21.婚約者が来たけど更なるメイド道を往く
早朝、モーニングルーティンを済ませてゲーム前のお茶を近所のクマさんと堪能していると、クマさんは鼻をスンスンと動かして森へ戻っていった。来客のようだ。車の音はしていたがどちら様だろうか?
「どなた……げっ」
無駄に長い高級車が家の前に停まっていた。
車の中から綺麗なストレートの黒髪を膝近くまで伸ばした無表情でつり目の女性が出てきた。
確かツイード素材だったか、そんな感じの素材の優しい白と黒のミニワンピースを着た彼女こそ――僕の婚約者、
僕が言えたことではないが、無表情というか鉄仮面というか、とにかく何を考えているか分からない人だ。
きっと小難しいことを考えているに違いない。
「朝も早いのに悪いわね。明後日のパーティーのためにも迎えに来たのだけど」
「……なるほど」
内々に開かれる誕生日パーティーとはいえ、向こうは日本屈指のお家柄、四方家の次期当主。
主役をあらかじめ招いておくのは当然だろう。本来ならもう少し余裕を持って迎えに来るのだが、僕の性格を知って少しでも自由な時間を確保してくれたと見た。
「今日は夕方までやることがあるからお引き取りを――」
「そう言うと思っていたわ。お母様とお父様が行けとうるさくて仕方なく来たのよ」
「そういうことか。なんかあの人達に妙に気に入られてるよね、僕」
「そうかしら? きっと家同士の都合のいい架け橋程度にしか思われていないわ」
そうなのか。
まあ政略結婚なんてそんなものか。そう考えると体裁体裁とせっつかれて麗音さんも大変そうだ。
「――でも、私はあなたのことを色眼鏡では見ないわよ」
「手厳しい。じゃあまた夕方に」
僕が気に入らなかったら容赦なく婚約破棄するという宣言だろうか。それはそれで別にいいので適当に流して玄関の扉を閉めた。
ほんの一瞬、扉越しにため息が聞こえた。
わがままを言って申し訳ないが、僕のヤンチャっぷりは今更のことだ。大目に見て欲しいね。
食器も洗い、今は麗音さんのことは忘れてゲームの世界へダイブする。
「おはよ、ペロ助くんとアーヤちゃん、カナタちゃんには連絡して先に教会に行ってもらってるよ」
「おはようございます。教会とは?」
「職業の更新だよ。職業レベルカンスト……上限に達してるからさ」
「そのような要素もあるのですね」
早朝ということもありアメリアさんもお嬢様もぐっすり眠っているので、それぞれの主を抱えて宿から出る。
職業更新の教会へ向かっている間も人々の視線や衛兵の様子をくまなく確認しているのだが……特に見られているといった感じではない。僕の思い過ごしだったのだろうか。
いや、常に最悪の可能性を考えて動くべきだ。特にお嬢様が狙われている間は。
――昨日の視線、そしてこの前のシエラさんの部下らしき死体の人が言っていた起きた“アルフレッド卿”とやらの存在。グルの可能性は極めて低いが、形として挟み撃ちを狙っているといった可能性もある。
大陸中心部から行軍してくる目覚めた騎士と、界滅教団。
そのアルフレッド卿なる人物の性格次第では味方にできるかもしれないが、シエラさんの様子からして望み薄だ。
「ヒビキ? 何か考えてる?」
「……いえ、大したことではありませんよ」
「えー、気になるー」
「私のパッドって何カップなんでしょうね」
「聞いて損した!」
ハルに伝えたとてどうこうできる話でもないので、可能性の話でしかない無駄な心配事は何カップか不明な胸の内にしまっておく。
考え込んでいるうちに教会についた。
既に更新し終えた様子のペロ助、アーヤさん、カナタさんがやっと来たと出迎えてくれ。
「俺、狂戦士になったぜ!! ばーさーかーってやつだ! ひゃほう!」
「私は舞踊芸者ね」
「カナタはねぇ、暗黒神官だよ!」
なるほど、更新といっても全く別の職業になるのではなくそれ系統の上位互換に近いものになるわけか。僕も期待できそうだ。
「では私達も更新へ行きましょう」
「よし、いいの来い来い……!」
早速7つの神像が並ぶ中央の石柱にハルから触れる。こちらからは見えないがいつも通り透明な板を触っているようだった。
