ごちそうクエスト~食べた分だけカロリーが魔力になるスキル“脂肪”を駆使して、ただ異世界グルメを満喫したいだけなんです〜

昼堂乱智

第1話 スキル“脂肪”

“生きがい”を奪われた少女

乾いた冬の風が時折強く吹いて、私の頬を刺激する。

2月下旬。

すれ違う人々の歩くペースも、心なしかいつもより早く思える。


みんな、早く家に帰りたいのかな


退勤ラッシュのこの時間の駅は、当たり前だが、大勢の行きかう人々で

混雑のピークを迎えていた。


ああ寒い。帰りたい家なんて私にはないのに。

そうだ、今日ってあのオーディションの結果が発表される日か、、、。


3週間ほど前にあった青春映画のヒロイン役のオーディション。

1か月も前からたくさん演技のレッスンをしてきたし、

事務所だけじゃなく、家でも、たとえそれがお風呂の時間であっても、

週に一回しか食べられない大好物のハーダンゲッツを食べている時でも、

休まず課題のセリフの練習を積んでいた。


自信はあった。


お義母さんに「最近また太ったんじゃない?」と言われ、そのレッスン期間中も

ほとんどご飯を食べないで、結果5キロも痩せた。


お義母さんは決してそのことについて褒めてくれなかったし、私が

豪風雨の日に日課のランニングを休んだら、「なに家でじっとしてるの。そんな暇があったら走ってきて少しでもモデルさんのような体になりなさい。」と家を追い出した。ほんとは男を家に呼びたいんだ。私は知っている。


お義母さんは私の芸能事務所のマネージャーと不倫しているし、

それを知ってかどうか、お父さんもなかなか家に帰ってこなくなった。

いつ離婚してもおかしくはない。

なにがミナの一生そばにいるよだ、病気でお母さんが亡くなってすぐに

今のお義母さんと結婚して、私のことだってほったらかし。


お義母さんは私をモデルにして、お金と名声を手に入れたいんだ。

そのために中学校三年生の時に芸能事務所に私を入れ、

そしてわたしの唯一のいきがいである”美味しいものを食べること”を奪った。


私はとっくに限界だった。

こんな生活を続けるくらいならいっそ異世界にでも転生したい。

大好きだったお母さんと一緒に暮らしたい。

いまの私にとって”異世界転生”はただの妄想じゃなかった。

”剣”と”魔法”の世界で、たくさんの仲間に出会いたい。

たくさんの経験をしたい。

そして、たくさんの美味しいものを食べたい。


なんて、バカみたいなこと考える年じゃないか。

4月からは3年生。有名私立大学が第一志望の私は芸能活動も

春から休止することを決めている。ただ、もちろん好きなものを食べられるわけもなく、この地獄のような生活を止める事をお義母さんはきっと許してくれないだろう。


大きなため息をついた。


白いその息が体を後ろに通り過ぎていくのを感じながら、私は家を目指して歩き続けた。



『不合格』

その三文字がこの目に入ってきたのはたぶんちょうど24時間前。


昨晩は久々にお義母さんと大喧嘩をしてしまった。

家じゅうのものをお互いに投げつけあい、怒鳴り声を声が枯れ切ってしまうその限界まで上げあった。

私もそのまま家を飛び出し、今日は学校にも行かないで、ただただ意味のない時間を過ごした。


このままどこに行こう。

私はふらふらと道を歩いていた。ただただ、ぼーっと。


その時だった。大きなクラクションの音とともに

一瞬、明るい光に包まれたかと思うと

次の瞬間には真っ白な空間にいた。


死んだのかな。

でもおかしい。体の感覚はある。


《かわいそうな汝よ。おぬしはまだ死ぬにはもったいない。別の世界を生きるのだ。決して楽ではなかろう。汝の運命に同情し、この力を授ける。”精霊”の声を聞き、この異世界を生きるのだ。》


神様っぽいな、今の声。

なんか、おもってたより一方的なんだな。

まあいっか。私もいけるんだね、”異世界”に


お母さんも、いるといいな


再び真っ白な光に包まれ私は気を失った。




盛山ミナとして生きた17年間はこうして幕を閉じた。







そして、     ”異世界”     に私はまた生を受けた。





王都近郊の小国・イークウトの小さな酒場の娘・ゴチとして



私はこのことをどう思ってるかって?

こんな最高な展開を誰が嫌と言うかね

私は決めた。この異世界の美味しいもの、全部食べてやるってね。

待ってろ、異世界!マイ・ニュー・ワールド!!


















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