“愛”とお前の“愛”の重さ、または対象や種類が違うかもしれねーってことだ」


 そう言って指を鳴らすと、空中に数体のパペットが現れる。


「いいか、良く見てろ。ここに幼なじみの農民の男女がいる。男は戦場へ生き、女は愛する男の帰りを待った。しかし、戦争が終わっても男は帰ってこなかった。だが、男を心から愛していた女は生涯誰とも結婚することなく、死ぬまで男を想い愛しつづけると誓った。しかしそこに、道に迷ったひとりの男が現れる。男は記憶喪失で、そいつを不憫におもった女は男を助けることにした。そうして共に暮らすうちに2人の間に愛が芽生え、やがて愛し合うようになる。ある日、自分が王子だと思い出した男は、身分違いだとわかっていながらも、献身的に支えてくれた女にプロポーズする。女は悩んだが、そろそろ先に進むべきだと判断して愛する王子の妃になった。だが2人の結婚パレード当日、幼なじみの男が戻ってきた。そいつは負傷し、傷の回復が遅れたせいで帰郷することができなかっただけだった。男はもう一度女に会うためだけに、戦場でも、生死の境を彷徨ったときでも耐え抜いて生き残った。だが、やっと帰ってきたと思えば、女は別の男を愛し、結婚して、幸せそうに笑っていた。その男は、女の幸せを祈って自ら身を引いた。もちろん、自分が生きていたことは知らせなかった。女は生涯幸せに暮らしたが、死ぬまで幼なじみの男のことを忘れることはなかった。王子のことを愛しながらも、死んだと思っている男のことも一生愛し抜いて死んだんだ。……これが“愛”ってやつだ。わかったか?」


 クロードが手を叩いてパペットを消したのち、問われたセドリックは、理解ができないという顔をした。


「……結局、どっちが真実の愛だったんだ?」


 その問いに「ッカーー!」と天井を仰いだクロードは、葉巻をひと吸いし、煙をセドリックに吹きかけた。


「ゴホッゴホッ、クロード、おまえなにす……っ!」


「だーかーらー、お前はおこちゃまだって言ってんだ」


「なんだと?」


 涙を滲ませて射殺さんばかりに睨みつけられ、「おーこわ」と心にも無いことを口にしたクロードは、カウンターに頬杖をついて目を細めた。


「どっちが本物の真実の愛か、なんて議論してるうちは、お前さんはおこちゃまだよ。誰がなんと言おうとな」


「……はっきりさせることのなにが悪い」


「ほ〜ら、これだよこれ! ……いいか、セド坊。愛に白か黒かなんてのはそうそう存在しない。ひとは他人を同時に何人も愛せるし、その愛の重さやかたちはさまざまだ。真実の愛なんてもんは、おとぎ話の中にしか存在しないとでも思っとけ」


 話はこれで終わりだと、手をしっしっと振ってみせたクロードに、セドリックは納得のいかない思いだった。


「……じゃあ、伯爵はなんで真実の愛の口づけを契約解呪の条件にしたんだ?」


「さぁな〜。その伯爵サマが真実の愛ってのを本気で信じてんのか、それとも、はなから解呪させるつもりがなかったか……」


 煙をふーっと吹きながら、思案げな表情を浮かべるクロードを一瞥して、セドリックは「あともう少しで解呪なのに」と呟いた。


 クロードには理解が出来なかった。女ひとりのために男娼の真似事をするのも、結婚して一生一緒に居たいからと真実の愛とやらを求めるのも、正直バカバカしいと思った。


(人間はこれだからめんどくせぇ)


 そうしてしばらくの間、カウンターに置いた自分の拳を見ていたセドリックは、解決策が存在しないことがわかると席を立ち、フードを目深に被って転移玉を使用した。「……邪魔したな」と言って姿を消した後ろ姿に、ヒラヒラと手を振って見送ったクロードは、「あ。あったわ。真実の愛」と口にして、頭をボリボリと掻いた。


 ちらりと視線を向けた先に、答えを求めていた少年の姿はもうない。


 ま、いっか。と呟くと次の依頼人の薬作りにとりかかる。


「俺、嫌いなんだよな〜。“自己犠牲”ってやつ


 客が立ち去った魔女の館は、掻き消えるように暗闇の中に吸い込まれていった。



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