「暗黒騎士になったぞい! 聖盾を使う暗黒騎士とはこれいかに」
「よく分かりませんがおめでとうございます?」
「聖騎士でもほぼ一緒なんだけど王道過ぎるのもねー」
「私は普通のメイドしか選びませんからね」
流れからして暗黒メイドとか(あるかは分からないが)になるよう催促していそうだったのでキッパッリ断って石柱に触れる。
『ジョブレベルが上限に達しています』
『2次職へ進みますか?』
「2次職?」
『1次職の派生進化です。原則一度しかできない転職に変更しますか?』
メイドをやめる気はないので転職はなし。
進化ならきっと普通のメイドもあるだろう。
「2次職へお願いいたします」
『――条件を確認中』
『以下から選択してください』
========
選択可能2次職
□戦闘メイド
・ジョブレベル上限:80
・概要:戦いを生業とするメイド
・ジョブスキル:メイド式暗器術/気配遮断/急所突き
□生産メイド
・ジョブレベル上限:80
・概要:ものづくりを生業とするメイド
・ジョブスキル:メイド式DIY術/静音作業/クラフトツール
□純メイド
・ジョブレベル上限:50
・概要:純粋で普通のメイド
・ジョブスキル:清掃/調理/生活魔法
========
ジョブスキルはいつものメンバーだが、戦闘も生産も生業にする気はさらさらないし、純粋なメイドとしてやっていきたい。転職は1回ならできるらしいがやりたい職業があるうちは使わない方がいいはずだ。
純メイドを指で押す。
『レベル上限まで変更できません。本当によろしいですか?』
「はい」
『純メイドが選択されました』
『ジョブスキル【清掃】【調理】【生活魔法】は所持中です』
『統合されました』
『【生活魔法】のレベルが上がりました』
========
プレイヤーネーム:ヒビキ(R)
種族:純人族
種族レベル:84/100
ジョブ:純メイド(2次)
ジョブレベル:1/50
└全パラメータ(BSP,SKP除く)10%上昇
満腹度:97/100
〈パラメータ〉
・[]内は1LVごとまたは1BSPごと(BSP,SKP 除く)の上昇値
・《》内は基礎値+レベル上昇分+ボーナスステータスポイント分+スキル補正値+職業補正値+装備補正値の計算式
HP:2606/(2360→)2606[+10]《{(100+830+300)×1.1-50}×2》
MP:1639/(1490→)1639[+5]《(30+415+300)×1.1×2》
筋力:(786→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
知力:(786→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
防御力:(786→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
精神力:(786→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
器用:(943→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
敏捷:(786→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
幸運:(786→)864[+1]《(10+83+300)×1.1×2》
BSP:475[+5]
SKP:197[+(2×2)]
〈スキル〉
オリジナル:
通常(パッシブ):所作8・全能力上昇3・裁縫1
通常(アクティブ):修繕3・調理6・侮蔑の眼差し1
魔法:生活魔法(3→)4
ジョブ:清掃11
〈装備〉
頭{天破のホワイトブリム}
耐久値:78/100
・HP-50
胴{天破のエプロンドレス}
耐久値:74/100
・BSP,SKP除く全パラメータ2倍
足{天破のストラップシューズ}
耐久値:62/100
・【天蹴】
└常時空中を自由に歩ける。
武器{天破のデッキブラシ}
耐久値:100/100
