俺生産系オタクに戻ります(更新休止)

微睡

第1話 始まりの挨拶

※こちらは旧作です。完成版を作り直しました。

プロフィールから同名タイトルを見ていただけると、「俺生産系オタクに戻ります(新)」があるので、そちらをご愛読ください



 2024/04/02 13:35


 四月。大学1年を無事乗り切り迎えた天国もあと7日で終わろうとしている。気づけばあっという間に通り過ぎて行ったこの1年。


 この天国のような時間にも週2で行っているバイトを除けば殆ど一歩も家から出ていない。高校からの友人2人が遊びに来るぐらいで、部屋の片づけさえ中途半端。大学の教科書とレジュメが床にまき散らかされている。そんな汚部屋に友人を呼ぶことは普通の人間なら出来ない。普通の常識人なら。まぁ古くからの付き合いだから甘えても問題はないとそう判断したまで。


 そんな部屋が汚いということは一過性の些末な問題である、今一番の悩みの種は、大学生として何かしたほうがいいのではないか、ということだ。ガクチカが叫ばれる今こんなぐーたらでいいのか、と対面に座りながら13枚の牌とにらめっこをしている友人に相談する。


「それはそれは大層な悩みね。何かを成し遂げられる大物はこんなむさくるしい小さな汚部屋で2人麻雀なんてしないのでしょうけど。まずはそから直して彼女の一人でも作りなさ...っと立直リーチ


 他人の悩みを冷たくあしらいながら、牌を河に捨てた細くきれいな指で彼女は点棒を置く。俺は「余計なお世話だ」と返しながら、相手の待ち牌が何か考える。こいつは大体立直リーチ断么九タンヤオ平和ピンフで速攻上がりながら相手に巡目を渡さない戦法をよく使う。確実ではないとはいえ、相手は親番、早く上がりたいに違いない。河を見るにタンヤオは確定だろう。となると、1,9、字牌じはいが安パイ。そこからは筋を見て判断しよう。

 うーーんと唸りながら、パタンと牌を置く。牌をちらっと見た後、そのまま何も言わず、山から牌を持っていく彼女の顔を俺は見る。


 端正な顔立ち。長く黒く美しく流れるような髪。女の子のように可愛らしいけどハキハキと遠くまで通る声。態度は基本尊大だし、時たま言葉が悪くなるけれど、誰がどう彼女を見ても美人と評価するだろう。大学時代に初めて会っていたら目を奪われていたに違いない。

 そんな俺には不釣り合いながらも、なんだかんだこうして4年一緒にいる友人・茅野凛かやのりんに俺は尋ねた。


「悪かったな、むさくるしい部屋で。んで、何も成し遂げられないような俺とは違う茅野さんは恋人の一人でも?」


 相手の出した牌から筋を見極め比較的安パイを出す。茅野は一枚山からとるも、お目当ての牌じゃなかったのか河に捨てる。そのまま会話を続けながら2人とも無心で山から引いて、河に捨てていく作業を続ける。


「私はあなたと違って出会いもあるわ。女の子からも男の子からもよくLINE交換をしてくれと頼まれるし。まだ作る気はないだけ。恋人を作るよりこうして貴方たちと自由に遊ぶほうが性に合っているの、残念ながら」


「ほんとこれだから余裕のあるやつは嫌いなんだ。このモテ女が」


 ごめんなさいねと言いながら少し勝ち誇ったような顔をするな。ほんと可愛げのないやつ。お前がモテることなど高校の時から知ってるっての。とはいえ、異性間交流会へのお誘いや勇気を振り絞って伝えたであろう愛の告白を全て無慈悲に断ってきたのも同時に見ているんだけども。あと素面で俺たちと一緒に遊んでいたいとか言うんじゃありません。照れて暴言を吐いちゃったじゃないか。そんな内心を表には出さないけど。


