34.理想のお嬢様(仮)

 



『――あなたは死亡しました』

『30秒の蘇生猶予時間の後、最終更新地点グランセル王国キャトルにて復活します』

『しばらくお待ちください』


 僕の体が砕け散り、残されたお嬢様が地面に落下した。流石にその衝撃で目を覚ましたようだ。

 俯瞰の状態からその光景を見せつけられる。


 ――本当に、僕はメイド失格だ。

 お嬢様一人残して死ぬなんて情けないにもほどがある。お嬢様ごと斬られそうになって腰を動かして庇ったのはファインプレーではあったが、結果で見たら最低であることに違いない。



「……ひーひ? ひーひ?」


 お嬢様が僕を探している。

 キョロキョロと周囲を見渡して。



「これで世界は我が手に――」

「ひーひぃいいいい!!! うぇーーん!!」


 お嬢様が泣いてる。それに伴ってゴミクズが吹き飛ばされていたがどうでもいい。

 なんてことだ、今まで泣くことのなかったお嬢様を泣かせるなんて……!


「あうぅ……」


 寝転がっていやいやとしていたお嬢様は跳ねた毛を留めていた指輪がとれて落ちているのに気付いた様子だ。

 それを拾い、つぶらな瞳でじっと見つめ――


「はむ」


 そのまま口に入れてしまった。

 まずい! お嬢様が窒息してしまう、なんて慌てているとお嬢様が突然光り始めた。



『蘇生猶予時間、残り5秒、4、3……』


 差し迫る時間の中、光っているお嬢様の横に僕の体が復元されていくのが目に入った。


『状態遡及が行われています』

『リリィ様の申請により主従契約から一蓮托生主従契約に更新されました』

『一蓮托生主従契約では従者のスキルが一つだけ共有され、片方の死亡時HPがゼロのまま肉体が残り、“完全麻痺”と“沈黙”が付与されます。また、両方の死亡時に従来の死亡判定と同じ措置が行われます』


 つまるところどっちが死んでも動けなくてスキルも使えず喋れないだけで、蘇生なんて珍しい処置はしなくても【回復魔法】か何かで回復すれば大丈夫ということなのだろう。


 ただ、この場合の“完全麻痺”と“沈黙”はお嬢様から受けたことにはならないよね?