・【
└武器の耐久値を10%消費して、攻撃対象の最大HP10%を削る。
CT:0秒
└セット効果:獲得SKP2倍
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
オリジナルスキル
【
効果:常に自身と、あらかじめ指定した者以外からのデバフ、状態異常を受け付けない。
デメリット:常に自身と、あらかじめ指定した者以外からのバフを受け付けない。指定者は変更不可。
通常スキル(P)
【所作】レベル:8 習熟度12/40
立ち振る舞いに補正がかかる。
【全能力上昇】レベル:3 習熟度:8/20
BSP,SKPを除く全パラメータ+300
【裁縫】レベル:1 習熟度0/5
裁縫関連の行動に補正がかかる。
通常スキル(A)
【修繕】レベル:3 習熟度24/1000
素材を消費して装備やアイテムの耐久値の回復や破損状態を直す。素材は物による。
CT:1秒
【調理】レベル:6 習熟度8/30
補正のかかった作業を行える。
・切る
・焼く
・蒸す
・炒める
更にMP5を消費して保有しているレシピを完全自動で制作できる。
(レシピ)
・{無表情メイド特製♡愛情皆無な野菜炒め}
・{無表情メイド特製♡実家風肉じゃが}
・{無表情メイド特製♡片手間コンソメスープ}
・{無表情メイド特製♡片手間たまごスープ}
【侮蔑の眼差し】レベル:1 習熟度:1/10
視認した対象に5秒間“沈黙”を付与する。
CT:10分
魔法スキル
【生活魔法】レベル:(3→)4 習熟度9/30
・〖種火〗
種火を生み出す。
消費MP:1
・〖放水〗
水を放つ。
消費MP:3
・〖そよ風〗
そよ風を吹かす。
消費MP:4
・〖盛り土〗New!!
土を地面に盛る。
消費MP:5
ジョブスキル(P)
【清掃】レベル:11 習熟度28/55
清掃の行動に補正がかかる。
========
パラメータが画一化しているのは気持ちの良さがある。あとは魔法が重複取得ということで習熟度が上がってレベルも上がったようだ。
規模の小ささは相変わらず【生活魔法】の名に相応しい並びになっている。悪さはできそうだ。
「私も終わりましたよ。行きましょうか」
「何になったの?」
「カナタも超気になる!」
「別に面白いものでもありませんけどね。純メイドです」
「「純……?」」
「純粋なメイドってことね、らしいといえばらしいわね」
「ヒビキなら狂メイドとかもありそうなもんだけどなぁ……いや待て、メイド狂の方が正しいか」
――騒いでいたせいか抱っこ中のお嬢様があくびをしながら起きてきた。
「あやぅ! いー!」
「お嬢様、いかがなさいました?」
「いう!」
「なるほど、何らかの危機が迫っているから出発しようということですね」
「ちょい、いくらヒビキでも赤ちゃんの言葉を勝手に解釈するのは――」
「ハル、私はこれっぽっちもふざけでいませんよ。お嬢様は“行く”と仰いました。すなわちここから一刻も早く離れるべきなのでしょう。あと赤ちゃんではなくリリィお嬢様です。二度とそのような呼び方をしないように」
「めんどくさいけどうーん……ワールドクエスト関連の子がそういうならそうした方が確かにいいのかも?」
「そもそもカナタ的には
まあ骸骨人がどうかは不明だが、少なくとも死者に近いから宗教関連の場所はカナタさんにとっては居心地が悪いのだろう。たとえ上からコートで身を隠しているとはいえ。
そういうわけでさっさと退散し、町の外へ向かう。
門の列に近付くと、シオレさんが壁に寄りかかって待っていたのを発見した。
僕の用事なので先に並んでもらって彼女の方へ急ぐ。
「ウチのこと、忘れてたでしょー?」
「まさか。火急の用ができたのでまた今度と思っていたのです」
「ふーん? まあいいよ。とりあえず言ってたやつ持ってきたから……ほい」
『フレンドの“シオレ”から取引が申請されました』
========
方式:フレンド間取引
アイテム情報:完全公開
生産者表示:すべて
□アイテム
{パジャマ印の調整可能特製おんぶ紐}
製作評価:☆8
