0.友人にゲームをオススメされたようです!
――カーンッ。
場所は群馬県某所。
無性に自己紹介がしたくなったので語らせてもらうと、僕は
実家が太いのもあり自由きままな田舎暮らしをさせてもらっているのだ。それも家に決められた婿入りの2年後までではあるが。
「はぁ……」
――カーンと、今日何度聞いたかも分からない自作のししおどしが僕のため息と重なった。
隣で僕の淹れた茶を飲む野生の熊さんも心配してくれたのかやさしく肩に手を置く。
「
「グルゥ……」
野生の熊さんも腕を組んで考え込んでいる。
自分のお茶のおかわりでも淹れてこようかと縁側から立ち上がると、横に置いておいた携帯電話が鳴り出した。
出鼻を挫かれたので改めて座って電話にでることに。
「お電話ありがとうございます。明堂響がお受けいたします」
『業務連絡か! 私だよ、
「ああ、巷で噂のオレオレ詐欺なるものですか」
『違うよ!? そういうのは友人の間柄じゃあんまやらないと思うよ!?』
「今絶賛お茶会中なんだけどどうかしたの?」
『さてはボケに飽きたな! はあ、ん? お茶会?』
「うん。うちの縁側でのんびり」
『お邪魔しちゃった!? わ、わわわぁ……』
電話口の先からドタバタと暴れてる音が聞こえる。大丈夫だろうかと思っていると、彼女は急に静かになってこちらに問いかけてきた。
『えーとちなみに誰と?』
「野生の熊さん。名前はまだ決めてないよ」
『……んん?』
「うちの近くの森で会ってぶつかり稽古して仲良くなって、たまにうちに遊びに来るように――」
『待って待って』
実家のツテで動物病院にまで連れて行ったんだけどそのことには興味は無いのか、話の途中で遮られた。
『いや、ぶつかり稽古ってなに?』
「襲われたから返り討ちにしただけだよ」
『大丈夫なの!? てかいつの話?』
「平気平気。開けた場所だったら力で負けてたけど、森の中だったし工夫すれば勝てるから。時期は今が6月中旬終わりだから……大体4ヶ月くらい前かな」
『……その間何も言ってこなかったのに。熊に勝って仲良くなるとかどんなギャグ漫画なの! 本当に意味分かんない! もう無茶はしちゃダメだよ?』
「うーん、確約はできないかもね。結婚する2年後まではここで自由にさせてもらうっていう約束してるし」
こんな自然豊かな場所でのんびり暮らせるのは今だけなのだ。結婚したら一生都会、しかも相手のお屋敷に住むのだから今しか出来ないことだってある。
『まったく……じゃあほんとに気をつけなよ?』
「死にはしないよ。じゃあまた」
『うん、また連絡するねー……ってまだ要件に入れてないわ!』
「うわ、急に大きな声出さないでよ。今ちょうど遊びに来た野生のミーアキャットさんもビックリしてるよ」
『他にも動物たらしこんでるの!? ま、ままええわ』
「何弁?」
『知らない。それよか今度こそ本題に入っていい?』
「うん、ミーアキャットさんへの飲み物を用意しながらだけど気にしないで」
膝に寝転んだミーアキャットさんを抱き上げて頭に乗せて台所へ向かった。熊さんはししおどしをのんびり眺めてお茶を飲んでいるので大丈夫だろう。
『実はおすすめしたいゲームがあって』
「ゲーム? 携帯のオセロで満足してるよ?」
『ガラケーのね! 一世紀くらい前のものを何故普通に使う!』
「携帯電話って便利なのに……」
『もっと便利なのが世の中たくさんあるの!』
と言われましても僕、機械はあまり得意では無いからさっぱり分からないんだよね。
今のガラパゴス・ケータイでいっぱいいっぱいだ。高校時代、電話の向こうにいる
「もしかしてスマートフォンのゲーム?」
『いや、今更あの機械音痴っぷりを知っててスマホは勧めないって。ちょっと前から量産されるようになったフルダイブ型のVRゲームだよ』
フルダイブ?
