金剛石の花嫁 ⑥
それから少ししたあと、サンドルクに一人の男が入り込んだ。
彼はアルメ領でパストゥール家に仕える男で、名をパックといった。
パストゥールの二人の兄弟と年が近いこともあり、パストゥール兄弟の遊び相手として育った。一緒になって悪戯をして叱られることもあれば、ともに授業を受け、兄弟の話し相手としても通用するように躾けられた男である。青年になってからは、小間使いとして連れ添って遠乗りに出かけたり、森で鹿撃ちに出かけたりした。パックも兄弟によく従い、また兄弟もパックのことを信用していた。
兄は弟からの手紙を受け取ってすぐに、パックに命じてサンドルクの村で調査をするように言った。彼はすぐさま頷いて、サンドルクに飛んだ。途中で手に入れた小汚い恰好をして、泥で髪色を染めたあと、少し猫背になった。旅人のように荷物を持ち、卑しい言葉遣いを練習してから村に入る。
酒場に入ると、見慣れぬ男にちらりと視線が向けられたが、すぐさま視線を逸らされた。
「お客さん、見ない人だね」
「ああ。サンドルクを通って、隣の領地まで行く途中でさあ。親戚に会いに行く途中でね」
「へえ、そうかい。金さえあれば歓迎だ。何か頼むかい?」
パックはエールと魚の揚げ物と、野菜スティックを注文した。少なくとも注文さえしておけば店主は口を開いてくれるだろうと踏んだのだ。
「そういえば、ここに来る途中に聞いたんだがよ――ここの領主のセシリアって女は、庭師に手込めにされたってのは本当かい?」
パックが尋ねると、店主は少しだけ顔を曇らせたあと、きょろきょろと辺りを見回した。
「滅多なことを言うもんじゃないよ、お客さん」
「でもよう、処女じゃない女を嫁にするなんて、旦那もよっぽどだぜ。本当はどうなんだい、ん?」
パックは飲み干した木杯の中に、硬貨を滑り込ませた。
突っ返された木杯の中身を確認した店主は、少し困ったような、笑うような顔をした。少し咳払いをした。
「ここだけの話だがよ」と小声で言う。「実は、セシリアお嬢さんと、庭師の……ニールってやつは、恋仲だったんだとよ」
「へええ?」
パックは目を丸くした。
「じゃあ、襲われたってことにしたのかい」
「まあそんなところさ。貴族のお嬢さんと、村の男じゃあ外聞が悪いからな。二人はそれとなく隠してたみたいだが」
なるほど、とパックは頷いた。
しかし、店主の話はまだ続いているようだった。
「だけどよ。ここから先がおかしな話でな――そのニールってやつの首を切れと言ったのは、他ならぬセシリアお嬢さんだっていうんだ」
「えっ?」
思わず、心からの声が出た。
「なんでもよう、ニールと結ばれないのなら、思いを断ち切るためにニールの首を切ってくれと言ったらしいんだ。首を切って、森に捨ててくれと。そうでなければいますぐに自分の命を絶つと言ってな。すごい話だろう?」
「そりゃあ……ああ、その、親父殿はどうしたんだ?」
「最初はお嬢さんが錯乱しちまったとだれもが思ったみたいだぜ。さすがにハロム様もびっくりしたんだそうだ。そりゃあハロム様だって、自分の大事なひとり娘が誑かされたとなれば黙ってはないが、まさかお嬢さんがそんな事を言うなんて思わなかったんだろうよ。だけどあまりにお嬢さんが迫るものだから、とうとうハロム様は首を縦に振ったんだ」
「それで、首を切ったと」
店主は頷いた。
「ああ。そのときから、ハロム様は自分の娘のことを恐れていたんだよ。実際、お嬢さんは人が変わったみたいになっちまったからな。表向きには何も変わってないが、ここらじゃほとんどみんな知ってる話だ。だからハロム様が死んじまったのも、ニールの呪いなんかじゃなくて、本当は……」
店主はそこまで言いかけて、あまりの恐ろしさに身震いした。
パックは店を出ると、急いで来た道を引き返した。このサンドルクで何が起きているか、主人へ報告するために走っていった。
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