『【純白ブランシュ】により“完全麻痺”を弾きました』

『【純白ブランシュ】により“沈黙”を弾きました』



 早速HP0のまま実質的な復活を成し遂げたので立ち上が――


「……いや動けないのは変わらないんですか」



 HPが0だからか知らないけど立てない。

 指先や口は動くのだが足腰が不自由だ。

 斬られた下半身もお嬢様から発せられている光で治ったのに。仕方ない。何故か光り続けているお嬢様を這いつくばりながら抱えた。



「【超強襲】」



 ひとまず皆の安否を確認……まさかまさかのカナタさんが【回復魔法】でハルとアメリアさんを治していた。


「あ、ヒビキゅん。カナタもう“侵食”つてやつで死ぬみたいだからあとはよろー。〖ヒール〗!」

「……了解です」


 状態異常か。

 カナタさんは僕に僅かなHPを託して砕け散った。復活できるとはいえ、友人の死を見るのは辛いものがある。


 3秒間フルで居座って彼女の回復を受け、元の位置に戻ってきた。HPが回復したからか体が動く。


 ハルも息を切らしながら立ち上がっている。

 未だお嬢様は光っているので腹切りお詫びはまた今度。先に――



「――【両断】」


 再び刃が眼前に迫る。

 しかし、それがこちらに届くことはなかった。

 何度も助けられたハルの盾である。



「ごめん、私も“侵食”とかいう持続ダメージで死ぬ! アメリアちゃんのことは任せた!」

「ハル……任せてください」

「ハル!」



 アメリアさんが地面に這いつくばったまま狼狽えている。

 既に砕け散ったハルの分も、というか彼女から有益な情報が聞けた。ただの状態異常ではなく、持続的にダメージを受けるせいでアメリアさんもマズそうなのだ。

 一か八か。



「アメリアさん! 傷口で受け止めて下さい!」


 濡れた雑巾を取り出して彼女の方へ丸めて投げる。こちらの狙い通り、雑巾はアメリアさんの傷に命中し、雑巾が光った。


「これも掃除判定とは、【聖掃】も便利ですね」



 これでアメリアさんの“侵食”も除去できたことだろう。あとは仕留めるだけだ。



「【修繕】、からの【超強襲】【天破砕フラージュ】!」

「毎回やり口が同じだな。吾輩にそれはもう通用しない。【紫死杭モルテ】【終末の茨ボーヌ】」


 背後に転移しての強襲だったが、杖で受け止められた。そしてそのまま杖の先から黒い杭が出現した。

 再転移で即座に回避したが、戻ってくる所にもう1グループの黒い杭と、足元から茨が生えてきていた。



 また行動不能になるのは目に見えている。せめて、せめて一撃入れてアメリアさんに――

 託そう、なんて展開にはなりそうにない。



 茨も杭も、が引きちぎり、掴み、無力化したからだ。

 抱えていた左手からはお嬢様が消えている。




「――」

「ヒビキ、怪我はありませんこと?」



 透き通るような美しい空色の髪は長く伸び、快活に開かれている深い海のような瞳の奥には力強い赤で「巾」のような形が刻まれている。



「リリィお嬢様……」

「ふふっ、ええ。ヒビキだけのリリィお嬢様ですわよ」


 こんな、こんな成長して……理由まではよく分からないがとりあえず嬉しいことは確かだ。



「お嬢様ぁ……先程はお嬢様を差し置いて目の前で死んでしまい申し訳ありませんでした!」

平気。でも、一時的な成長だから元に戻ったら慰めて欲しいですわ」


「なるほど、かしこまりました」

「ふふっ……こうやってヒビキと話せるなんて素敵♪」



 僕も同じ感想だ。

 ここが戦場でなかったらもっとよかったのだが。


「【暗黒烈断】」



 やはりあの空気の読めないクソゴミカスが攻撃してきた。


「――ヒビキと親睦を深めているのが見えないのかしら? ゴミは掃き溜めに帰ってくださいまし?」


 その黒い斬撃をお嬢様は素手で握り潰してのけた。流石お嬢様。めちゃくちゃかっこいいし可愛いし完璧だしほんとお嬢様。最高だ。



「さて、アメリアお姉様、古い契約の更新を致しましょう。【救世の誓い】」

「これは……力がみなぎる…………『新たな誓いよ。世界に光を灯すため、深き火を』【焔創の凪リ・フラム】」



 アメリアさんの金髪部分が全て赤く染まっていき、瞳は真紅に、その奥には「Ψ」と青く刻まれていた。まるでお嬢様と対になるような見た目だ。彼女は抜けずにいた白い剣をスっと抜き取り、構えた。すると彼女の頭に炎のティアラが出現する。


 それに合わせてお嬢様も何も無いところから黒い剣を取り出した。こちらは氷の王冠が浮かんでいる。




「ふん、青二才が束になったところで――」

「【瞬】【剥】【斬】」



『《四滅の主-人滅》アルヴェネス(Lv.?????)の暴走状態が無くなりました』



 お嬢様が一瞬で接敵して左腕を斬り飛ばした。

 お嬢様に惚れ直してしまいそうだ。



「【王道開拓グロリアスプライド】!」


 アメリアさんも上段からの振り下ろしで斬撃を飛ばしてヤツの右腕を斬った。



「っ……【不死鎧しなずのころも】【人滅ヴェネス】!」



 追い詰められたからかヤツを中心に隙間のない黒い弾幕が 周囲一帯に張られる。

【超強襲】で避けようにもどこにも安全地帯が無い。




「――【反滅結界】、ヒビキもアメリアお姉様もここから出ないようにするのですわ」

「もちろんです! ……アメリアさんはあれをキャンセルできたりしません?」

「あの技はオリジナルスキルには効かないのよ――でも、この剣を使えば3秒くらいはかき消せるわね!」


 十分だ。



「では仕留めて参ります」

「ヒビキ、ワタクシも行きますわ。――合わせられるでしょう?」



「当然です。お嬢様のメイドですので」



 僕はお嬢様と肩を並べて構える。

 初めての肩を並べての共同作業がこんな大仕事とは、実に名誉なことだ。



「――【超強襲】」

「――【瞬】」



 僕は背後へ、お嬢様は真正面から。




「【虚栄の兆し】! 今よ、決めなさい!」


 僕とお嬢様の移動と同時にアメリアさんがヤツに剣を向けて弾幕を消した。

 デッキブラシと剣が挟み込む形でヤツを抉る。



「【天破砕フラージュ】!」

「【救世夢想リリエンドララバイ】!」



 見事HPを0にしてやった。

 ヤツの体が崩れていく――




「掴んだぞ! 【世界は我が手の中にワールドドミネーター】!」



 間際、お嬢様の御手を掴んで吸収しようとしていた。


「お嬢様――!」

「一蓮托生主従契約でヒビキの【純白ブランシュ】は持っていますわ。ワタクシとヒビキは誰にも汚されない、お互いでしか汚すことなんてできませんのよ!」


 そういえば新しい契約でそんなことがアナウンスされていたが、まさかまさかのオリジナルスキルを共有していたのか。

 最後の吸収悪あがきを無効化し、呆気にとられた表情のまま、光の粒子となって消えていく。


 僕はそんなヤツの顔面にデッキブラシを押し付けた。



「貴様! 最期まで何を――」

「これは友人の分です。そして」


 キッと睨んでデッキブラシを動かす。

 その老いて汚い顔を硬いデッキブラシで磨かれる気分はどうだ!



