夢命嵐の糸

檻射舞|おりーぶ

〔上編〕❶拾い主は希望

ー俺…生野希望いくの ゆめは、ある日夢と命を拾うことになった。

嵐のように辛い過去、一本の糸のように繋がってる意図。

これは…その二つと、持病の悪化で余命宣告された、俺の物語。


――――――――――


「はぁ……今日も疲れたなぁって…誰かいる…?」

「……すぅ……」

「…女子…高生?」

ある日の仕事終わり、職場の従業員用裏口から出た時に、誰かが壁にもたれ掛かっているのを見た。この時の時刻は二十時を過ぎていて、もちろん空は真っ黒だった。俺は興味本位でその存在に近付き、スマートフォンのライトを当てる。影だけで姿を見るなり制服を身に纏った女子高生だと分かるが、その存在はライトの眩しさに反応した。そこで俺は驚いた。

「……オッドアイ……?」

「…っ!」

目の前にいる女子高生の瞳はオッドアイだった。オッドアイというものを、人生で初めて目にした。それは宝石のように澄んでいて、色はビリジアンとオパールのようだった。目が合った瞬間、彼女は目を逸らした。何を思ったのか彼女に、何があったのか、どうしてここに居座るのかを聞いてみた。

「…とまぁ……こんな、感じで……」

「なるほど……大阪からここまで……凄いな…」

「あはは……」

「…今日はたまたま俺が見つけたけど、この後どうするつもりなの?」

「……いえ、私帰ります……」

「何処に?」反射的に質問を繰り返した。すると彼女は目を下に逸らした。彼女曰く、この生まれ持ったオッドアイが原因で、周りの人間から何度も捨てられたのだという…。同じ人類だというのに。それに彼女は産まれてからすぐに大阪の西成区に不法投棄され、何度も施設をたらい回しにされ、ここまで歩いてきたらしい。尊い命をよくもまぁ……。だが、彼女の気持ちは痛いほど分かる。当然だが目の前の彼女には何の罪もない。そう思った俺は携帯のロック画面を解除し、ある人にメッセージを送り、あるお願いをした。すぐに既読が付き、その相手から了解の返信をもらってから彼女を車に乗せた。

「よし、ついてこい」

「……え?」

「いいから。とりあえず乗って」

何とか彼女を車に乗せ、そのまま車を走らせた。その間彼女は何か気まずそうにしていたが、黙っていたので沈黙してて気まずくならないように、最低限の会話をした。

「…そういえば名前聞いてなかったな……名前、何?」

「……如月きさらぎ夢玖むく…です」

「…如月っちね。俺は生野。よろしく」

「…あ、はい…」

そのまま車を走らせること二十分、ようやく自宅に着いた。彼女と車から降りて、部屋に入る。すると、ある女性が俺達を出迎えてくれた。

「ただいま」

希望ゆめ君お帰り。この子がさっき言ってた子?」

「うん。如月っちっていうんだ……その、急にお願いしてごめんね?」

「ううん。とりあえず疲れたでしょ?如月ちゃん、服は私の使ってね」

「………え?」

「風呂入ってこいってこと。話はそれからだ」

舞姫が用意していた着替えを如月に持たせ、強引に彼女は風呂の方に連れた。三十分ほど立つと、先程とは違う如月が風呂から戻ってきた。

「……やっぱり舞姫のじゃダボダボだよ……」

「でも希望君の服でも変わらないねぇ…髪乾かそうっか!」

「…え」

舞姫が如月の髪にヘアオイルをつけ、ドライヤーで彼女の髪を乾かす。彼女は高校時代から付き合っている煌星舞姫きらぼし まき。同い歳で日々大学で看護を学んでいる。実習を通してか、こんなにも用意周到だと思わなかった。丁寧なブローにより、如月の猫っ毛な黒髪が靡き、次第に艶々になっていった。如月は眠たそうにしていたが、その時点でブローは終わった。

「おしまいっと……あれ?眠い?」

「いえ……ふわぁ…」

「……とりあえず、何か飲むか?」

冷蔵庫から水やお茶、乳酸菌飲料、フルーツジュース、アイスコーヒーのペットボトルを取り出してはテーブルの上に並べ、彼女に選ばせてみる。すると彼女はアイスコーヒーを選んだ。こんなに小さいのに、こんなに苦いのを選ぶとは…やはりこの娘は只者ではない…と思いつつ、グラスにアイスコーヒーを注ぎ、彼女に手渡す。すると彼女はちびちびと飲んだ。

