味のある人

医者が行方不明になったことは、病院の関係者が気づいているだろう。

そしてマサルが手紙を出して店に招待したことも誰かが知っているだろう。

この店には必ず警察がやってくる。

それまでには見つかったときに言い逃れが出来ないものを処分したい。


マサルは寿司職人で、店では毎日のように魚を捌いている。

だから魚の血や内臓といったものはありふれていて、

そこに別のものを混ぜる方法ならば気づかれずに捨てられると考えた。


マサルは死体の血だまりや、血抜きしたものを拭いて捨てる事にした。

腑分けにした内蔵も細かく刻んで血に混ぜた。

魚の物と混ぜてやったところ、言われなければ気づけないくらいだ。

隠し通せる自信が湧いた

しかし問題があるのは残った肉と骨だ。

量が多すぎてそのすべてを魚のものと混ぜられない。

だがなるべく急いでまとめて処分したい。


マサルは死体を何回かに分けて捨てる事を考えたが諦めた。

日頃丁寧に食材を捌いているので生ゴミの量が少なかったからだ。

毎日の廃棄に肉が増えるとどこで怪しまれるか分からない。

見た目だけでなく袋の重さだって見られることがある。

勝鮨ではフグを捌いているからだ。


フグ毒の管理は厳重でなくてはならない。

そう決められているからだ。

必ず除毒所に持って行って処理してもらう必要がある。

有毒部位が普通ゴミに混入することなどあってはならない。


マサルだってフグ毒の事を承知しているし気を付けている。

それでも間違いがあるかも知れないのが人間のやった仕事だ。

それを廃棄物処理業者に確認される可能性があるのが駄目なのだ。


そこでマサルは肉を食べることを思いついた。

そうすれば捨てることなく処分できる。

肉はきちんと水気をとっておけばしばらく冷蔵できるだろう。

食べ物に見えるからすぐに疑われることもないはずだ。

優先順位をつけて処分する事で捜査の目を搔い潜るつもりだ。


肉を取った後の骨を魚の残骸に混ぜて捨てる事にする。

衣服と一緒に燃やしてから砕いて混ぜた。

これで言い逃れのできないものを全てまとめて処分できた。

休業していた店を開く前にまとめてゴミにして捨てたのだ。


肉以外を魚のものと混ぜたのでゴミの量が多くなったが問題はなかった。

休業していた事実がゴミを増やした言い訳をするのに役立ったのだ。

最初の一回だけ通用する事だからマサルは急いでまとめて処分したかった。

今頃は焼却場で灰になっていることだろう。

後は、警察に疑われるまでに残った肉を処分しきればよい。

警察だって証拠もなくいきなり家や店を捜査することはできないだろう。

肉は自分で食べるつもりだ。


しかし肉を焼くと独特な臭いがした。

普段の勝鮨での仕込みで出さないような独特なものだ。

店の中にこもったり、煙が染み付いたりするのはまずい。

かといって家に持ち帰るのも気が引ける。

独り身の男の冷蔵庫には似つかわしくない量だ。

それこそ毎日調理していたら怪しまれてしまうのではないだろうか。

やるなら煮るか蒸すか、だがそれも焼くよりマシ程度で臭いはでる。

火を使わないようにするか、電気や熱は使えるだろうか、怪奇な問題が生まれた。

肉として使って処分する事を思いつくまでは良かったが、

いざ実際に食べようとすると日常の中では難しい事がわかった。

しかし今更諦めるわけにもいかない。


結局マサルは生で肉を食べることにした。

気持ち悪いが虫はついていないし、やりようはあると思った。

腐りきるまでなら腹を壊さずに食べられるだろう。

迷ってるうちに駄目になるから、思い切りの良さは肝心だ。


マサルは臭い消しのために生姜を乗せて生の肉を食べた。

舌にのせた感想としてはそこらに売られている動物の肉のように感じた。

食べる前にはどのような味の具合か測りかねたのでタレなど用意しなかったが、

塩だけで食べるには少々味の薄い気がする。

しかし飲み込んでみると不思議とおいしく感じた。

マサルはこの肉の味に虜になった。


マサルはすでに肉の三分の一ほど平らげていた。

一日でどれほど食して処分できるか憂鬱に思っていたのに、

口をつけてみたら悪くなくてあっという間になりそうだ。

肉を食わすために犬や猫を飼うのは衛生的に問題があったし、

まさか客や母に食べさせる事等を考えずに済んでよかった。

これなら何とかなりそうだ。


それにしてもおいしい。

マサルがそう思っていると、不要になったはずの感情が復活してきた。

あの得も言われぬ感情の事だ。

医者に抱いていたはずの感情だったのに。

医者の亡き今どうして湧き上がるのだろうか。

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