高校入試
同じ学校を受験する子と改札で落ち合って、始発から四本目の列車に乗った。前日に体育館で行われた事前指導で、私たちより早く出発する子はいないということは分かってた。本当に誰一人として知り合いはいなくて、それどころか、まだ五時台で、どこもゴミが出されていなかった。いちばん力を入れて取り組んだ問題集の一冊だけしか持ってきていないのに、リュックが妙に重たかった。
市内の端っこの駅で乗り、一回乗り換えて反対側の端っこへ。友達と話していたはずだが、何も記憶に残っていないということは、私は上の空だったんだろうね。
二回目の乗り換えで、さっきまで乗っていた列車の青を見送った。そしたら、ホームから別の青が見えた。
空が綺麗だった。朝日が綺麗だった。眼科に広がる住宅街を照らしていた、あのオレンジ色の淡い灯りは何気ないけど特別で、絶対に忘れたくない。
気分が高揚する、ということはなかった。ただその悠々と昇る姿に見惚れていた。セーラー服の襟元で結んだスカーフで眼鏡を拭き、曇りと汚れを視界から消し去る。あれは問題を見透して答えを読み取るための願掛けのつもり。あの灯りのように、ペンで机上を照らしてみせようって、意気込みが強くなると、同時に不安も大きくなった。もし解らなかったら、もし名前を書き忘れたら、そんな嫌な想像が頭の中を支配して、今まで全てをかけて取り組んだ成果を出せなかったら、私の中学時代は意味を持たなくなってしまうって、あのオレンジが緊張感ばかりを後押ししてきた。きっと大丈夫と自分に言い聞かせて必死に抑えつけようとしても、無意味だった。実体のない塊が喉に詰まった。
しかし、あれは見事だった。今までに見たどんなものより麗しかった。そういえば、あれより後は、一緒だった子とは何も話さなかった。
前に、塾から記念品を受け取ってた。小さくて薄っぺらかったけど、教室は盛り上がってて、みんな開封しようとしていたけど、手渡した先生が申し訳なさそうに言ってた。
「それ、今はまだ見ない方がいいと思う……。」
そう聞いたから、第一志望の開始直前に開封すると決めてた。きっと先生たちからの応援だろう。個別のメッセージだったら一層嬉しいけど、大人数だし、まさかそんなことはないよね。私は脆い方ではないから、どんな感動を誘う言葉だろうと、水分ではなく養分に変えることができるだろうと思っていた。
問題集の振り返りが終わったら、携帯の電源を切って、筆記用具を取り出して、準備万端となったところで、封を開けた。出てきたのは、先生からの激励ではなくて、個別のメッセージでもなくて、特製のハンカチとお母さんからの手紙だった。私に向かって話す声が聴こえてくるみたいだった。
私はスカートのポケットにハンカチを、胸ポケットの生徒手帳に手紙を挟んだ。ただでさえ多めに持ってきたティッシュなどでいつもより膨れたポケットはさらに太って、足に当たって邪魔だった。
落ちた。第一志望で、ずっと目指してきたけど、及ばなかった。
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