「……如月っちさ、ここら辺に親戚とかいないの?」

「いないというか……私の存在を知らないというか……あはは」

「……そっか」

雰囲気が壊れないように、如月は無理して笑うが澄んだオッドアイはちっとも笑っていなかった。それにずっとこちらとの視線がちっとも合わず、空間を見渡してばかりで、微かに体も震えていて冷や汗も出ている。でも、如月の気持ちは痛いほど分かるような気もする。何故なら俺も、同じ人間に捨てられたからである。彼女も何度も違う人間に捨てられて生きてきた。でももしかしたら…いや、多分今度は俺達にも捨てられるのを想像しているのだろう。それに、わけは違うが、身近にも俺と同じく両親に捨てられた奴がいる。これも何かの縁なのかもしれない。そうだ。明日そいつに会わせてみようと思っていた矢先、彼女は眠ってしまった。

「………すぅ……すぅ…」

「……寝ちゃったか……」

「すぅ…すぅ……」

何を思って寝てしまったのだろう。すると舞姫が風呂から帰ってきて、入れ違いで俺が風呂に行っている間に舞姫は彼女のことを見守ってくれた。如月は既に夢の中で…俺が風呂から上がった後、舞姫と少し話し合い、今宵を明かした。


「……すぅ……」

『やだこの子、不気味で怖い…』

『小さいしガリガリだし…野良でしょ』

『………みゃあ…』

「……すや………」

『……ねぇ猫、一緒に………』

「……っは……!」

久しぶりに見た悪夢に魘されつつ目に眩しい陽射しを感じ、勢いよく起き上がる。周りを見渡すと、誰だか知らない人の家にいた。それに私は泣いていた。確か昨日、生野さんという人に連れられ、今に至るはずだ…。すると、舞姫さんは私に話してきた。

「あ、夢玖ちゃん。おはよ」

「……おはようございます……」

「泣いてるけど大丈夫?朝ご飯出来てるから顔洗っておいで」

「あ……はい」

相変わらず舞姫さんは笑顔で私に接してくれる。そして、生野さんも現れ、私に話してきた。

「ふわぁ…昨日はめちゃくちゃ寝ただろ……」

希望ゆめ君、寝癖……」

「ありがと……」

「そうそう。昨晩、希望ゆめ君と話し合ったんだけど、今日は私達の母校と、希望君の仕事先見てきてもらおうと思うんだけど、大丈夫?」

「はい……体は頑丈な方なので…」

産まれてから十八年。私は家族というものを一度も実感したことがない。というか、家族自体いない。だって、同じ人間に何度も捨てられて、その家族の存在さえも知らないからだ。でも彼らは、こんな私に優しく接してくれる。すると舞姫さん達は今日の予定のことを話してきたが、私はそれに承諾した。すると生野さんは目を擦りながら、「いいじゃん」と私に声を投げてきた。

「じゃあ決まりね。希望ゆめ君、お願い出来る?」

「任せて。もしもの時は舞姫に電話するわ」

「うん。お姉ちゃんも楽しみだって!」

「よし如月っち、飯食ったら早速出発だっ!」

「え……早…」

何なのこの人達。昨日出会ってばかりだというのに、私に更に新たな出会いをさせようとする。特にこの生野さんに関しては行動力とコミュニケーション能力が高すぎる。すると、生野さんは、何かを思い出したかのように電話をするために、ベランダへ席を外した。

「実は昨晩ね、希望ゆめ君から夢玖ちゃんのこと聞いてね、高校三年生だと分かったんだ。ちょうど私のお姉ちゃんが高校の先生してて、見学させて欲しいってお願いしたの」

「………」

「…私達は、どうしてもあなたの力になりたい。だから、信じて?私達を」

「……はい」

すると生野さんが電話から戻ってきて、私にこう言ってきた。

「ふぅ……出会った瞬間から、決めた。如月、俺はお前を……拾う」

「…は?」

「文字通りの意味だよ。昨日言おうとしたけど、今日からよろしくってこと!」

「…………」

顔を上げ、アメジストのように澄んだ瞳を見る。その瞬間に私は、彼の深い過去と遠い未来を読み取り、この身で全てを感じてみた。この人が私を見つけてくれた。もし見つけるのが彼じゃなかったら、私は少なくとも死んでいたに違いない。それに、こんなに私に優しくしてくれる人は、彼ら以外誰もいないと感じた私は小さな声で「よろしくお願いします」と返した。その返事を聞いた二人は、笑顔で「こちらこそ!」と返した。朝ご飯を食べ終わり、身支度を済ませ、私と生野さんは舞姫さんと行動を別にした。そして車の中で色んな話をしていたが、生野さんがこんなことを話してきた。

