第10話

マサルは病院へやってきた。

父への最期の見舞い以来だ。

そんなに経ってはいないと思うが随分と久しぶりに感じる。

多分マサルの心持ちが変わったからだろう。

前は薬臭くて嫌な場所だと思っていたが、

今はドロドロした薄汚さを感じてもっと嫌な場所に感じる。


マサルは病院の入り口を通る。

途中の警備員の視線が少し痛かった。

これから悪さしようと思っていると見られるだけでこたえるものだ。

なってみなくてはわからないことを知ったのでマサルは感心した。

ただ結局のところマサルを止められるほどの目力は無かった。


マサルは無事に病院内に侵入できた。

正面に案内板と総合案内があって、その裏にエスカレーターがある。

案内板を見るよりカオルの記憶を見たほうが頼りになる。

目的の場所は二階にあるナースステーションだ。

カオルの記憶ではナースステーションの看護師は大体ホウヤを知っている。

医者で金持ちで顔が良い男だからだ。

羨望と嫉妬の眼差しが入り乱れている。


マサルは職員用エレベーターを使って二階へ上がった。

職員用とあるが職員以外でも使える。

二階に上がってもすぐにはナースステーションへと向かわない。

あのあたりに近づくと監視カメラに映ってしまうからだ。

職員用エレベーターを選んだ理由もカメラを避けるためだ。

監視カメラがどれだけの期間映像を保持するかわからないが、

ここにいた証拠を減らせるのであれば出来る限り避けたい。


マサルはナースステーション近くで様子を見つつ椅子に座った。

その前を通る看護師にホウヤに取り次いでほしいと伝えていく。

しかし全員に忙しいからと断られた。

患者や関係者でもないので当然と言えば当然だ。


マサルは最後には食い下がって伝言だけでもお願いした。

「2年前の飲酒運転の件」

ホウヤとイズモにしかわからない符号だ。

イズモが行方不明の今にこれを強請られるとは思うまい。

マサルはホウヤが興味を持つことに期待した。


マサルは伝言のついでに手紙も渡しておいた。

紙も封筒もそのためだけに用意したもので指紋もつけていない。

イズモの記憶を使って筆跡を真似て作った脅迫状だ。

脅迫状では特に要求をしておらず、ただ脅すだけだ。

お前の飲酒運転の証拠を残しているぞと書いてある。


この伝言と手紙の目的は一つ。

ホウヤがマサルに興味を持つように仕向けることだ。

可能であれば店に呼び出せれば嬉しい。

こっそり誰にも知られずにできたら最高だ。

だから脅すだけ脅して恐怖心を植え付けてから、

目的や相手がわからないままの焦燥感を味わってもらおう。

効いてくれると良いのだが。


マサルは来週の定休日まで再び病院に来ることはできないから、

もし脅迫状の効果がてきめんだった場合、ホウヤは相当苦しむだろう。

そうなると面白い。


マサルは病院での用が済んだので家に帰る事にした。

病院から出る時も可能な限りカメラを避けていく。

車の運転でも高速道路を避けて一般道路を使う。

ETCの利用記録から足跡を辿られないようにしたい。

時間に余裕がある限り細心の注意を払っていく。

目的は大胆だが手段は手堅い。


何事もなくマサルは家に着いた。

車庫に車を止めようとしている時、目の前をパトカーが走った。

あれは刑事のものに違いない。

帰宅した所を確認して満足したのだろうか。


いい加減マサルはこの刑事の行動に辟易してきた。

今回のも安否確認とでも言うのだろうか。

それとも行動を監視しているのだろうか。

可能であれば刑事も処分したくなってきた。


今までマサルは警察に怪しまれるような行動を避けてきた。

それは勿論犯行を隠ぺいするためである。

具体的には警察の素早い初期捜査の対象となるのを避けるためだ。

しかしここまで付きまとわれると捜査以前に犯行を行えない。

それを理解できるのであればしなければいいのだが、

マサルにはすでにそのような選択肢はなく、欲望のまま動きたい。


刑事はきっと行き先を記録しているはずだから、

勝鮨で処分すると今までの犯行が露見するだろう。

どうしても刑事を黙らせたくなった場合を考えて、

上手い方法を考えておかなければならない。

今日みたいな張り込みの瞬間を狙えるのであれば、

そこで殺して店に死体を持ち帰るという手が使える。

少し考えるだけでもリスクが大きすぎるのだが、

他にいい手を思いつけない。

警察関係者をどうこうする事自体ナンセンスに思う。


ひとまず次に行動を起こすのは最短で来週だ。

それまで大人しくする事は確定なので、刑事の監視が緩むことを期待する。

そうでなければ本格的に対処方法を考えよう。

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