第3話 お別れの魔法
パーティー会場を移動しながら、私は感動していた。
聖女になってから今まで、尊敬や崇拝、嫉妬や妬み、利用しようとする邪な気持ちなど。聖女として、強い感情がこもった視線ばかり浴びてきた。だが今は、チラッと見てすぐに興味を失い、視線を外される。
なんの感情もない視線で見られるのが、こんなに気軽なものなんて知らなかった。
この世界の誰もが私のことを認識していないかのような錯覚に陥るほど、誰も私のことを見ていない。でも、これでいい。
あの2人以外にも、会場にいた人たち、スタッフなどにも魔法の効果がバッチリと発揮されているのを確認することが出来た。
私が発動した魔法は、遠い昔に聖女が使用していたけれど今では失われてしまった古代の魔法。それを再現して、アレンジしたものである。もともとの効果は、聖女が自分の仕事に集中するため、愛しい人とお別れするときに使うものだったみたい。
改良して、記憶を消して都合のいいように改ざんするという効果に変えた。範囲も増大させて、対象人数を最大まで増やす。これで、私が聖女だったことを覚えている人は、数名を除いて居なくなった。
皆が、私を1人の平凡な女神官としか見ていない。
「お待ちしておりました、ノエラ様!」
女性の力強い声が聞こえてきた。私の名前を呼んでいる。視線を向けると、普段は装備している騎士の兜と鎧を脱いだ状態の彼女が待ち構えていた。
「お待たせ、ナディーヌ」
「さっさと、ここから移動しましょう」
「そうね。行きましょう」
ナディーヌは、鋭い視線で周囲を警戒しながら先陣切って歩き出す。彼女の後ろについて行く形で、私も歩き出した。
「外に、アンクティワンが用意してくれた馬がいます。それに乗っていきましょう」
「わかった」
アンクティワンは、私たちに協力してくれている仲間の商人。彼が用意してくれた馬が居るらしい。
ナディーヌに促されて、私たちは早足で向かう。立ち止まらないで移動しながら、会話をする。必要な確認作業。
「そっちの状況は、どうだった?」
「予定通り、私の存在を知る者は居なくなりました。そして、聖女であるノエラ様のことも」
「……そう」
あの光によって私が存在していた記憶を全て消し去ったのと同時に、ナディーヌの存在も一緒に消すことになっていた。それも計画通り、だけど。
「ごめんなさい。私に付き合うようなことをさせてしまって……」
「謝らないでください、ノエラ様! むしろ、感謝しておりますよ! 貴女と一緒に過ごす時間を与えてくれたことに感謝しているのです!」
その言葉が本気であることを、ひしひしと感じた。聖女の護衛騎士ナディーヌは、覚悟を決めて私と行動を共にしてくれる。
「私は、ノエラ様の騎士。その役目を与えてくれたこと、心から感謝しております! だから、これから先もずっと一緒に。私は、貴女を守り続けます」
「……ありがとう、ナディーヌ」
彼女のような味方が居てくれて、本当に心強いわ。私1人だったら、こんな大胆な作戦を実行に移すことはできなかったもの。
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