「実は俺も…重度の白血病でさ、幼い頃から入退院繰り返してきた。もちろん常に死と隣合わせだった。でも中学生になったある日、両親が蒸発した…」

「……え…?」

「でも今の彼女…舞姫との出会いがあった。両親に対する怨みは未だに消えてねぇ。でも、生まれてきてよかったと思うよ」

「…生野さん」

「あ、今日職場で紹介したい奴らいるから期待しないでね!」

「どっちですか…ふふっ」

「…お前も笑えば意外と可愛いんだな……絶対あいつ喜ぶぞ……ふふっ」

「え?」

「いや、こっちの話」

異常なコミュニケーション能力を持ってる彼でもこんなに酷い過去があったとは…。それに昨日から思っていたが、持病によって少し背が小さいのも納得できる。次第に車を走らせていると、学校に着いた。職員玄関から入り受付を済ませてから校内見学が始まった。初めての空間で緊張してか周りを見渡す私に対し生野さんは「懐かし〜!」と言わんばかりで次々と校内を案内した。

「ここが保健室でその隣が職員室」

「……結構普通ですね」

「普通言うな……ほら、次行くぞ」

「あ……はい」

ひたすら私は生野さんについていき、他にも体育館や放送室、パソコン室や生徒指導室も案内された。授業中というのもあり、人気のない空いている教室で談笑していると、チャイムが鳴った。

「お、授業終わった。行くぞ」

「え…?次はどこに?」

「抹茶クリームあんぱん。購買でめちゃくちゃ人気でさ、俺も舞姫もあいつも、よく世話になったんだ。懐かしいなぁ……」

「購買……初めて聞く言葉…」

「………今日は特別だ。さ、行くぞ」

「はいっ」

何なんだその大人気を納得出来る美味そうなものは。そういえばあんぱんは油で揚げられてるだったっけ……いや、それはあんドーナツだ。多目的ホールに向かい、生野さんは購買のお年を召した女性に小銭を出した。

「あら希望ゆめ君!大きくなったねぇ…」

「おばちゃん久しぶり!まだまだ背低いよ…俺は」

「まあまあ!あら、その娘は妹?可愛いねぇ」

「あ……そ、そうなんだよ!今中二で高校見学したいって聞かなくて…絶賛反抗期で。あはは」

「若いねぇ……お姉ちゃん、珍しい目してるね」

「ああ……生まれつきで……その、兄がよくお世話になったみたいで」

今この瞬間、自分の体格に感謝した。購買のおばちゃんは私達を兄妹だと思っているらしい。背が低いのも、黒髪も共通しているからなのだろう。生野さんが女子高生拾ったと誤解を招くような発言をしなくてよかったと思った。

「毎度あり。はい。あの子にもこれ、サービスだよ」

「うわぁありがとう!おばちゃん」

「ありがとうございます」

「はいはい。お姉ちゃん、頑張るんだよ」

「ばいば〜い!」

購買のおばちゃん曰く、この抹茶クリームあんぱんは一日に数量限定で売られていて、買えた生徒は運がいいといわれているほど大人気である。それを七つほど買い、私はまた生野さんについていき、あるクラスの教室の前に着いた。

「ここは…?」

「奴の同級生で俺の後輩」

「奴…?」

「そいつは今日職場で紹介するから……あ、来たきた」

「?」

昼休みになり、生徒の大半は皆財布や弁当、提出物のプリントや問題集を手にし、廊下へ出てきた。生野さんは教室から二人の女子生徒とアイコンタクトを取り、彼女達を呼び出した。

「生野さん、お久しぶりです」

「夜海ちゃん、久しぶり」

「その…廉命君は元気ですか?」

「廉太は生きてるよ」

「良かった……それで、その子が」

「うん…如月夢玖っていうんだ……って、隠れるなよもう…」

今朝彼が電話をしていたのはこの為だったのだろう。生野さんは私を力ずくで前へ引き剥がし、軽く羽交い締めした。

「…私は影食夜海かげじき やみ。生野さんから話は聞いてるよ。それでこの子は…」

松寺仁愛まつじ にいな!夢玖ちゃん可愛い!オッドアイもすっごく似合ってる!」

「ね!めちゃくちゃ綺麗だよね!」

「(あれ…?)」

オッドアイを褒められたのは何年振りなのだろうか。物心ついた時から、オッドアイが原因で周りから毛嫌いされていた。でも、コンプレックスを褒められたのは初めてで驚いている自分がいた。

