29.誕生日パーティー

 

 花火を見た翌日、1日丸々麗音さんのお仕事について周り、どっと疲れた後。

 時刻は深夜0時を回って少し。誕生日を迎えた。


 僕は麗音れいねさんの着替えを待っていた。


 参加者なんて僕と彼女と、彼女の妹の静璃しずりさん、強引に押し通したしおりさんとあとは使用人の人達しかいないというのだから、正装なんて別にいいのに。

 僕も僕でスーツを好きになれないから特に。メイドさんに予備の服を借りてメイド姿で参加しちゃダメかな? ……流石に主役がそんなことをしたら麗音さんの冷たい視線とウィットの効いた罵倒の格好の餌食になるか。脱走なんてことをしたばかりだしここは自粛しておこう。




「待たせたわね」

「いや、僕がやるより早いと思うからいいよ」


「どういう返しよ……」


 メイドに憧れる者として、着付けもプロに負けない速度でできるようにならないと。

 特に今回彼女が着ているような白と紺の少し特殊な形のドレスにも対応できるよう、今度ゲーム内でアメリアさんを使って練習しよう。



「……そもそも感想を言う場面だったと思うのだけど」


「感想……確かにそっか。うーんと、白の割合からしてこういうお祝いの場に合ってるし、胸元のお花とそこから伸びる帯も視線誘導のことも考えてあるし、もっさりとし過ぎずまとまってる感じがいいよね」


「誰がドレス単体の感想を言えと? 似合ってるかどうかの話を聞きたいと言っているでしょう?」

「あー、うん。似合ってるよ。ほら、つ……落ち着いた雰囲気とか特に」


 危ない。深夜というのもあって思わず冷たい印象と言ってしまうところだった。


「……」

「麗音さん?」


「まあ、年齢的にもあなたのひとつ上だし落ち着いて見えて当然ね。ほら、早く行くわよ」

「はあ」


 時々反応にラグがあるのはなんなのだろうか。頭の中で酷い罵倒の嵐が流れていないといいけど。

 少し顔色を窺いながら麗音さん先導でパーティーのホールへ着く。



「お義兄にい様、誕生日おめでとうございます!」

「おめおめーい。ほらほら、20歳はたちになったんだし酒でも飲みな? これ、いいとこの強いやつだけどキミならたぶんいけるでしょ」



 使用人の人達による盛り上げに関して、騒がしいのは嫌だから勘弁とは伝えたが、アルハラも勘弁してほしい。たぶんいけるなんて何をどうしてそんな判断をしたのか理解不能だ。急性アルコール中毒で緊急搬送されたらどうするつもりなのか。


「いきなりそんなものを勧めないでくれないかしら? 初アルコールはワインに決まっているでしょう?」

「うわ、ちょっとずつ飲ませて襲おうとしてるでしょキミ」



 いやいや、栞さんじゃないんだからそんな発想しないでしょ――と僕が言う前に、麗音さんは腕を組みながら首を傾げた。



「逆に強すぎるとまともにできないじゃない」

「いやいやいや、え? 麗音さん、僕を襲うつもりだったの?」


「何を今更。お父様とお母様にも早く孫を見せてくれとせっつかれているもの。どうせ作らきゃいけないのだから早いに越したことはないでしょう?」

「まだ正式に結婚したわけでもないし、流石に早いと――」



「今どき婚前交渉がどうこう言ってるのは明東めいどうの系列くらいよ。あなたは私のもので、ここは広南ひろなみ。分かるわね?」


「くっ……」


 正論しか言ってないから反論できない。

 これが婿入りという形の婚約じゃなければ逃げ道はあったが、あまりに不利だ。



「栞さん栞さん、お酒を飲むと喧嘩になるのでしょうか?」


「んー、そういう襲われるって話ではないけど……」

「……」



 この子やっぱり穢れを知らな過ぎるでしょ。

 ここまでピュアな高校2年生は絶滅危惧種だ。


「?」



「……静璃しずりは嫁入りする予定だからまだ何も教わってないのよ」

「嫁入りするならむしろ教えるべきなのでは?」

「まあこういう子も需要あるしいーんじゃない?」


 まあどういう意図があれど下世話な話は静璃さんの前でしない方がいいかもしれない。

 教えるのもなんだか心が痛む。




「ンンッ! とりあえず乾杯にしましょうか。誕生日おめでとう」

「おめおめのおめー」

「改めておめでとうございます」

「みんな、ありがとう」



 少人数ということで席に着くタイプのパーティーで豪華な食事と、静璃さん以外の20歳以上の3人で高そうなワインを楽しむ。


 ジュースみたいだ。あまりキツさは感じない。アルコールと判別のつく独特の深みもこういう感じならいくらでも摂取して大丈夫そうだ。


 それからのんびり談笑しながら麗音さんに飲まされてお腹がタプタプになっていく。

 全然酔わないからか途中からアルコール度数の高いワイン以外のお酒も注がれていたが、また特にそこまで酔ってる感じもしない。

 むしろこちらの様子を窺いながら飲んでいた麗音さんが先に机に突っ伏した。


「……まだ4杯しか飲んでいないのに、これが潰れたという状態なんだね」

「姉様はお酒に弱いのです。部屋に連れていきますね」


「ああ、うん。それはお願いするよ」


 潰れた麗音さんは手厚い介抱を受けて部屋に連れて行かれた。僕と対面の栞さんだけがこの場に残った。


「……ウチも勧めといてなんだけどお酒強すぎない? 流石に少しくらいホワホワしてる?」

「ホワホワ? 確かにしてるかも?」


 うん、ちょっとだけホワホワしてる。

 いつもより姿勢が安定しないし、無性にお嬢様に会いたくなってきた。今すぐお嬢様をなでなでしないと……!