「これはお嬢様の高貴な腕に触れた分! 徹底的に磨いてやりますよ!」

「貴様――!」



「ヒビキ、そんな理由でしたらワタクシをタオルで拭いてもらえませんの? ばっちいのが付いていますわ」

「それは確かに。では触れられた部分を……」


「そうですわ! 汗もかいたことですし、【生活魔法】でシャワーも浴びさせて洗ってくださいませんこと?」

「お、お、お嬢様のお肌を私めが……?」




『《四滅の主-人滅》アルヴェネス(Lv.?????)を討伐しました』


『――ワールドクエスト《人滅の魔導師》をクリアしました』

『BSPを80獲得しました』

『SKPを100獲得しました』



 うるさい!

 今はそんなことどうでもいい!


『……アナウンスカスタマイズ、ミュートを受け付けました』




「? ヒビキはワタクシのメイド、それなら当然のことでしてよ? もしかしてワタクシの身のお世話なんてやってられないと……」


「滅相も! 滅相もございません!! お嬢様の身のお世話こそ私の生きる価値。有難く承らせていただきます」



 そうだ。僕としたことが何を遠慮していたのだろう。1人の男、1人の人間である前に僕はお嬢様のメイドなのだ。性別なんてクソ喰らえ。メイドとしての奉仕は仕事であると同時に生きがいでもあるのだ。



「目の前でイチャイチャと……リリィちゃんもヒビキもこの頑張った王女に言うことはないの!?」



「アメリアお姉様、まだいらっしゃったのですね。まだ何か御用でも?」

「アメリアさん居たのですか。もう帰ってもいいですよ」


「この主従……!」



 アメリアさんは剣を納めてわめく。ゆっくりと元の見た目に戻っていった。周囲の景色も戻り、王城の元居た所に戻ってきた。




「うっ――!」

「お嬢様!? 大丈夫ですか!? 何か変なものでも食べ……」



 ペッとお嬢様は口から指輪を吐き出した。

 瞬間、ポーンと愉快な音を立ててお嬢様(大人の姿)は赤ちゃんに戻った。いや、少しだけ成長している。身長が数ミリ伸びたのだ。


 そのままハイハイでお嬢様はヤツの持っていた杖の所まで行き――パクっと食べてしまった。



「お嬢様!? ペッしないとです! ばっちいですよ!!」

「あや……うぅー!」



 吐かせた方がいいと焦るが、お嬢様は更に成長して2、3歳児くらいの大きさになった。

 しかもなんと、立っているのだ!



「おい、ヴェネスは倒せたんだな。こちらも界滅教団の制圧が終わった。…………貴様、聞いているか?」



 なんか横からシエラさんが報告してきたが全く聞いていなかった。

 それも仕方ない。



「そんなことより見てください! お嬢様が! お嬢様が立ちました!」


「……貴様、馬鹿が極まっているな」

「キミらしいねー」

「おい……俺らめっちゃ、疲れたんだが」

「はぁはあ……ヒビキ君、ハルとカナタは?」

「誰もわたくしを褒めてくれない……」



 なんか騒がしいな。


「ちょっと静かにしていてくれません? お嬢様のたっち記念日ですので」



「ダメだこいつ」と誰かがボヤいたのを無視し、僕は脳内カメラにお嬢様のおよおよと歩く姿を刻み込むのだった。







『――重要度の高いアナウンスのためミュート設定を一時解除します』



『これはサーバー全体に通達されるアナウンスです』

『ワールドクエストのラスボスが討伐されたため、全てのワールドクエストが破綻し、消失しました』

『確認中……』

『新たなオリジナルクエストに則って進行されます』

『全体アナウンスは以上です』



『ワールドクエストを全て消失させました。副次的なもののため報酬は入りません。ご了承ください』

『オリジナルクエストが発生しました』

『あなたの“軌跡”を確認します……』



『オリジナルクエスト《正統派女装メイドが理想のお嬢様を育成するようです》が開始します』


 ========

 オリジナルクエスト

 《正統派女装メイドが理想のお嬢様を育成するようです》

 難易度:☆?

 ミッション

 0.古の記録を体験せよ

 1.死の森最深部へ行ってみよう


 報酬

 難易度に応じてミッションごとに配布

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