製作者:シオレ(R)
耐久値:100000/100000
リュックサックのようなおんぶ紐。赤ちゃんのサイズに合わせて伸縮して激しい動きにも対応している特注品。
・【全属性耐性・強】(P)
耐久値の消耗を70%カットする。
・【サイズ自動調整】(P)
中に入っている対象に合わせて大きさが変化する。
□アイテム
{パジャマ印のメイド御用達暗器セット(インナー)}
製作評価:☆5
製作者:シオレ(R)
耐久値:50000/50000
様々な暗器が収納されたインナー。特殊な素材で暗器の重量も感じさせない。
・【超軽量化】(P)
重量がゼロになる。
├{パジャマ印のナイフ}×20
製作評価:☆6
製作者:シオレ(R)
耐久値:500/500
・【猛毒】(P)
対象を猛毒状態にする。
├{パジャマ印の特殊硬糸}×100
製作評価:☆8
製作者:シオレ(R)
耐久値:3000/3000
・【黄金化】(A)
黄金に変化する。
CT:0秒
├{パジャマ印のタクティカルペン}
製作評価:☆4
製作者:シオレ(R)
耐久値:1000/1000
└{パジャマ印の仕込み傘}
製作評価:☆5
製作者:シオレ(R)
耐久値:5000/5000
・【耐魔】(P)
魔法への耐性が強まる。
□{パジャマ印の紙皿}×100
製作評価:☆4
製作者:シオレ(R),茂造
耐久値:20/20
========
オリジナル装備でもないのに全部が全部破格の性能だ。とてもこの数日で作った物とは思えないできである。
こんなホイホイスキルが付くものなのだろうか?
本来なら手持ちの200ウン万では足りないと思う。
ある程度残し、150万
「まいどー♪」
「こちらこそありがとうございます。ここまでのものを用意していただけるとは」
「これからもご贔屓にしてよー?」
「こちらからお願いしたいくらいでございます」
「そうだ、今後のためにも戦い方とか何が不要か教えてくれない?」
「戦い方はこのデッキブラシで1割の固定ダメージを与える近接戦闘型ですかね。不要なのはオリジナルスキルがあるのでデバフと状態異常の備えでしょうか」
「ウチがいうのもなんだけどさ、キミも大概だねぇ」
「はい?」
「いやー、強いスキルだなって話。ほら、お仲間さんも待ってるし行ってきなー」
「はぁ、ではそうさせていただきます」
勘違いしてそう。
僕のオリジナルスキルはデバフ等の無効の方なんだけど……まあ訂正する意味も無いし放っておこう。
「じゃまた何か作っておくからねー! それと優しいお姉さんからの優しいアドバイス――聖王国には行かない方がいいよ」
「……何かあるのでしょうか?」
「んや、これ以上は言わなーい。“優しいお姉さん”としては行かない方がおすすめだけど、個人的には行ってくれた方がかっさらえるし良いんだよねぇ」
「ふむ……」
かっさらう、か。
理由も動機も不明だが……いや、シエラさん関連かな? 聖王国もこの人もお嬢様を狙っているのだろうか。
ならば正々堂々何をしてでも守りきってみせる他ない。
「では、私からも助言です。私のお嬢様を奪うというなら覚悟しておくことです」
「んん?」
「?」
牽制がてら威嚇したつもりだったがなぜか首を傾げられた。何か間違っていたのだろうか。
「…………なーるほど、キミ、無駄に頭を回し過ぎだよ。ウチはそこの赤ちゃんなんて狙ってないから」
「お嬢様に狙う価値が無いとでも?」
「めんどくさっ! 分かった、もうその子には触れないから」
「何故です? これほど美しいというのに話題に上げないのは不敬ですよ」
「…………あ! 用事があるからそろそろ行かないとなー。じゃまたー!」
結局どんなアドバイスなのか分からずじまいだったが、お嬢様に危険が及ぶものではなさそうなので別に気にしなくてよさそうだ。
とりあえず頂いたアイテムを身につけ、関所の列に並んでいる皆のところへ……行くのは割り込みになるのでマナーを守って最後尾に並ぶことにした。
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