Ep.22 -冬休み-

「…動きたくなぁい…」

「…そうだねぇ…」

 2学期の終業式が終わり、帰宅するや否や炬燵を出してぬくぬくしていた。

「…炬燵、暖かいね~…」

「…そうだね~…」

 人が駄目になる瞬間って、きっとこういう時なのだろう。

 最早動く気力すら起きない。

 炬燵といい、布団といい、どうしてか冬になると人を駄目にする物が増えてしまう。

 …買い物、行かなきゃな…。でも動きたくないなぁ…。

 どうにか炬燵から体を出す。立ち上がった勢いのまま伸びをする。

「買い物行ってくる」

「…ん~…」

 伶衣にそう告げて家を出る。

 空気は乾燥して冷たく、裏起毛の上着の温かさが心地よい。

 暫く歩いてスーパーの自動ドアを潜り、カートにカゴを乗せてカートを押しながら、商品を吟味し始める。

「…温かいのがいいな。…あ、蜜柑は買っとく…」

 蜜柑がいくつか入った赤色のネットをカゴに入れて、店内を進む。

「…そういえば、佐藤さんは今日家に来るって言ってたっけ」

 夕飯食べるのか聞いておかないと。

 そう思った僕は、佐藤さんに『夕飯どうするの?』とメッセージを送る。すぐに既読がついて、『瀬戸くん家で食べる』と返信される。それに『了解』と返信を送り、買い物を再開する。

 カートを進めていると、急に後ろから手が伸びて、僕の視界を塞ぐ。

「…何してるのさ、伶衣」

「『だ~れだ?』まで解答は待っててよ、もう」

 そう言いながら、伶衣が僕の左腕に手を回してくる。

「寒かったの?」

「うん、ちょっとね。だから温めて」

「分かった」

 そうして、買い物を済ませて元来た道を戻る。

 日は沈んで、月が空に浮かんでいる。

「そういえば、佐藤さんってもう来てる?」

「私が家出た時点ではまだ来てないよ」

「…早めに帰ったほうが良いかも?」

「…そうだね、ちょっと急ご」

 少し歩幅を大きくして、歩くペースを上げる。

 スーパーから家はそう遠くないので、こんなことをしなくてもすぐに帰れはするのだけど。

 家の付近に着くと、リビングの電気が点いているのが見えた。

「あれ、私全部消灯したと思ったんだけど…」

「佐藤さんは鍵持ってないし…」

 訝しみながらも、玄関のドアを開けてリビングへと入る。

「あ、彼方に伶衣ちゃん、おかえり~」

 母さんがダイニングテーブルで刀祢さんとお酒を飲みながら僕と伶衣にそう言う。

「…帰ってたなら連絡ぐらいしてって」

「あはは、ごめんごめん。あ、そうそう、家の前をうろうろしてる子がいたから取り敢えず家に入れておいたけど…」

 そう言う母さんの視線の先に、ブランケットを膝にかけて眠っている佐藤さんの姿があった。

「彼方の友達でしょ?」

「うん。そうだけど…もし関係ない人だったらどうするのさ…」

「『瀬戸くんまだ帰ってこないのかなぁ…』とか言ってる子が関係ない人なわけないじゃない」

「…まあ、そうだけど」

「あ、そうそう。私たちは外食するから気にしないで良いわよ」

「彼方くんの料理が食べられないのはちょっと残念だけどな」

「…お義母さん、あんまりお父さんを振り回さないでくださいね」

「分かってるわよぉ、最近は寧ろ私が振り回されてるけどね」

 …母さんを振り回すって…すごいな刀祢さん。

「じゃあ、水香さん、行こうか」

「ええ、そうね。…じゃ、またね彼方」

「…はぁ、またね」


 ■


 夕飯を食べ終えて、ソファで伶衣を膝枕していると、「お風呂上がったよ~」と、佐藤さんの声が聞こえる。

 風呂場からリビングに戻った佐藤さんは、そのままリビングを通ってダイニングの椅子に座る。

「なんかさぁ、彼方のお母さんって妙に勘が鋭いよね」

「…まぁ、そうだね。ほぼ予言ってくらいには」

「うわ~、すご」

 そう言って、机に突っ伏す佐藤さん。

「…私のお母さんも瀬戸くんのお母さんみたいだったらな…」

「何か言った?」

「ううん、何もないよ。じゃあ、私先に寝るね。おやすみ~」

 椅子から立ち上がり、そう言って階段を上る佐藤さん。

「おやすみ、佐藤さん」

 …佐藤さんのお母さんなぁ…。

 家庭の事情に、友達とはいえ他人が首を突っ込むのも如何なものかと思うし…。でもなぁ…。

「どうにかして話し合う時間を取ってもらえないかな…」

「…ん~…?何の話?」

「あ、伶衣、おはよう」

「ん…おはよう。…それで、何の話?」

 そう質問して小首を傾ける伶衣。

「いや、佐藤さんと佐藤さんの両親で話し合う時間を取ってもらいたいなぁって」

「…友達でも、家庭の事情に首を突っ込むのは…」

「分かってる、分かってるんだけど…なんか…こう…」

 首を突っ込んではいけない。分かっているけれど、形容できない気持ちになる。

 そんな事を考えていると、インターホンが鳴る。

「は~い」

 そう言いながらモニターで誰かを確認する。

『あの、ここに私の娘が来てませんか?佐藤由希って言うんですけど…』

「います、ね。少し待っててください。鍵開けますので」

 そう言って玄関に向かい、鍵を開けてドアを少し開く。

「夜遅くにすみません…」

「いえ。どうぞ上がってください」


――――――――

作者's つぶやき:次回は佐藤さんの母親と彼方くんと伶衣さんが話します。ちなみに、なんで彼方くんの家の場所が分かったかというと、佐藤さんがいつかの日に泊まりに来た時、彼方くんの家の住所を送ってたんですね。『ここに泊まるから』と。今回は何も言わずに半ば家出のような状態で来たので、佐藤さんの母親が心配になって一番居る可能性が高い彼方くんの家ここに来たというわけですね。

――――――――

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