 デザートまで完食し、僕は席を立つ。


「んー? ちょ、どこ行くつもり? そっちって部屋じゃないよねー?」

「帰るので」


「え? 今ド深夜だけど?」

「お嬢様が私を待っているのです! こんなところに居ていられますか!!」


「……うーん、メイドモード入ってるし死亡フラグみたいなこと言ってるし一旦水でも飲んで落ち着かなーい?」

「お腹タプタプなので」


「いやーそうなんだけどお腹の中でアルコール薄めようよ。そもそも帰るってどうやって帰るの? 電車も無いよー?」

「ヒッチハイクか走ればいいので」


「極端だなぁ……キミ本当にどうかしてるよね」



 ――はっ、今何も考えずに話していた。

 酔いも会話で覚めたし改めて席に座って水を飲む。



「ふう、危ない危ない。本当に帰るところだった」

「今の一瞬で覚めたかぁ……流石のウチもキミは手に負えないかもなー」


 人を珍獣扱いしないで欲しい。

 しかも何か楽しそうだしからかっているのだろう。



 それからは静璃さんが戻ってきて3人で特にこれといった目的もなしにだべって1日が終わった。



 ――――――

 ――――

 ――



 朝になった。時刻は6時。

 一旦朝風呂に行こう。朝早くから働くメイドさんをはじめとした使用人さん達はチラホラ見るが、他のみんなはまだ起きていないらしい。


 昨夜使った男湯は清掃中だったため大浴場を使うことにする。流石に露天風呂は無いが、やはりしっかり大きいお風呂だ。


 シャワーを浴びて身を清めてから湯船に浸かる。極楽だ。ここも朝イチから掃除されているようでピカピカだし、ドタバタしていた昨日よりゆったりできる。




「ふぅ……」


 お風呂は頭を空っぽにしてぼーっとできるからいい。そう考えるとお酒もぼーっとできるし、お風呂とお酒はいい組み合わせかもしれない。

 ……朝からそれをするつもりは無いけれども。


 馬鹿な感想を抱きながら肩まで肌に優しいお湯を堪能していると、唐突に誰かが入ってきた。

 ちょうど扉の方には背中を向けているし、向こうからしても隅っこで頭しか出ていないこちらに気付いているかは不明だが、どちらにせよわざわざ視線を向ける理由も無いし特に挨拶もせずこの安息の一時を噛み締める。



「はぁ、結局では踏み切れないなんて、本当に情けないわね、私」


「……ん?」

「ん?」



 どう考えても麗音さんの声がしたので思わず振り向いて確認してしまった。こちらの声に反応して彼女もこちらに気付く。



「……おはようございます?」

「…………あ……え?」


 顔が青くなった後赤くなった。

 顔色ってあんなに早く変わるのか。お互いにタオルを持っていないが、角度的にどちらの局部も見えていないからセーフだ。

 出ていこうかとも思ったが、見なければいいだけの話でこの極楽の時間を続ける選択をしよう。




「この状況で居座るって……誘ってるとみていいのかしら?」

「なぜそうなる。お互いに疲れているんだから気にせずゆっくりしようって」



「そもそもここは私と静璃しか入っちゃダメな“広南家専用大浴場”なのだけど」

「へー、見落としてたかも。まあでも静璃さんならともかく、麗音さんとは婚約関係にあるし見なければ別にいいのでは?」




「昨日婚前交渉はどうこう言ってたのに線引きが理解出来ないわね」

「それも含めて今後のためにも理解しようってことで」



「そ、そう? そこまで親睦を深めたいなら仕方ないわね」



 向こうもシャワーを終えて湯船に浸かりにペタペタと歩いてきている。

 ……うん、そろそろこの極楽気分を満足いくまで楽しめたので出るとしよう。


「じゃあ失礼して――」

「よし、じゃあまた朝食の時間に」


「え? 今の理解しようって話は?」

「ん? ごめんお風呂に入ってたし何も考えずに喋ってたんだけどそんな流れだった?」



 脳死で居座るためにペラペラ喋っていたのだがそんな話をしていたのか。申し訳ないがこれ以上はのぼせそうだしさっさと退散する。


「えぇ……」


 扉越しに落胆の声が聞こえた。

 そんなに親睦を深めたいなら朝食のときにたっぷりお喋りするとしよう。


 ――その後なぜか口をきいてくれない麗音さんに終始睨まれながら夕方頃に自分の家に送られた。


 聞いたことがある。あれはおそらく二日酔いというやつなのだろう。気持ち悪くて機嫌が悪いなんてありそうな話だからね。



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