第14話 おしゃれ

 私は自分の容姿が優れていることを、それなりに自覚していた。けれども、それを磨こうとはしてこなかった。そんな余裕がなかった。


 髪は伸びっぱなしで、目元も隠れるぐらい長い。服装も女神官の服だけ着ていた。最低限のケアだけして、それ以上は手を加えないようにしてきた。なので、私は容姿を褒められることはなかった。見た目から性格が暗そうとか、顔に自信がないから髪で隠しているとか、侮辱されることはあった。けれど、そんな周りの意見など無視した。


 神殿に居たから。そして、聖女だったから。


 化粧をして着飾ったら、きっと面倒なパーティーに駆り出される可能性もあった。婚約者が居るというのに男性から誘いの声をかけられて、それを断らないといけない。面倒事が増える。


 そうなってしまったら、女性からは嫉妬や恨みを買うことになるかも。ただでさえ、王子の婚約相手ということで一部の貴族令嬢たちから妬まれているというのに。聖女は王族と結婚する。それが、この国のルールなんだから。


 神殿に居る間、自分の容姿が優れていることをひけらかすつもりは一切なかった。おしゃれして得られるメリットよりも、デメリットの方が多い。そういう事が容易に想像できてしまった。


 一つ、申し訳なかったのは弟子のエミリーに関して。彼女は私に憧れている。そんな彼女だから私の真似をして、同じように自分を磨くことを避けてきた。


 そこまで真似をしなくてもいいのに。せっかく可愛いのにもったいないと、いつも思っていた。




 神殿から出た私たちは、もう気にする必要がなくなった。気にする必要がなくなった。せっかくなので、おしゃれを楽しみたい。そういう気持ちはあった。


 あの魔法を発動してから、しばらく時間が経過した。生活の基盤や冒険者活動にも余裕が出てきて、そういう事にも気を配れるようになったのだ。




 私はエミリーと一緒に、アンクティワンが経営する店の一つ、服屋を訪れていた。


「エミリー、この服なんてどうかしら?」

「え!? ノエラ様、それお高いやつじゃないですか! 私に買うなら、もっと安いやつでも……」

「いいのよ、私があなたに着てもらいたいと思ったのだから」

「そ、そうですか……。ありがとうございます!」


 遠慮するエミリーを説得して、私は彼女に似合いそうな服をいくつか見繕った。自分のセンスは信じられないので、店員たちと相談しながら。そして、それらを頼んで試着させてもらう。


「ど、どうですか……?」


 おずおずと出てきたエミリーを見て、私はとても満足だった。彼女の魅力を最大限に引き出したコーディネートだった。とても可愛らしく、それでいて上品さもある。彼女本来の可愛らしさが十分に発揮されている。これは、とてもいい。


 相談に乗ってくれた店員たちも、彼女の試着した姿を見て喜んでいる。


「すごく似合っているわよ、エミリー」

「えへへ、ノエラ様にそう言ってもらえると嬉しいです」


 照れたように笑うエミリーは、やっぱり可愛くて仕方がなかった。この子の笑顔を見ていると、自然と私も笑みが溢れてしまう。


 神殿に居た頃、この素敵な顔と姿を見れなかったのは残念で仕方ない。デメリットなんて無視して、あの時からおしゃれに取り組んでおいた方が良かったかも。


 後悔しても遅い。ならば、今から全力で楽しめばいいのよ。


「じゃ、じゃあ次は! ノエラ様が着替える番ですよ!」

「そうね。せっかくだから、私に似合いそうな服をエミリーに選んでもらいましょうか」

「え!? わ、私が、ですか? ……わかりました! 全力で選びます!!」


 気合の入った様子で店内を駆けまわるエミリーを眺めながら、私もいくつかの服を選んだ。そんな感じで、2人で買い物を楽しんだ。あの頃には出来なかった事を思う存分に堪能した。


「ノエラ様も、とっても素敵です! 美しすぎます……!」

「ありがとう、エミリー」


 相手の選んだ服を着ながら、お互いの姿を見て褒め合ったり、店員とお話したり。色々とおしゃれに関する情報を手に入れた。


 今度は、ナディーヌも一緒に来よう。それからジャメルも同じような服ばかり着ているので、新しい服を選んであげようかな。それも楽しそうよね。

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