Ep.4 -時差9時間の電話-

 伶衣に抱き着かれながら眠ったあの日から数日。いつも通り、伶衣と昼食を何にしようかと話していると、不意にスマホが着信音とともに震えだす。

 画面には、『母さん』と表示されていた。

『Hi, What's up?(「は~い、元気~?」)』

「I'm hanging up. Bye(「電話切るね。じゃ」)」

『Stop, sorry. My bad. So don't hang up on me yet. I'll properly tell you in Japanese(「待ってごめん私が悪かったから切らないで。ちゃんと日本語で話すから」)』

「…はぁ。…で?何の用?」

『彼方って、今更だけどずいぶんとドライね』

「…それだけ?」

『そんなわけないじゃない。久々に声を聞く息子にそんなこと言われたらお母さん泣いちゃう』

 そんなトーンで言われても冗談にしか聞こえないんだよな。冗談なんだろうけど。

「…はぁ。…で?」

『久しぶりに彼方の声聞きたいなぁって』

「久々って…まだ1週間も経ってないじゃん」

『いいじゃない。愛しの彼方が居なくて寂しいのよ私は』

「…じゃあせめて国内にしておけば良かったのに」

『それは無理よ。永住権失効しちゃう』

「いや、つい最近行ったじゃん。永住権失効って2年でしょ?」

『まあそうなんだけど、新婚旅行は海外が良くて』

「へー」

『興味なさげね。せっかくだし彼方も来たらよかったのに』

「僕パスポート持ってないんだけど?」

『作ればいいじゃない?』

「面倒くさいし嫌だよ。それにそこまでして行きたい国も僕に無いし」

『まあ彼方ならそう言うわよね。それはそうと、伶衣ちゃんとは上手くやれてる?』

「まぁ。うん」

『そう。それなら良いけど。刀祢とうやさんも心配してるのよね。…と、言うわけで、こちらとしては愛しの息子&娘の顔を拝みたいわけなんだけど』

「…はいはい。ちょっと待ってて。すぐ掛け直すから」

『お願いね~』

 ツー、ツーと、通話終了を知らせる音が鳴る。僕は自室の勉強机に置きっぱなしのノートパソコンをとってきて、自身のアカウントにログインする。そして、そのまま母さんにビデオ通話をかける。

『思ったより早かったわね。伶衣ちゃん、おはよう』

「おはようって、もうお昼の12時…」

「伶衣、時差の事忘れてる」

「あ、ほんとだ」

GMTグリニッジ標準時は早朝3時ね。刀祢さんは寝てるわよ』

「…早朝3時に電話するのってどうなのさ」

『あはは、ごめんごめん。…まあ、彼方と伶衣ちゃんが元気そうで何よりだわ。あと2ヶ月ぐらいはロンドンこっちに滞在するつもりだから』

「…母さん、ビザは大丈夫なの?」

『さっき言ったけど、私は永住権持ってるわよ?』

「いやそうじゃなくて、刀祢さんの方」

『あぁ、期限内には収まるから大丈夫よ』

「そう。ならいいけど」

「…というか、お義母さんってイギリスの永住権持ってたんだ…」

「ああうん。そうだね」

『もともとイギリスで彼方を育てるつもりだったんだけど…日本の方が治安良かったし』

「言うてもそんなに変わらないでしょ」

『まあそうだけど、やっぱり、彼方に万が一があると思うと…ちょっとね』

「そのくせしてイギリスには頻繁に旅行行ってるよね」

『だって永住権失効しちゃうし』

 そうだろうけどさぁ…。どうなの?休暇に家に帰らずにロンドンに行くって。

 …まあ、永住権失効したら取り戻すの面倒らしいし。仕方ないと言われればそうなんだろうけど。

「…というか、なんで母さんは深夜3時に起きてるのさ」

「お義母さんってショートスリーパーなの?」

『まあ、そうね。ショートスリーパーではあるわ』

「…あとさ、さっきからずっと気になってたんだけど。…そのワイングラス何?」

『さっきまで飲んでたからね。白ワイン。美味しいわよ?』

 ………………はぁ…。

 僕は内心で溜め息を吐く。酒と息子が生命線だとしても、深夜に飲酒はしないでほしい。

『飲む?』

「私達未成年なので…」

「下手したらアルハラになりそうだからやめて」

『…まあ、そうね。未成年飲酒はダメよ?』

 さっき未成年飲酒それを誘ってた人が言うセリフじゃないでしょ、それ。

『じゃあ、そうね。適当にジュースでも入れてきて乾杯でもする?』

「………早朝から飲酒ねえ…」

『あはは、彼方からお小言もらっちゃったわね。止めはしないけど』

 そう言いながら母さんはワイングラスに透き通った薄黄色の白ワインを注ぐ。

『スパークリングワインなのよね、これ』

 よくよく見ると、白い気泡がグラスの内側に付いて、それが液面に登って弾けてを繰り返していた。

『アルコールが回りやすいお酒はそんなに好きじゃないんだけどね。寮生活の時のルームメイトに会ったら貰っちゃって』

「ああ、そう」

「興味なさそうだね、彼方」

「まあそんなに?」

 話されたら聞くけど、自分から聞きたいと言うわけでもない。

「…まあ、とりあえずジュース入れてくるから。ちょっと待ってて」

『「は〜い」』

 2人からの返事を聞きながら、キッチンへと向かう。まだ開封していない、期限ギリギリのオレンジジュースが一本。

 …このタイミングで電話がかかってきて良かったかもしれない。

 引き出しからコップを2つ取り出して8割ぐらいまでジュースを注ぐ。そして、伶衣と画面越しの母さんのところに戻る。

「「『かんぱ〜い』」」

 …まじで早朝から何してんだろ、僕の母さん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る