Ep.3 【side:瀬戸(篝音)伶衣】-一緒に寝ようと誘ってみたけど-

 もうすぐ日が変わろうとする時間。

 彼方の体の感触、体温や匂いが鼓動を加速させていく。

 抱き締めれば抱き締めるほどに彼方と私の体の密着度が上がって、感触はより鮮明に、体温はより伝わって。

 眠れない。私の体が眠らせてくれない。

 シングルベッドに詰め込まれるように彼方と寝転んで、幸せで、眠ることができなくて。

 いつかこの幸せを当たり前と感じてしまうなら、今ここで噛み締めておくのも良いかなって。そう思う。

「…伶衣、痛い」

「あ…ごめん」

 知らぬ間に抱き締める力を込めすぎたようで、彼方から痛いと苦情が入る。力を緩めると、彼方の感触が離れていく。

 ただ少し。

 ほんの少し。

 離れただけなのに。

 一瞬にして心の中に不安感が募る。降り積もる速度は異常で。エベレストさえ越えるほどの高さになるまでにそう時間はかからない。

 彼方を抱き締める力を強める。

 呆れたのか、察してくれたのか。

 さっきよりも、ずっと強く抱きしめているはずなのに、彼方は何も言わない。

 不安は少しずつ、着実に消えていく。そして、安心感が積み重なっていく。

 時計の短針は12と1の中間を、長針は真下を指していた。

 私は静かに目を閉じて、彼方の体温と体の感触を感じながら、「彼方、大好き」と、彼方の耳元で囁く。

 すると、彼方がピクッと反応した。

「…ほら、もう寝るよ」

「は~い」

 その短いやり取りは、いつかしたお母さんとのやり取りに似ていて。

 少し懐かしいなぁと思いながら、私は目を閉じ、意識を微睡まどろみに落とし込んでいった

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