火人狩りのイサベラ Ⅰ

まるめろ書店

Chapter I 火人狩りのイサベラ

◇193×/××/×× 首都シグザール東部 イサベラ・エラストヴナ中尉

「中尉!」

 気が付けば、私のからだは二万フィートもの上空に放り出されていた。

 刺すようなソラの冷気と、魔力爆発の熱風が混ざり合い、私を非魔法保護領域NZL/НЗЛに押し出す。


「っ……!」

 帝国首都は海抜高度およそ二万フィートに浮遊している。

 

 偉大なる祖ロドリクの魔法により首都の環境は地上における冷帯と同程度の環境に維持されているのだ。しかし、当然何の準備もないまま、魔法の領域外に放り出されたとあっては……思考がまとまらない。


「コントロールへ! 敵の急襲により中尉がNZLに!」


 敵の急襲……そうだ、敵の急襲にほかならない。

 私たちは敵方の魔法ないしはそれに類する術により、長距離から狙撃されたのだ。東部の崖際を歩いていたのは私ともう一人の若い男だけだった。そこを撃たれたのだ。先の無線は爆発に反応した別の分隊員だろう。

 

 もはや首都は安全地帯ではない。その事実を私は自らに襲い掛かる急激な酸素濃度の減少から身をもって感じていた。このままでは私はすぐに意識を失い、高度二万フィートから落とされて死ぬしかないだろう。


 私は自らの「記憶」から帝国の秘術の引き出しを開ける。


『ヴラヴァツキー魔法典 第一章〈ソラ〉 第一条――』

 私は目を閉じる。法珠――私のソレは、左耳の黒いピアスの形である――は蒼の魔力光を放つ。脳内に条文キリリツァを展開し、実行可能性を演算する。

『――〈精霊回帰〉の使用を申請』


 科学は世界を暴き、魔法は世界と契約する。

 我々帝国軍人は過ちを犯さぬよう、魔法の使用は法務省の「立会人」から承認を得なくてはならない。


『承認』


 脳内に機械的な男の声が響く。通常問題が無ければこの承認プロセスは引き金を引く指よりも早く行われる。法珠が熱を持つ。瞬く星の様に蒼き光を放ち、演算が終わった瞬間に魔法はその効果を発動する。


「シグザールコントロールより対火人ヒト戦闘小隊へ。直ちに飛翔し、NZLでの戦闘に備えろ」

「こちらイサベラ中尉、小隊へ。私は問題ない。直ちに戦闘に移行する」


 気圧、酸素濃度、温度に湿度どれも正常。先ほどの〈精霊回帰〉はそういう魔法だ。私は脚と背中に装備している魔導具に魔力を注ぎ込み起動する。

 私は空中で乱れた姿勢を制御すると、雷のように首都とは反対方向、つまり敵の方へ飛翔する。


「シグザールコントロールより対火人戦闘小隊へ。ノア・ソコロフとみられる少年が接近中。その後ろには高魔力反応が5……いや、10、20……! 空中で増加中! 至急迎撃せよ!」

「アレクセイ大尉よりコントロールへ、了解した。全部隊員は空中近接戦闘の用意」


 ノア、私の怨敵だ。彼は少年のような姿――まあ事実そうなのだが、彼は火人を召喚して使役することのできる危険な存在だ。目的はこの帝国の転覆にある。そして私は抱えきれないほど彼には「恩」を感じているため、私は必ずこいつを倒さなくてはならない。

 

「イサベラ、見えるか?」

 大柄なアレクセイ大尉が私の横を飛んでいる。彼は私の士官学校時代の同期で、そしてこの小隊のリーダーでもある。そんな彼の問いかけに私はイエスと答える。

「ああ、見える。ノアと火兵ソルダートの群れだ」

「左右に展開して仕留めるぞ!」

 アレクセイは無線で仲間に指示を出す。私もそれに倣い、彼は右へ私は左へ展開する。


「ライフルを構えろ!」

 私の指示で敵に多くの銃口が向けられる。

「魔術拘束の解放を申請」

『魔術拘束の解放を承認』


 機械的な男の声が頭の中に響く。その瞬間、私の掌がかあっと熱くなり、魔力がライフルに装填された一発の弾丸に濁流がごとく流れ込んでいくのを感じる。


 私は一呼吸おいて、規定に定められた呪文を唱える。


「宣誓する。我は天を駆ける狩人の長にして、法の天秤を正すもの。これより我が千の矢を番え、ここに悪性を撃たんとす」


『承認・トリフェン条約第四十条の規定により、全員に発砲の許可』


「撃て!」

 轟音が響く。カラフルな魔力光が雲を染め上げる。私の号令で展開していた部隊は皆引き金を引き、魔法により強化された銃撃を行った。


 これが後世に残る、シグザール防衛戦の始まりだった。

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