「とはいえ清十郎はもう少し友達を増やすべきなのは確かね。さすがに男の友達の数くらいは増やしたら?」


「おい待て。いつ俺は友達がいないといった?俺にだって友人はいるからな。何度代替えとかプリントの穴埋めを頼まれたことやら。」


 茅野は急にまじめな顔をして一言、もし間違ってたら申し訳ないけれど、と断ってから話す。


「それって多分友達とは言わないと思うわよ。あともしそれがに万が一に事実だとしても、さっきの解答は不十分よ。あなたどうせ作れて数人でしょ。だから、友達はいるけど少ない、が正解よ。もっと明瞭に言うなら「俺は友達が少ない」かしら」


 代替えを頼まれたことはおろか、そもそも友達が1人もいないことを見透かされているな...そりゃ大学に友達なんていませんよ。一人寂しく大講義室の中でレジュメとにらめっこしてますよ。

 あと、〇は友達が少ないって...いやそれ名前出しちゃいけないやつだからね。君、分かって言ってるだろ。上手いことを言ったみたいな顔をするんじゃない。ちょっと可愛いとか思ってしまったじゃないか。

 その作品通りに行くなら、彼女作っても最終的に優柔不断な態度かつクリスマスイブに振ってるんだが。茅野は俺のことをそんな人間だと思っているのか・・・そう問いかける。


「そんなことは思ってないわよ。そもそも清十郎が誰かに告白する勇気があるとは到底思えないもの」


「それ俺のことをチキンと罵っているだけだからな。言葉のナイフには気をつけろ。俺の硝子がらすの心ハートは少しの衝撃でも砕け散るからな」


「それならあなたを水中に沈めてからハサミで切ってあげるわ。綺麗に切れてあなたも安心でしょう。ちゃんと復元できるようにしてあげるから感謝してちょうだい」


 ケモメカニカル効果か。いやそれ綺麗に直せても意味ないからね。傷つけることがダメって話だから。あとケモメカニカル効果ってなんかエロいな。特にケモって部分が。断じて俺がケモナーとかそういうわけじゃないんだから。勘違いしないでよね!

 と気持ちの悪い脳内ツンデレコントを早々にどの牌を出すか悩むことになる。

 残る牌は全て筋的に安パイじゃない。があと残り8巡。ここまで来たら勝負に出るのは愚の骨頂。とにかく相手の牌的にどれが待ちかを推測する。今見てる感じ萬子と筒子が多め。染めている可能性もなくはない。染めている可能性を考慮して萬子から捨てて行こう。


「そういえば葵は今日来ない感じ?」


 茅野は先ほどまでの会話がなかったように話を展開させる。


「いやそろそろ来る筈。どうしても連れてきたい人がいるらしくて、そいつの予定が終わり次第来るみたい」


 柊葵。俺と茅野と高校3年間を過ごした友人の1人だ。葵と聞くとまず女の子かと思われるが男。正真正銘の男だ。

 こちらも茅野と同じく顔が整っている美男子タイプ。周囲の人間を巻き込み、どんどん友達を作っていく陽キャ。だから一見モテそうではあるのだが、あいつの口からは下ネタしか飛んでこない。ほんと残念美人って感じでモテなさそうなのに、なぜか女人気が高い。おい、俺が下ネタ言ったらクラスの女子みんな白い目で見てくるのに、なんであいつはいいんだ。やっぱり世界はルックス重視でしかないのか。

 お調子者の柊・ツッコミもとい無視の茅野・ちゃんとツッコム俺。柊は大学こそ違えど未だにこうして家に集まってよく遊んでいる。さすがに毎日とはいかないが家が近いこともあって週2は遊んでいる。3人じゃなくて2人だけとかならもう少し多いかもしれない。

 そんな居心地のいい3人の空間に異物である他人を招き入れるのは渋ったが、どうしても合わせたい人がいる、そう真剣な眼差しで言われたら断ることができなかった。普段はお調子者のやつがまじめになるとビビるみたいな?


