やざき わかば

 最近、妙な夢ばかり見る。


 人間、寝ると夢を見るものだが、最近の俺の夢はどうにもおかしい。


 不気味でいかにも悪夢の雰囲気なのだが、そのまま怖くなることなく終わってしまう、中途半端で肩透かしなものばかりなのだ。


 例えば、有名な「猿夢」という怪談がある。夢の中で絶叫マシーンに乗り、乗客がひとりずつ残酷に死んでいく。眼が覚める瞬間に、「次は逃がしませんよ」と声が聞こえるという、あれだ。


 俺もその「猿夢」を見た。見たのだが、その内容が別の意味で常軌を逸している。


 まず、絶叫マシーンに、俺を含めた十数人の乗客が乗っているところから始まる。これは怪談と変わらない。マシーンは猛スピードで走り出し、途中でアナウンスが流れる。


「次はけぬき、けぬき」


 しばらくすると、後ろから「いたっ」と声がする。どうやら髪の毛を一本抜かれたらしい。もうこの時点で、マシーンの乗客の間にはこう、なんというか、残念な空気が流れている。いたたまれない気分だ。


 その後も、「しっぺ」「でこぴん」「ばばちょっぷ」と、軽い嫌がらせのような攻撃を受けていく。このあたりから、乗客はうんざりしている。


 極めつけは、眼が覚める瞬間だ。「またのお越しをお待ちしております」ときたものだ。出来るなら、二度と見たくない。


 その他にも、俺を追いかけ回す殺人鬼の武器がだったり、高い崖から落ちたかと思えば、高すぎて延々と落ちている間に飽きて眼が覚めたり。


 何もかもが、詰めが甘い。甘いというか、最初から詰まっていない。怖い夢なら怖い夢で、もう少し、やりようがあるだろうと思う。おかげで最近の寝覚めは最悪だ。つまらない映画を無理やり観せられているようなものなのだから。


 そんなある日、いつもとは変わった夢を見た。悪魔の子供みたいなやつが、俺を涙ぐみながら睨んでいる。なんだろうこいつは。


「そんなにがっかりしなくても、いいじゃないか! 僕だって頑張っているんだ」

「いきなり怒られた。君は誰だい」

「僕は夢魔。人間に悪夢を見せて、その感情をエネルギーにする悪魔さ」

「へえ。そんな悪魔が、なぜ俺の夢に出てきたの」


 小さい子供に見えるとは言え、相手は悪魔。そんな相手にここまでぶしつけな問いかけが出来るのも、夢だからなのだろう。


 そしてそのぶしつけな問いかけに、夢魔はべそをかきながら答える。


「僕の夢、見たでしょう。僕は恐怖とか怖い話とかが、どうにも苦手なんだ。だからあんな低レベルの夢になっちゃう。本当は、ほのぼのしたり、ハッピーエンドだったり、安らげるようなお話が好きなんだ」


 なんだそんなことかと、俺は夢魔に軽く答える。


「なら、無理に悪夢を見せるのじゃなく、君の得意分野の夢を見せたらいいんじゃあないか」


 夢魔は、思いもつかなかったとばかりに、驚いた顔で俺を見つめる。


「で、でも、夢魔は悪夢を見た人間の感情を」

「恐怖心ではなく、感情なんだろう。それなら、悪夢で怖がらせなくても良いんじゃないか。感動させれば良いんだし」


 夢魔は輝かんばかりの笑顔を浮かべ、興奮した面持ちでしきりに納得している。


「そうか。そうだったのか。それなら僕でも出来そうだぞ。でも、不安だから練習に付き合ってよ」

「ああ、いつでも付き合ってやるさ」


 どうせ夢の中での約束だ。


「ありがとう。じゃあ、一度起こすよ」

「え?」


 ここで眼が覚めた。変な夢だったが、いつもの怖くない怖い夢でなくてほっとした。ふと横を見ると、夢で見た夢魔が立っていた。


「おお、驚いた。そうか、あれはただの夢ではなかったんだな」

「そうだよ。僕が話をしたくてあの夢を見せたんだ。そんなことより、約束通り練習に付き合ってよ。まずは何から始めたら良いかな」

「だったら、君の考えている夢を俺に見せてよ。それから考えよう」


 今までの怖くない怖い夢とは違い、夢魔のやる気が感じられて良い夢だった。良い夢だったのだが、全体的に物語の作り込みが甘い。強引で矛盾が目立ち、話が繋がっていないところも多々ある。


 全体的な流れは王道の感動もので、好きな人は好きになるとは思うが、物語作りの勉強をしなければ一般には受け入れられないのではないかと、眼を覚ました俺は考えた。


 そこで。


「いろいろ本を持ってきたから、今度はこれのストーリーで、もう一度夢を見せてくれ」


 今度は素晴らしかった。原作付きなら問題はない。それどころか、物語を俯瞰的に見れたり、主人公や他のキャラなど、物語の一部になれる他、ストーリーに沿って一本道に辿っていくことも、こちらの思うように、自由に動くことも、どちらも可能なようだ。


「素晴らしい、面白かったよ。何よりも臨場感が違う。これはたくさんの人間の感情を、手に入れられるかもしれないぞ」

 

 俺は、勤めている職場を辞め、新たに会社を起こした。


 社名は「Dream Cinema」。ドリームキネマと読む。要するに、好きな夢をお客さんに観せることで、夢魔は感情を、俺はお金を得られるという寸法だ。


 おかげで俺は、会社経営と物語作り…、つまり、「原作」を担うことになったのだが、なんとかうまくいった。


 最初はもちろん、そんな胡散臭い話、誰も信用してくれなかったが、好事家が試し、その口コミで徐々に広がり、youtuberが取り上げ、ネット上でじわりじわりと話題を呼び、今はお客さんがひっきりなしだ。


 こうなるともはや人手が足りない。なので夢魔の家族や友人を呼び寄せて、人材拡充も出来た。会社はどんどん大きくなっていく。


 夢魔一族の中には、夢を観せることが苦手なものが何名かいたので、俺と一緒に物語を作ってもらった。もちろん客が物語を持ち込むのも、有料だが可能にしてある。


 物語担当の夢魔にもエネルギーがいきわたるようにし、異動願いを出してもらえれば、好きな部署に行けるように制度も充実させた。今のところ、社員の夢魔たちから、不満は聞こえてこない。


 聞くと、うちの社に就職を希望する夢魔や人間からの問い合わせが、かなり増えてきたという。いくら人材をとっても、人手不足になるのでこれはありがたいことだ。


 しかしながら、最初に俺に取り憑いた夢魔は、子供ながらによくやっている。指名数も実は一番多い。そしてそれが結果的に、仲間たちを食いっぱぐれない環境に導いている。


 彼は、アメリカンドリームならぬ、ナイトメアドリームを手にしたのだ。


 さすが夢を操る悪魔。当初の泣きべそ顔とはまったく違う、彼の楽しそうな笑顔を見て、おこぼれに預かれた俺も鼻が高いというものだ。


 やはり夢は「見る」ものだけではなく、「追う」ものでもあるのだ。

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やざき わかば @wakaba_fight

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