VR……はVirtual Realtyの略称だから仮想現実、確か頭に大きなゴーグルみたいなのを被ることで立体的な映像技術を楽しむことができる技術だとか教わった記憶はある。
『やっぱりピンときてないか……フルダイブ型VRは、専用の機械を使って仮想空間で体を動かさずに活動できるやつ』
「仮想空間? 体が動かないって大丈夫なの?」
『うーんと……私も難しいことは知らない! 何か皆で夢の世界に行けるすごい技術って感じ!』
「ふむふむ、脳神経と電子信号をやりとりして体へ送られるそれと差し替え、プログラム上の仮想の空間で五感を搭載して活動できる。意識を仮想現実に入り込ませる――なるほど」
『ググッた!?』
「ぐぐ? 普通に最新版の広辞苑で意味を引いただけだよ」
『oh、その線もあるのか』
「でもフルダイブ型VR技術のゲームか……」
そもそも
ああいう戦いばかりのはあまり興味が湧かないんだけど――
『ちなみにメイドになれるよ』
「よしやろう。今すぐやろう。何が必要なの?」
『はやっ!? まあ食いつくとは思ってたけど想像以上だ……そもそもまだ正式リリースされてないんだよねぇ』
「まだ買えないってこと?」
『それもあるし、今回私がおすすめするのはちょっと特殊なゲームで、日本国内限定で計350人しかできないんだ』
それは多いのか少ないのか普段ゲームをしない僕にはさっぱり分からないが、どうやら珍しいらしい。
『サーバーごと50人の代わりに、プレイヤーが自分で考えた最強のビルドをできるっていうコンセプトなの! たぶんあんまりにも多いとゲームバランスが崩壊するから制限してると思うんだよ』
「ちょっと待って広辞苑で引くから」
ここでいうサーバーはドリンクサーバーではないと思うし、ビルドも建築ではないと思ってゲーム用語を調べるために再び広辞苑を取り出した。
『ごめんごめん。分かりにくかったかー。7つの仮想現実の空間で、理想の自分になれるってこと』
「理想の自分……それはいいね。ぜひやりたい」
『だろうね、だったら履歴書みたいな感じで提出するんだけど――パソコンとかある?』
「パーソナルコンピューターなら、近くの村の源さんが孫に押しつけられて教わったって自慢してたよ」
『おっふ、そうきたかぁ…………明日、空いてる?』
「明日? 直近で特に用事は入ってないかな」
『明日私が要る物全部持ってくし一緒に提出するから! メイドへの情熱は本物だしきっと通ると思うしVR機器も揃えて持ってくから!』
「至れり尽くせりだね。紫村様って呼んだ方がいい?」
明るくて優しい良い子なのはよく知っていたが、やはり自分の好きなものを友人にも楽しんで欲しいという気持ちがあったのだろう。ゲーム実況者? とかになって高校の友達と遊ぶ機会が減ったって前言ってたし。
『ゴクリッ……いやいや、気にしないで』
妙な間があったのは気のせいか。
今までは面白さが分からなくて断念していたが、僕の永遠の夢であるメイドになれる上、友人と遊べるのは結婚を考えると最後になるかもしれないのだ。のらないわけにはいかない。
「それじゃあまた明日」
『うん、楽しみだなぁ――!』
そうして僕はまた森の動物達との、のんびりなお茶会に戻った。
後日やってきた
自由記述ができる動機欄を打ち込んでもらう時はドン引きされていた。それのせいか帰る頃にはご機嫌は平常に戻っていた。
それはさておき、だ。
どうかゲーム――“Original Trajectory Online”を
そしてなにより、理想の自分、最高のメイドになれますように!
僕は結果が届くその日まで、珍しく期待に胸を膨らませていたのであった。
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