⑱結び切り


「どういうこと…なの?私達の、本当の父親じゃないって……何かの間違いじゃないの?」

「間違いじゃない……愛と舞姫…お前達は捨てられたんだ」

「「え」」

「お前達は…私の元妻と元親友の間に出来た、子だ。嘘じゃない。その……こんなことを話して、今更許してくれとはいわない…その…」

院長は愛と舞姫に、煌星家の真実を打ち明ける。二十何年もの、隠していた事実を…。彼女達は、院長の本当の娘ではなかった。しかも院長の元妻と元親友の間に出来た子…この中で一番気の毒なのは院長だろうと誰もがそう思う。でも二人は…

「…私のことは構わない。だから…私と縁を切って、幸せになっ…」

パンッ!愛が院長の頬に平手打ちをした。しかも先程まで酔っていたにも関わらず、愛は瞳から大粒の涙を零しながら、院長に問い詰めた。

「馬鹿じゃないのっ!お父さんと…絶縁するなら死んだ方がマシよっ!今日まで…何を考えて医師をしてきたのよっ!」

「愛さんっ!落ち着いて!」

「嫌よ…私、お父さんがいなかったら……教師を目指そうなんてしなかった!心が壊れてたっ!それなのに…なんで今更…そんなこと言うのよっ!」

「先生っ!」

「すまない……」

「…お父さん、どうしてそれを早く言わなかったの?」

「舞姫、それは……」

忙しくも大切な娘達と暮らす幸せな生活を、終えたくなかったから…そう院長は言う。それに院長は、二人を育てることになった経由はもちろん、当時幼少期だった愛の首を絞め殺し、自分も命を終えようとしたこと、舞姫を餓死させ、自分も死のうとしたことを…二人に打ち明けた。

「…私は……俺は…人の親になれない……父親失格だよ」

「………院長」

「最低だよな…こんな私が……地方で有名な医者で、他の地方からも医療補助に加わるほどになったなんて……」

「それは違うでしょ……私も、お父さんの仕事を見てきたから看護師の夢を叶えられた。そして希望君とも出会えた……確かに私とお姉ちゃんは実の両親の顔なんて知らない…でも、私の家族は…お父さんとお姉ちゃん、希望君だけだよ」

「舞姫…」

「いつも言ってたでしょ…医療は命と心を正すって…それが教師も同じで…教師は生徒を…人間性を正す……今更絶縁して幸せになれって出来ないわよ…お父さんがあの時、雷磨さんを助けなかったら、こんな素敵な人と出会えなかったわ。だから…」

「愛…」

血は繋がってなくても、死ぬまで親子関係を続けましょう。そう言い愛が院長の手を掴んでは、院長は涙を零した。そりゃあ二十年以上抱え込んでいた事実を、受け入れて…更には愛と舞姫は親子関係を続けたい意志が強く、今まで抱えてきたものが一気に壊れたのだろう。

「ぐすっ!ありがとう!ありがとう!」

「もうお父さん……元生徒の前でやめてよ…」

「ほら、希望君がクレープ焼いてくれたし、今日は私と希望君の婚約祝いでもあるんだから、楽しも?」

「そうですよ!ほら院長、ビール持った持った!」

「夜海ちゃん…十本飲んどる…」

「そうだな…影食君だっけ?有難く頂くよ」

「君の友達は……医者泣かせだね…仁愛さん」

「福吉さんすみません…もう夜海ちゃんっ!」

すると院長は、俺の焼いたクレープに箸を付け、食べた。すると涙を流しながら俺にお礼を言った。

「………私達、生まれ変わったらお父さんの本当の子供になりたいね」

「そうね…絶対血は繋がりたいわね。もちろん舞姫とは一歳差が理想ね」

「愛…舞姫……ありがとう」

「というか…店長、もう体は大丈夫なんですか?」

「うん。いやぁ、まさか実の親に刺されるとはね……まあ凪優ちゃんに怪我なかったから良かったけど」

それを横目に見ていた盾澤店長に、加堂さんが質問をしてきた。後から聞いた話だが、本来ならこの婚約祝いは先月にする予定であったものの、盾澤店長が腹部を刺され、一ヶ月ほど入院してた為、今日行うことが決まったらしい…。

「もしまた何かあれば、私が治そう」

「ありがとうございます。その時はお願いします」

「店長…その……私のせいで」

「ううん。凪優ちゃんが無事で良かったよ。幸い死ななかったからなんてことないよ。親父もお袋も当分出てこないからね」

「危なかったよー」と一人ケラケラ笑う盾澤店長。彼は主人公ポジションで、かなりの平等主義者である。弟の雷磨と比べて外交的なため、店長に向いている。その性格と努力の甲斐もあり、今ではエリアマネージャーとしても活躍している。

「ごめんなさい…私のせいで……」

「あ、ううんっ!凪優ちゃんの安全が一番大事なことだからね。俺は大丈夫だから、気にしないで」

「店長……はいっ!」

「うぇっ…マシュマロ入のたこ焼き……」

「よせ…チョコ入りのたこ焼きが……これダメだ」

一度重い空気が、俺と福吉さんによりぶち壊された。何故なら、数分前まで院長が焼いてるたこ焼きの中にマシュマロとチョコが入っていて、それを俺と福吉さんが食べてしまったからだ。それは予想以上に組み合わせが悪い…。タコとチョコ、タコとマシュマロは最悪な組み合わせであるのだが、さすがに院長の前では言えず、何とか食道へとそれを移動させ、飲み込んだ。

