Ep.18 -おとなしく看病されよう-

「……なんか…体が怠い」

「大丈夫?」

「…ん~…今日は学校休む…」

 伶衣が僕の額に手を当てる。

「確かに、熱あるね」

 ソファから立ち上がり、キャビネットの上に置いてある体温計を脇に挟む。

 ピピッっという音が鳴って、体温計の表示を確認する。

「…38.7℃…」

「熱だけ?」

「うん、今のところは」

「とりあえず部屋でゆっくりしててね」

「分かった」

 伶衣にそう言われて、自室に戻る。

 ベッドで寝転がってると、伶衣が部屋に入ってくる。

「私も学校休んじゃおっと。学校行ったら彼方の看病できないし」

「学校になんて言い訳するのさ」

「『同居人が風邪ひいたから学校休みます』って言えばいいんじゃない?」

「まぁいいか」

 ただ体調崩しただけなんだろうけど、万一にも伶衣にはうつってほしくないな。

 でも離れられたら寂しい。

「…難しいなぁ」

 その呟きは伶衣には聞こえていないようで、ベッドに横になっている僕のすぐ横に伶衣が座り、僕の手を握っている。

「食欲、ある?」

「うん、ある」

「…じゃあ、弁当、食べちゃおっか」

「そうだね」

 伶衣がベッドから立ち上がり、「取ってくるね」と言って部屋を出ていく。

 僕以外居なくなった部屋。特に暇潰しをする手段もないから、質素な白い天井を見つめてぼーっとする。

 しばらくそうしていると、ドアが開き伶衣が戻ってくる。

「取ってきたよ~」

「ありがと、伶衣」

「他に欲しいものとかある?」

「今は…伶衣に傍にいて欲しい」

 体調が悪い時特有の何とも言えない寂しさに曝された心は、どうしようもなく人肌が恋しくなる。

 思考を介さず、僕の手が伶衣に触れる。

「だから…離れちゃダメ、だよ?」

「~っ…う、うん…」

 なんかちょっと今日の僕おかしいかも。熱で頭やられたかな。

「なんか、今日の彼方は甘えん坊だね」

「熱で頭やられたからかも」

「そう?」

「こういう時って妙に人肌が恋しくなるの。体調崩しても看病してくれる人が居なかったから余計に」

 特別寂しいわけではない。だけど、放っておくとそれなりに心が堪える。

「あはは、まぁ確かにね。分かるよ、私も風邪ひいたとき寂しかったもん」

 そう言うと、伶衣は仰向けで寝転がる僕の胸にそっと頭を置く。

「…彼方の鼓動って、なんか音が綺麗かも?」

「そうなの?」

「…なんか、そんな気がする」

 人の鼓動なんて聞いたことないから分からないし、そもそも鼓動って聴診器無くても聴けるものなんだ。

「なんか、安心する、かも」

 そう言って、ゆっくりと目を閉じる伶衣の頭を撫でながら、壁掛け時計で時刻を確認する。

「…11時30分」

「ちょっと早いけど、お弁当食べよっか」

「うん」

 起き上がって、今日学校で食べる予定だった弁当の蓋を取り外す。

 出汁巻き卵、たこさん…ではない普通のウインナー。それとナゲットが3個。

「「いただきます」」

「…ん、ちょっと味濃い?」

「そう?こんなものだと思うけど。普通に美味しいし」

 そんなことを言いながら食べ進める。

 食欲はあるけど、自分でもわかるくらいに食べるペースが落ちている。なんでだろ。

「なんか、食べるペース遅いね」

「なんでなんだろ。食欲はあるのに」

「食欲の代わりにペースが削がれるとか?」

「そんなことある?」

 体が怠いから咀嚼しにくくなってるのかもしれないけど。

 まあでも、食べるペースが遅いとはいえ、いつもより少しだけ遅い程度。伶衣が食べ終わったすぐ後に、僕も食べ終わった。

「「ごちそうさま」」



「瀬戸く~ん!元気~?」

 僕の部屋のドアをバンッ!と凄い勢いで開く音がして、ドアの方に目をやると、制服姿の佐藤さんと天笠先輩がいた。

「…まぁ、それなりには元気になったけど…」

 ベッドからゆっくりと上体を起こし、佐藤さんsの方に体を向ける。

「というか、佐藤さんはまだしも、天笠先輩は受験勉強とかしなくても大丈夫なんですか?」

「あ、それは大丈夫。指定校推薦だから」

「…そうですか」

「そ・れ・よ・り・もぉ」

 佐藤さんがそんなことを言いながら僕に寄ってきて、首筋のあたりでスンスンと鼻を鳴らす。

「…伶衣ちゃんにたっくさん甘やかされた匂いがするね~」

「どういう匂い?というか若干気持ち悪い」

「えぇ~?伶衣ちゃんの時は嬉しいのにぃ?」

 そう言われたらそうなんだけど…。

 恋人の力って凄いんだなぁ…。

「ま、ガールフレンド彼女パワーってやつだろーね」

「そう言うものなのかな?」

「そうそう。『愛の力は偉大』…って、どこかの誰かが言ってた気がするし」

 一体誰が言ったんだその台詞。…本当に誰が言ったんだろ。

「あ、あまっち、ちょっと通して」

「あ、ごめん伶衣ちゃん」

 伶衣もあまっち呼びなんだ。ちょっと疎外感。

「熱どう?」

「粗方下がったよ」

 僕がそう言うと、伶衣は自分の額を僕の額に当てて熱を確かめる。

「ん…。うん、下がってるね。良かった」

 なんかちょっと体温上がった気がしないでもない。

「倦怠感もない?」

「うん。大丈夫」

 そう言うと、伶衣が思い切り抱き着いてくる。

「ちょっ…病み上がりにそんな力で抱き着かないでっ…!」

「早く治って良かった…♡」

「ありゃま」

「らっぶらぶ~♪」

 なんか、もう混沌カオスすぎる。この空間。


――――――――

作者's つぶやき:現在時刻…は、まあお察しください。

さて、彼方くんが体調を崩しましたね。お見舞いに来る佐藤さんやあまっちも何と言うか、こういうのはアレかもしれませんがすこし『らしい』と感じますね。果たして佐藤さんsに彼氏はできるんでしょうか。あまっちはキャンパスライフを送っていい感じの彼氏と良い感じになりそうですね。佐藤さんは『なんだかんだ言って彼氏欲しい欲しい言ってる時が一番楽しいんだよね~』って感じの人なので。まあ、佐藤さんが一目惚れする以外ないと思いますね。

それはそうと、出汁巻きタマゴって卵なんでしょうか、玉子なんでしょうか。

――――――――

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