水無月に雨降らし

まるま堂本舗

第1話 カルメラ・エレクトロ

 今日もまた朝早くから通勤のため、装甲列車に乗る。何年経っても、早く起きるのは慣れない。というより、苦手だ。そもそもの話、早く寝ればいいのだけど、やることが多いと、つい夜中になってしまう。混み合う車両内でつり革に掴まり、なんとも溶けてしまいそうな朝日を浴び、たまにぶつかるアンドロイドのひんやりとしたボディが、痛くて冷たい。


「おはようございます、ミナヅキさん」

「ん、おはようさん」


 同じ会社の後輩であるモナカが、同じ車両に乗っていたようだ。


「この時間に乗ってたのか。というより、この混雑具合でよく見つけたなぁ」

「えぇ、もちろん。遠くからでも、ダルそうにしている姿が目に入ったので、喝!入れてやろうかと思いまして」


「よく言うよ。それなりの年齢差があるのに、モナカだけは壁がないな」

「そりゃぁ、前の会社でも教育係をされてましたし、今の会社でも同じ部署ですし」


「ん~、何年経つ?5年以上か?」

「それ以上ですよ。前の会社が政府関連企業の傘下になるって買収されて、それから、この列車で通勤するようになって5年ですし」


「そうか~、そりゃ、モナカが説教する大人の女性になるわけだ」

「それは、ミナヅキさんが、いつも朝は青白くて倒れそうにしているからでしょ!」


「だってよ、以前はネルモルの街に会社あったから、そこの社員寮にいたじゃん。ギリギリまで寝てよかったわけだ。通勤5分。そしたら、急に買収されるって聞かされて、1時間以上かけて通勤することになった。引っ越そうにも移転先のある街は、大都市のベギオントだ。人が住むには、家賃高すぎて気軽に住めないだろ」

「確かに、アンドロイド優遇にいろんな制度変更がされてますからね」


「モナカは引っ越さないのか、大都市に」

「大都市すぎて慣れないです。それに、ネルモルの庶民的な感じがいいです」


「ネルモル駅の北口に住んでて、庶民って言うかね?おしゃれな建造物って感じがするぞ」

「ミナヅキさんの住む南口側って、濃い目なんですよ」


「はっはっはっ、濃い目て。個性があって互いを否定しない。古びた建物が立ち並んで、ケバケバしい看板たち。身を隠すには丁度いいんだよ。ネルモル自体、大きな市場がいくつもあって栄えている街だから、活気がある所じゃないか」

「・・・身を隠す?何してんです?何したんです?近いうち、部屋、見に行ってイイっすか」


「何もしてねぇよ。単に、街に住民として溶け込みやすいから、オレみたいな変わり者がいても不思議じゃないってことだよ」

「確かに、変わってますよね。知識豊富なのに、開発業務に関わらないって。社内でも、たまに聞きますよ」


「それは、単純な話だ。センスがねぇんだよ。モノを知ってても、会社が求めることを出来なかったら、他に出来る存在に頼むだろ。それに、みんな開発しても、業務ってそれだけじゃないからな」

「そういうもんですか~」


 モナカとしゃべっていると、会社のあるベギオントの駅に着いた。人とアンドロイドがそれぞれの目的の場所へ動き出す。大きな駅なので、移動する存在の数が違う。うまく流れに乗らないと駅の出口も離れた場所に出てしまう。ただでさえ、シンドい朝という時間帯に、通勤というのは非常に疲れる。これは、多くの存在が思っていることだろう。

 情報機器の発展した現在の世の中で、わざわざ会社に出勤が必要なのか?ベギオント周辺の会社は政府系企業が多く、扱っている情報が漏れ出すことを恐れている。以前、在宅勤務を勧めていた企業が情報漏洩し、その企業は倒産した。同じ轍を踏みたくないわけだ。


 ベギオントの駅から疲労で重い体を動かし、歩いて10分、ツルツルテカテカな太い円柱形の高層ビル8階に所属する会社がある。社名は、カルメラ・エレクトロ。政府関連企業の傘下だが、末端な位置だろう。以前は、泡糖あわとう電子工業株式会社。ネルモルの駅、北口側にあった小さな会社で、人間8割、アンドロイド2割が在籍していた。いつ頃からか、社長が出社することが極端に減ってきて、社内掲示板に紙一枚が貼り付けられた。


「我が社は、政府関連企業の一員となります。社員全てが移籍対象。詳細は、別途通知する。以上」


 あの時は、皆、口が開いていたな。何それ?って。モナカは、オレの脇腹のお肉を摘んで言うんだ。


「この会社なくなるって、これ、夢ですか?夢だったら、痛くないですよね?」

「・・・痛ぇし、人の腹肉摘んで確かめんじゃねぇよ」


 モナカなりに動揺してたんだろう。


 そんな事を思い出しながら、エレベータを降りる。ガラス張りの廊下を進むと、カルメラ・エレクトロの入り口がある。買収前とは違い、人間3割、アンドロイド7割と社員割合が逆転している。しかも、社長が存在しない。政府関連企業ということもあり、会社の代表者は、大統領である。普段、何かをすることもない社長という地位だが、映像が表示されるモニターがあれば十分だ。そもそもの話、3代目である[ぎふと]AI大統領は動かすボディが不要なので、大型コンピュータの一部機能で、どこぞの企業へモニター越しに会議で指示すれば、それで末端は働き出す。


「おはようゴザイマス」

「BK-4Bさん、おはようございます」


 アンドロイドのBK-4Bがすれ違いざまに挨拶していった。型番が名前で、上司にあたる存在。泡糖電子工業時代のアンドロイドも移籍しているが、容姿の違うアンドロイドが、このカルメラ・エレクトロには多数在籍している。これまたややこしい話だし、時代の影響もあるのだろう。


「おはようゴザイマスゥ~、ミナヅキサン」

「ん、おはようさん、トコフ。あれ、ボディ変えたの?」


「えぇ、検査受けたら劣化が酷くて、ボディ更新を勧められマシタ」

「でも、前より丸くて幅が大きいんじゃないか」


「このボディ、安かったのデス。前よりも駆動時間も伸びて、ラッキー!」

「バッテリー分の容量が胴回りに集めてあるわけね。人造皮膚も伸びたでしょ」


「その辺も新調しまシタヨ。貫禄あるでしょ?」

「人でいうと、おっさん体型だわ」


「ミナヅキサンも、そのうち、こうなるんデスヨ。憧れるデショ?」

「あぁ、一緒に服選び出来るな」

「イヒヒ」


 前の会社から一緒だったトコフZGとの会話は、非常に人間臭い。

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