失念

 中年男はあくまでも自己の判断をもとに、財布の衣替えをおこなったと主張する。


「絶対に僕の意見も影響しているはずだよ」


 犬山と中年男の忌憚ない会話から、「降霊会」で度々、顔を合わせていることが察せられた。


「俺は誰にも影響された覚えはない」


 誰の指図も受けずに自分だけの指針に従って日々を送っていると豪語する中年男は、現代の情報社会の本流から外れた立ち位置にいるらしい。だがしかし、犬山はすかさずこう言うのである。


「そのジーンズは今流行ってる大戦モデルだよね? それとそのシャツの緑色は」


 犬山は捲し立てるように流行に目敏い中年男の装いを指摘し、どれだけ俗世間に染まっているかの答え合わせをした。


「だから、これは偶々だって……」


 中年男は苦し紛れの言い訳を吐きながら、助けを求めた視線の先にワタシを見つける。


「おっ! もしかして貴方が畠中さん?」


 新参者の存在は期せずして、中年男の助け舟となったようだ。


「えぇ、畠中です」


 ワタシは軽く会釈をし、初対面である中年男を額面上、敬った。勿論、犬山からの詰問から脱する為に体良く利用されたことは見逃せない。母親の機嫌に阿ることはあっても、赤の他人へ必要以上にへつらう気はさらさらなく、ワタシは幾ばくか語気を荒々しく操った。


「いやー、初参加だから分からないことが沢山あると思うけど、俺達に任せてくれていたら平気だから」


 過去に主催されたであろう、「降霊会」の経験をワタシと接する際の自信にする胡散臭さは、見るに耐えない。


「……ありがとうございます」


 鏡を用いることなく、ワタシが胸中に抱いた疑義の輪郭はハッキリと捉えることができた。


「まあまあ。そんな改まる必要はないよ。リラックスしていこう」


 中年男は歳の功を誇示するかのように、落ち着き払った様子をわざとらしく演じる。


「リードだけは上手いよね」


 長江の皮肉を込めた中年男への進言は、初めて参加することになった、「降霊会」の人間模様が少しだけ見えてきた。


「だけはないでしょうー」


 馬齢を重ねた古びた軽口を叩く中年男の身の処し方は、踵を返した途端に悪罵を集めていそうな軽々しさがあり、往々にして他者から反面教師にされるだろう。犬山はそんな中年男の姿を嫌悪感を多く含んだ眼差しで一瞥したあと、数少ない休日の時間を共有する機会を設けた主催者として、「降霊会」に取り掛かる為の粗暴な誘導を図る。


「もう全員集まりましたから、始めますよ」


 初めて顔を合わせたワタシですら、その語気に纏う苛立ちがハッキリと伝わってきたのだから、他の二人も同様に察して当然だった。


「はいよ」


 気怠げに中年男がそう答えれば、物置き小屋の隅に根を張った暗闇から、赤茶けた「錆び」が跋扈するパイプ椅子を犬山が引っ張ってくる。


「あの……」


 だが、「降霊会」にワタシを連れ出し、犬山を呼びに颯爽と歩を進ませた兄が、未だ物置き小屋に現れていない。兄の性質を考えれば、犬山の背後で嬉々とした顔をぶら下げているのが想像に難くない。ワタシは、そのことについて尋ねようとしたが、犬山は兄を黙殺した上に、「降霊会」を今まさに始めようとする、強引さに驚かされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る