31.臨時スーパーバーテンお嬢様と客引き清掃メイド


『【超強襲】のレベルが上がりました』



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【超強襲】レベル:(1→)2 習熟度1/100

視線を向けた任意の場所に転移した後、1~3秒後任意のタイミングで元の位置に転移する。

CT:(30→)10秒

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シエラさんと別れてからも適度にスキルを使いながら散歩しているとスキルレベルが上がった。

更にペースを上げれそうだ、と思ったが早朝とはいえ朝方にやっているバーを見つけてしまった。

一度行ってみたかったので入ってみることに。お嬢様も興味津々といった具合でキョロキョロしている。

バーの名前は“レネリエット”。わざわざ地下に行く階段があり、すごいオシャレだ。



「――それであいつらなんて言いやがったと思う? “トウモロコシにソースはないっすよ”ってふざけたこと抜かしたんだよ!!」

「そ、そうか……ああ、いらっしゃい。好きに座って――」


「あ」



仮面こそしていないが、この声、今カクテルを作ってるスーツ姿の青年は《黒》さんだ。

そしてデロデロになって意味不明な愚痴を垂れ流している女性は《赤》ことクレイナさん。

こんなところで出くわすとは。いや、やってきたのはこちらだからそれは向こうのセリフか。


「……おすすめを一杯お願いいたします」

「あ、ああ」


仕事は仕事だと割り切るタイプなのか、はたまたこちらに敵意が無いのに気付いたからかおすすめのカクテルを出してくれた。

オレンジの良い香りがする。


僕は味わって飲みながら、酔いつぶれているクレイナさんには特に触れずに聞いてみることに。


「ここは本業で?」

「まあな。もともとここで働いていたんだ。こいつは昔からの常連でな。ボスとこいつ以外、他の教団の連中は知らない場所だ」


なるほど、つまり彼の独断専行はクレイナさんにしか明かしていないと見た。

まあいいや。これ以上はお嬢様も退屈されてしまう。


「《黒》さん」

「ここではレルと呼んでくれ」


「ではレルさん。今から2時間ほど雇ってもらえませんか?」

「……意味が分からないが」


僕は壁際とグラス、軽い料理をつくるキッチンを順に指差してから彼を見つめる。



「メイドとしてこの環境は耐えられませんので」

「掃除させろということか?」


「それもありますし、お嬢様にフリフリしてもらいたいので」

「そんな赤子ができるわけ――」



「お嬢様に不可能はございません!!」


何を言っているのだろうか。生後数ヶ月も経っていないだろうに髪の毛も生えて首もすわっているお嬢様に不可能など存在しないのだ。

写真機能はあるだろうが使い方は分からないので網膜に焼き付けたい。



「休んでいて問題ありませんので。なんなら振る舞いますよ。給料も不要なので」

「……そうか。一応監視はしておくが好きに使うといい」


よし、掃除だ掃除だ!

お嬢様をカウンターに乗せ、背もたれ用の小物を置き、その周囲にコップやらカクテル用の素材を置いていく。


「あう!」


そしてまさかの素材を浮かせて空中でコネコネし始めた。流石お嬢様、普通のカクテル作りでは満足しない探究心。やはりお嬢様こそ最高だ。

唖然としているレルさんも見守ってくれてはいるのでこちらはこちらで掃除にとりかかる。


とりあえず〖放水〗でバケツに水を補充してからデッキブラシで壁を磨く。

何か光ってるけどそれも一瞬だった【聖掃】はカビとかにでも反応するのだろうか?

まあいいやドンドンピカピカにしていこう。




「――なんだこれは、未知の味。美味しいとは手放しに褒められないが変に癖になる味わいだ。まるで果実の味をした新鮮な魚の舌触り。何をどうしたらこうなるんだ」

「あゆあーぉ!」


「弟子入りでもしたらいかがです?」



べた褒めだったので冗談のつもりで言ったのだが、彼は少し考え込んだ後にお嬢様に頭を下げた。そしてお嬢様はむふんっと下げられた頭をぽんぽん叩いて受け入れている様子。



「……お嬢様の横で一緒に作っては?」

「そうさせてもらおう」



こじれきった状況が手に負えなくなったのでそのまま放置して今度は棚とキッチンの清掃を始める。絶対使っていないであろう物は勝手にゴミ箱に捨てて手持ちの雑巾でホコリ一つないところまで綺麗にした上で、モデルルームのように備品を置き揃えた。