「…如月っち、大丈夫か?」

「あ、はいっ」

「実はこの後、こいつを職場にも連れてくんだ」

「私達もあと一時間で授業終わるので暇って話してたんです」

「なら廉命を脅かそうぜ?」

「行こ!夢玖ちゃん」

「え?……うん」

彼女達にも抹茶クリームあんぱんを渡し、昼休みを共に過ごしつつ、適当に時間を潰してまた彼女達と合流した。

「よし、じゃあ行くぞ」

「「はいっ」」

「えぇ……」

夜海と仁愛も生野さんの車に乗り、再びその車は次の目的地へと向かった。

「ねぇねぇ!夢玖ちゃんってここら辺に住んでるの?」

「いや…大阪から…歩いてきたんやで」

「へぇ…大阪か……行ったことないから分からないけど憧れなんだよね」

「…美味しいお店とかはあまり知らんけど、観光スポットなら幾つか分かるで」

「へぇ……彼氏はいたことある?」

「ない」

「如月っち……自信持て」

大体見た目にコンプレックスを持つ自分に、彼氏や友達など一度も出来たことなかった。でも、この出会いで信頼できる友達は出来そうだ。すると夜海が私にこう話してきた。

「夢玖ちゃん、廉命君ってどんな人か生野さんから聞いた?」

「いや、聞いてへん。二十歳の男性ってこと以外知らん」

「なら簡単に説明するね。異常にデカくて傷だらけ」

「違うよ夜海ちゃん。廉命は童貞で女とシたことない」

「またまた……」

「廉命さんかぁ……どんな人なんやろ…」

「もうすぐ着くぞー」

車を走らせること二十分、ようやく生野さんの職場に着いた。私達は車から降り、店へと入っていき、出入口である人が出迎えてくれた。

「あ、生野さん」

「店長、急にすみません……」

「ううん。あ、生野さんから話は聞いてるよ」

「あ、はい」

「…如月夢玖というんです」

「如月さんね。俺は店長の盾澤。弟もいるんだけど、今日は先生の元で勉強中だからいないんだ」

「うわぁ店長イケメン!」

「ありがとう。よろしくね、如月さん」

このスポーツ用具店の店長をしている盾澤鳳斗たてさわ ふうとだった。大出世で現在二十四歳という若さで店長をしている。顔立ちが異常に整っていて、接客態度も完璧で周りから評判が良いらしい。私達は盾澤店長にシューズコーナーに案内された。

「ここがシューズコーナーだよ。ランニングシューズとタウンシューズの販売を主としているよ」

「ランニングシューズはいいぞー?クッション性や反発性があって疲れにくい………まあそのうち分かるよ……あ、そうそう…」

そこには背が異常に高い、男性が立っていた。彼に生野さんは話し掛けた。

「よっ!廉斗!」

「……い、生野さん!夜海と……友達?」

「LINE送っても既読つかないから来た方が早いかなって」

「あぁ………それで」

「こいつは如月夢玖きさらぎ むく…俺は如月っちと呼んでるけどね」

「女子高生拾ったなんて…」

「やめろよ人聞きの悪い……如月っち、こいつが…」

日出廉命ひので れんや。生野さんから話は聞いてるよ。如月さんよろしく」

「……はい」

彼は日出廉命ひので れんやといった。体格の良さよりも顔や身体に出来た沢山の派手な傷に視線が行った。彼は過去に交通事故にでも巻き込まれたことがあるのだろうか…。初めて見た傷跡を眺めていると、生野さんが続けて話した。

「お前また背伸びた?如月っち、俺の方がこいつより歳上だから間違えないでね」

「確かに廉命背デカいからね。何センチだっけ?」

「百八十二ですけど…」

「俺と二十センチくらい身長差ある…」

「廉命さんもかっこいいね!夢玖ちゃん」

「……よく分からへん…」

生野さん曰く、廉命さんは生野さんと舞姫さんが住んでるマンションから近いマンションに住んでいて、時々お互いの家を行き来しているらしい。

ちなみに盾澤店長も廉命と同じマンションに住んでるらしい。意外と皆が近くに住んでいて驚いた時に、ある女子高生らしきアルバイトが盾澤店長のところに来た。

「盾澤さん、これってどうすれば」

「お、凪優ちゃん。これはこうして……」

「如月っち、こいつが俺らの凪優ちゃん!」

「……誰ですか?」

「この子は生野さんと知り合った如月さん。色々あって今日生野さんの高校行ったり、ここに見学したりなの……アルバイトして欲しいって」

「へぇ……」

「同い年だから色々気が合うかも。仲良くしな」

雰囲気の流れ的に私は凪優とLINE交換し、盾澤店長達と別れ、店を後にした。その日から、生野さんの何かが見えるようになった。それは………彼の過去と未来であった。





……To be continued

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