「もうお父さんっ!希望君が……」

「あははっ!いいじゃないか〜…ヒック」

「夜海ちゃん…お父さんにお酒飲ませるのは辞めなさいっ!お父さんもおかしいわよっ!タコとの組み合わせが酷いわ…」

「希望君…福吉さん……大丈夫?」

あまりの組み合わせの悪さに言葉は出ず、俺と福吉さんは悶えていた。特に俺の食べた、チョコ入りのたこ焼きが酷く、廉命がコップに注いだ水を俺に渡そうとしてきたときに、吐き出してしまった…しかも彼の着ているシャツにそれが付いてしまった。慌てて彼に謝罪するが、そろそろ処分する予定のシャツだったようで、紅い瞳から怒りの感情はなかった。

「ほんっとにごめん……」

「いいっすよ。丁度この服キツくなってきたし、捨てようか悩んでたんで」

「ならいいけどよ…」

「それにしても暑すぎだろ……」

エアコンをつけているのに関わらず、大人数かつ食卓で何台かのホットプレートを使用しているのでかなり暑い。汗だくになっている廉命はシャツの裾を両手で掴み、上げようとしていた。しかしその時……

「あっ!廉命さんアカンって!」

「いや、洗うだけだよ?すぐ着替えるから」

「ダメやってぇ!れ、廉命さんの…変態っ!スケベっ!」

「夢玖ちゃん…まだ人の裸を見るのには慣れてなかったんだ…」

「いいよ廉命。そのまま脱ぎなよ」

顔を赤くし、シャツを脱ごうとする廉命の手を止める如月と、躊躇うことなく脱衣をする廉命。彼は純粋過ぎる如月を無視して、着ていたシャツを脱いだ。一年前と比べて厚さが増した胸板、くっきりと綺麗に割れた腹筋と背筋。俺の二回りぐらいしっかりした太い腕、上半身に残された沢山の傷跡やケロイド。如月はそれらを見ないように両手で赤くなった顔を塞いでるが、廉命はそれを阻止出来た。一年でこんなに成長した、この体なら簡単なことだ。

「あ……あわ…わ……はよ服着てっ!」

「そろそろ慣れてくれよ……」

「そうだぞっ!ほんっとにピュアピュアなんだから!」

「すっごい純粋だよね…だって私とお風呂入るの凄く嫌がってたもん」

両手を捕まれても、如月のオッドアイが廉命の半裸に向くことはなく、ただただ下を見ている。確かに舞姫の言うことも分かる。如月はとにかく純粋過ぎるあまり、他人の素肌を見るのは本当に苦手である。一緒に暮らしてた時も、風呂上がりの俺の上半身を見る度に顔を真っ赤にしていた。しかし廉命と暮らし始めてからもそれと、ブラを着けない癖は直っていないらしい。そのせいで廉命が色々苦労しているらしい。廉命はシャツを持ったまま洗面所へ向かい、シャツを洗った。

「とりあえずこれでいいかな…」

「廉命さん…背中にもケロイドや傷跡多い……」

「そう、だね……全身になってるのは酷いね」

「ケロイド…手術で治せますかね……傷は綺麗ではないから厳しい…んですかね…?」

「俺も…俺でよれけばケロイドや傷跡を無くす手術出来るよ……」

「いや、いいんです。本来なら俺はこのケロイドを消そうか悩んでたんですけど、如月さんが…」

傷だらけになった俺を受け入れてくれてるから。彼も顔を赤く染め、ボソリとそう語る。もうこの二人の関係は恋人以上らしい。ただ、正式なお付き合いをしてないだけの…両片想いだ。彼は傍にあった新しいシャツを着直し、甘酸っぱいムードは徐々に収まった。

「いやぁ若いなぁ……」

「ですね…」

「…日出君といったか。いい加減想いを伝えなさい……そして」

「…ええと……?」

「……廉命。院長……いや、お義父さん」

「ははは。まさか君にお義父さんと呼ばれる日が来るとは……舞姫、本当にいい人と出会えて良かったな」

「…そうね。私もそう思う」

「希望君……病気や仕事のこともあるかもしれないが、舞姫は君にしか任せられない。娘を…幸せにしてやりなさい」

「……はいっ!」

そして俺と院長…兼義父は、ある契約をした。必ず舞姫を幸せにすること。彼女を支えること。生涯傍にいることを…。舞姫はとても嬉しそうで、院長兼義父と愛は泣いていた。

「舞姫ぃ…ヒック!幸せに、なんなさいよぉっ!」

「お姉ちゃん……まだ結婚しないから!てかお姉ちゃんも早くくっつきなよ…」

「そういう愛は……さっき発言してたじゃないか。教師でも、恋人や家族がいるんだ。そろそろ…いいと、私は思うぞ」

「……お父さん」

「……別に僕は構いませんが、医大を出てから…その、結婚でも?」

「ら、雷磨さんまでっ!何言ってるのよっ!」

「確かに医師免許は、医学部を出て五年間研修医として動かないと受験資格が与えられないからな……」

「まだ付き合ってなかったのかよ……雷ちゃん、愛さんも幸せにしろよぉ…」

「はい……」

後で知った話だが、後ほどこの二人は結婚を前提に付き合うことになったらしい。それを知った時、院長兼義父はどんなに嬉しかったのだろう。それに、俺は白血病を克服して以来、定期的な検診や処方された薬の服用など、気を遣いながら生きている。確かにドナーで生き延びてるとはいえ、再発して今度は助からない可能性だってある。でも……俺と舞姫の愛は……結び切りで、二度と解けないと…俺達は理解しているのだ…。





……To be continued

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