「もう一時間ですか。休憩がてらお嬢様の作ったものを飲ませて頂いてもよろしいでしょうか」

「あい!」


「ありがたき幸せ」




楽しくなったのか100杯近くあるそれを、浴びたい気持ちを抑えて味わいながら飲んでいく。


――本当に色んな味と色んな世界観が口の中で広がっていた。お嬢様のお作りになったものだからか、様々なバフデバフが一斉にこの体を駆け巡るが、実質お嬢様が体内で遊んでいらっしゃるともとれるのでむしろ幸せだ。

これは色んな人に味わってもらいたい。


……よし、外でお客さんを呼んでこようそうしよう。


「ちょっとお客さん呼んできますね」



ハルと以前現実で遊びに行った時に客引きなる人に何回も出くわした。ハル言わく、あれは何かの法律か条例に引っかかるから本当はダメだと言っていたが、よく知らないしここはゲーム内だからセーフだろう。

現実で飲んだお酒よりホワホワして酔っている気がするが、これはおそらくお酒に酔ったのではなくお嬢様によったのだ。よく分からなくなってきたけどきっとそうだ。



「そこの方、お仕事の前に一杯いかがですか? これ試飲のものなので飲んでみてくださいませ」

「え、あ、ああ。ありがとう。……! これはなんだ、クセになる!」


「あちらのお店で私のお嬢様が作っていらっしゃいますので是非!」

「ありがとう! 飲んでくるぜ!」


こんな調子で数人、数十人とお店へお客さんを連れていく。試飲用のものを確保しておいて正解だったね。お客さんが増えてもお嬢様は高速で作ってらっしゃるので客席の割に回転は早い。


「あ、ヒビキいたいた! 通話かけても出ないのにログイン状態だったから心配したよ!」

「ああ、ハル。おはようございます。今お嬢様がカクテルを振舞っているのですがいかがです?」


道端でハルと遭遇したので、そのまま同じ感じで試飲を勧める。



「リリィちゃんが? ってすごい行列!?」

「流石お嬢様ですね。それで、いかがです?」


「いや、流石に朝からはちょっと……」

「お嬢様の作られたものを飲めないと言うのですか!!」


「さては酔ってるな!」

「いえ、“酩酊”だけはなぜか素で抵抗してるのでお嬢様に酔ってるだけです」


「何を言ってるのかさっぱりだよ!」



おそらく現実でお酒に強いからか、物理的には酔いは回っていないのだ。心の酔いってやつだ。


「おーいハルっちー! そっちには居たー? あ、ヒビキゅんもいるじゃん。誕おめーぃ」

「なんだ、ヒビキも見つけたのね! 誕生日おめでとう!」


そうこうしているとカナタさんとアメリアさんも合流した。



「お二人もお嬢様のカクテル、いかがですか?」

「二人とも未成年! それよりヒビキ、ペロ……太郎とアーヤちゃんが、前竜の洞窟の道を作ってくれたシスターちゃんに王城の方へ連れ去られたんだって!」

「――シエラさんが?」


ふざけている場合ではなさそうだ。

彼女にペロ助達を連れ去る理由は無い。誘拐が目的でないならば、考えられる可能性として最もありそうなのはを整えてくれるということだろう。直接言うのは照れくさいのか状況で察しろということか。


先程話した内容から危機感を抱いたので僕らに王城に乗り込むように急かしているのだろう。アメリアさんのことも初対面の時から気付いていたようなので、武力衝突の隙にアメリアさん関係の話しをつけてこいという意味なのだろう。


「――という感じですかね。ケリをつけに行きましょうか」


また報告しないと怒られるのでちゃんと伝えてから、お嬢様をお迎えに上がった。


「うおー!! すげえ、大回転だ!」

「カクテルで虎の形!? そんなことまでできるの〜!」

「リリィ様バンザーイ!」


「レルさん、そろそろあがりますね。それと……戦場になる可能性もありますので気を付けておいてください」

「……分かった。敵として会わないことを祈ろう。だが――この状況を放って行くな!」




収拾をつけるのは店主の役目だ。アルバイトにそんな大役を任せるんじゃない。



「めっちゃ盛り上ってたし、カナタも早く大人になりたいなー!」

「あれがバー……すごいところなのね」

「いや、あれは異常だと思うよ」



呑気にバーの感想を喋っている女子陣は無視して、遊び疲れた様子のお嬢様をおんぶ紐に入れてしっかり固定しておく。そしてその足で王城へ向かった。



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