第8話 用意していた手段の一つ

 聖女の魔法を使って彼らの記憶を消す。そのための計画を立てて、準備してきた。けれど、実行する予定ではなかった。あくまで、用意しておいただけの手段の一つ。


 本来の予定では、正当な手順を経て聖女の座は明け渡すつもりだった。婚約破棄も受け入れるつもりはあった。話し合いによって穏便に済ませる方法は、あったはず。だけどエリック王子の言葉を聞いて、計画を実行に移す決心がついた。


 私は、聖女の地位なんかに価値を見出してはいなかったから。むしろ喜んで聖女の立場なんて放棄したのに。言葉には出さなかったけれど、今までアピールしてきた。エリック王子は、何も気付いていなかったみたいだけど。


 あんな方法で来るなら、私だって強引な手段をとらせてもらうしかない。


 予感があった。エリック王子が何か企んでいる。パーティーの場に引きずり出して婚約破棄を告げたり、普段の姿だけで聖女にふさわしくないと、とんでもない理論で責められた。それを理由に、聖女の座を無理やり奪おうとするなんて予想外だったけれど。


 最終確認で、私はエリック王子に問いかけた。本気なのかと。


 彼の答えは、もちろん本気だと。もっと別の答えが返ってきていたら、あの瞬間に私は考え直していたかもしれない。あの時、最後の一歩を踏み出さなかったかも。


 でも、あんな答えはダメ。もう一緒に居るのは無理よ。だから私も、覚悟を決めて実行した。


 私は、必要とされていない。それなら私も、自由にさせてもらいます。




 朝食を済ませた後。昨晩パーティー会場で起きた出来事について、皆に説明した。私が話して、みんなに経緯を聞いてもらう。


「やはり、あの王子はダメでしたか」


 そう言ってナディーヌは、呆れてため息をついた。彼女も、こうなる未来を予想していたみたい。王子に対する評価も低い。


「多くの人たちの記憶を消す魔法。……凄いです!」


 エミリーは王子とかには無関心で、発動した魔法の方に興味津々のようだ。いつものように、尊敬の眼差しを向けてくる。


「それで、この後は予定通りに行動するのか?」


 話を聞き終えた後も、ジャメルは冷静に考えていた。今後のことについて、改めて話し合う必要があると感じているようだ。私も同意見。


「そうですね。予定通りに行動するため、アンクティワンに会いに行きましょう」

「了解しました」


 ここには居ない、残り1人の私の仲間。商人のアンクティワンに会いに行く。彼も無事だろうか。おそらく無事だろうけど、少し心配。自分の目で見て確かめないと。急いで会いに行きましょう。彼には、色々とお世話になっているから。





「あと、それから」

「なんでしょうか?」


 椅子から立とうとしたナディーヌを呼び止める。みんなも椅子に座り直して、話を聞く態勢に。これについても話し合っておく必要がある。大事なこと。


「これから私は、普通の一般市民になりました。なので、呼び捨てで構いませんし、敬語も必要ありません。もちろん、外では絶対に聖女とは呼ばないように気を付けてください」


 そう。これからは、今までのように聖女として振る舞う必要は無いのだ。口調とか呼び方を改める必要があるだろう。仲間として普通に呼び合い、普通の言葉で会話をする。


「う、むぅ……。いや、しかし。神殿から離れたとはいえ、聖女様に対して呼び捨ては失礼ではないか?」


 ジャメルが困ったような表情を見せた。難しそうだ。でも、間違って聖女と呼ばれている場面を見られると大変なことになるだろう。私が聖女だったことを覚えている人が残っていないからこそ、その呼び方は危ない。


「わかった、ノエラ。これから、よろしく」

「うん。よろしくね、ナディーヌ」


 意外とナディーヌは、すんなりと受け入れてくれた。その呼ばれ方、嬉しいかも。


「ちょっと難しいかもしれないです。ノエラ様は、私の師匠でもありますから」

「うーん。そうね。とりあえず、様呼びだけやめない?」

「わかりました! 頑張ってみます!」


 エミリーは、すぐに変えるのは難しいかな? 時間をかけて、ゆっくり慣れていきましょう。


「あー、えっと。……ノエラ」

「はい、ジャメルさん」

「……む」


 ジャメルが私の名前を呼んだ。この中では一番慣れていないのが、よくわかった。彼から初めての呼ばれ方をされて、私も少し恥ずかしいわね。顔が赤くなっていないかしら。


「ジャメルさん。これから、よろしくお願いしますね」

「……こちらこそ、よろしく頼む。ノエラ」


 私は、さん付けで呼ぶ。年上の男性と普通に会話するのって、これで合っているのかしら。まだまだ、私は慣れないことばかり。早く慣れるように、頑張らないと。

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