第2話 記憶を失って
広がった光が消えると、会場内に喧騒が戻ってくる。あんなに大きな現象が一瞬で発動して、消失したのに騒ぎは起きていない。何も起きなかった、というように振る舞う貴族たち。そして、私の目の前に居る人たちも。
「あれ? 君は……」
エリック王子が私の顔を見て呟いた。誰だろう、というような視線である。これはつまり、魔法は成功ね。彼の記憶から、私の存在は消え去った。
横に居るエリーゼと呼ばれた女性が同じような視線で、私を見ながら口を開いた。眉をひそめて、嫌そうな表情で。
「神殿の神官かしら? パーティーに参加している私に戻ってくるように言うため、ここまで来たということね」
「はい、その通りです」
とりあえず、肯定しておく。私に関する記憶を失って、都合いいように勘違いしてくれた。なので、笑顔を浮かべて適当に話を合わせる。
「まだ私は、エリック様とパーティーを楽しむから。貴女は会場の外で、パーティーが終わるまで待機していなさい」
「了解しました」
しっしっと、追い払うように手を振って命令される。横柄な態度。聖女と神官には上下関係があるけれど、普通そんな態度で話すことはない。私のことを下に見るような視線と本心を隠して、もう少しまともな態度で対応するべきでしょう。
普段から、彼女はこうなのかしら。聖女の立場を手に入れたことで、傲慢になっているのかしら。
そんな彼女も、私のことを聖女だとは覚えていない。自分こそが聖女であると思い込んでいるようだ。
つまりそれは、しっかり私のことを忘れている証明ね。さっさと立ち去ろうとした時、横から声をかけられた。
「よかったら、君もパーティーに参加していくかい?」
私の体をジロジロ見ていたエリック王子が、微笑みながら誘ってくる。そんな視線を向けられるなんて新鮮。そして、笑顔でパーティーに参加しないかと誘われるのも珍しいこと。
これも、記憶がないからこその行動かしら。もちろん、お断りする。
「お誘いありがとうございます。ですが私は、仕事がありますので」
「そうか、残念だよ。もしよかったら、神殿に言ってあげて仕事を――」
「失礼します」
本当に残念そうな顔をしているエリック王子。長そうだったので私は無理やり一礼して、さっさとこの場を離れることにした。
背後から、エリック王子とエリーゼが会話する声が聞こえてくる。
「なんで、あんなみすぼらしい女をパーティーに誘うのよ?」
「彼女は、聖女である君の部下の女神官なんだろう? なら、仲良くしておくべきだと思ってね」
「別に必要ないでしょ。ダサいし、暗そうじゃない。あんな子が近くに居たら、私も暗くなりそうで嫌よ」
「ふーん、そうか。でも、勿体なかったな。……顔はともかく、体の方は悪くなさそうだけど」
ダサいとか暗そうとか、散々な言われようね。まあ、しっかりと記憶が消えていることが確認できてよかった。それから、失われた記憶を補完するために新たな記憶も生まれ始めているみたい。これからどうなるのか、私にもわからない。
せいぜい後悔しないように頑張ってほしい。私は静かに、離れたところから彼らの行く末を見て、楽しむことにする。
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