「ふーーん。誰を連れてくるんでしょうね。葵、案外気を使うから変な人は連れ込まないでしょうけど、まさか彼女?いやそれはないか、あいつ作っても彼女の紹介なんてしなさそうだし...おっツモ。立直リーチ門前清自摸和ツモ三色同順さんしょくどうじゅん、赤ドラ、裏ドラ1、の跳満はねまん18000点!」


 おい、まじか・・・いや待て、これ俺飛び確定なんだけど。

 さっきも親の3翻40符で7700取られて、連続の親荘で跳満はなしだろ。

 そもそも俺たちが行う2人麻雀は某賭博麻雀で出てくるような17歩じゃない。大体3人麻雀と同じルールで進む。勝負の時間が短いため、東場3本勝負で競う。1本目は負け、2本目は遂に飛ばされたときた。ここまで連続して負けるとは運がないな、なんて心の中で自分を慰めていると


「あなた、時々出す牌に危ないのが多いわよ。雀〇しかやってこなかった素人雀士さん?もし内心負けたのを運とかのせいにしてるなら違うからね。ツモられるのは運だけど、そもそもあの危うさならロンされてもおかしくないから。」


 待っているのは、勝者による敗者へのお叱りのお言葉である。

 確かに一瞬でもあそこで勝負に出るか迷った時点で俺は敗北していたかもしれない。もっと勝つことより負けないことを意識しないとな。これは反省、反省。

 とはいえ、〇魂さんを馬鹿にするんじゃない。れっきとしたネット麻雀だっての。SNSで盛大に燃やされるぞ。俺が最近雀〇から麻雀にハマり始めたトーシロ弱小雀士なのは事実だけども。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、上機嫌な様子で鼻歌歌い交じりに彼女は次の対局に向けて山を崩す。本当に勝気があるやつだな。

 3本勝負でもう2本勝っているのだから、これ以上やる必要はない。あとは俺に罰ゲームとしてコーラの一本でも奢らせればいい。けれどそれでも純粋に勝負を楽しんで俺を打ち負かそうする。

 高校時代からそうだった。何か賭けているわけでもないのに、対戦者のいるゲームや競技なら何が何でも勝ちにくる。それも不正なしに純粋な実力と努力で攻めてくるから、負けても遠吠えをする理由を与えてくれない。心の中でキャンキャン騒ぐぐらいしか許してくれない。それがハートの女王クイーンと称され、恐れられてきた俺の友人だ。

 そもそも麻雀なんて運と確率のゲームなんだから愚痴ぐらい許してくれたっていいじゃないかとは思うけど、口には出さない。女王に逆らえば首も刎ねられかねん。


 その時、ピンポーンと客人が主を呼ぶ鐘の音が聞こえてきた。


「ようやく来たか。茅野、部屋のほうを片づけておいて」


 3人で使うにはギリギリのスペースなんだから、この汚い部屋を多少は片づけないとな。そう声をかけて部屋を出る。インターホンには出ない。そもそも一軒家の一階に自室があるのだから、そのまま玄関まで出てしまったほうが早い。

 小学生の頃はそれで母さんと近所のおばさんを間違えて、暖かい眼差しを向けられたことがある。そりゃ小さなガキがおかーさんと嬉しそうな声で玄関開けたら目も細くなるというもの。とはいえ、そんなヘマを何度もやらかす俺ではないし、大学生がやったら逆に通報されかねん。そこまでいかなくてもご近所さんの話の種にされてしまう。


 そんな若干黒歴史を回想しながら歩くこと3秒。玄関にたどり着いた俺は開錠しドアを開けた。そこにはいるはずの友人はいなかった。ご近所さんも当然いない。居たのは————



「初めまして!秋葉先輩。私先生の大ファンなんです!!!」



 向日葵のような笑顔を向け、初対面の俺に挨拶をする一人の女の子がいた。


 これが後の人生を大きく変える出会いになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。

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