信仰

 犬山の悲願を聞いて、ワタシはそぞろに後ろめたい気持ちにさせられた。胸が締め付けられるような、息苦しい感覚だ。


「そうなんですか」


 無難な受け答えに終始することしか出来ない。手持ち無沙汰で参加した「降霊会」は、ワタシにとって疾しさばから覚える場となりそうだ。


「自分の中で区切りを付けたくてさ」


 犬山は、「降霊会」を主催する人間として相応しい。


「でも、お姉さんが降りてくるとは限らないですよね?」


 犬山の悲願を軽々しく否定するつもりはない。しかし、棚から好きな商品を選ぶかのように、霊魂を選別しようとするのは、今世と浮世の越境が如何に容易いかを証明し、信仰すべき神を失うかもしれない。ワタシはあくまでも、他力本願な賽銭箱への投げ銭をする程度の信仰心しか持ち合わせていないが、基礎となる道徳心は見えざる存在を恐れる所から始まっており、神の如き力を行使する際に生じる不安は、一介の人間という立場が表出した結果だ。


「だからこうして、僕は何度も降霊会を催しているんですよ」


 頻繁に吹き付けていた風が止み、森閑とした静けさに包まれた物置き小屋の中は、事々しい惨状が起きる前の機運を高め、目の前の犬山はしっぺ返しを貰う前の役者じみた。勿論、その作劇にはワタシも含まれており、即物的な視点を持つ者特有の役回りが必ず用意されているはずだ。経験則でいえば、物語の終盤まで、生き残り、無事に生還すると思われた所に、脚本家の牙が向く。ただ、これは手垢の付いた展開に過ぎず、現実は先人の轍など関係がない。幸も不幸も、不規則にやってきて、足元を掬ってくる。つまり、嫌な予感は当たることはないということだ。


「今回でお姉さんと会話が出来るといいですね」


 心にもないことを言って、初対面の人間との会話を恙無くこなそうとするワタシは、犬山の肩越しに二人目の参加者を見た。その視線に釣られた犬山は、半身となって振り返る。


「長江さん、今日もお似合いです」


 犬山が長江と呼んで、その出立ちを褒めたのも納得する。印象的な赤いコートと、黒いヒールにより平均的な日本人女性とは体格は一線を画す。同じ異性でありながら、惚れ惚れする。しかし、着飾る場所を間違えているとしか思えない。社会人が憩いを求める週末の休日に、「降霊会」という特異な催しに参加する者として、些か似つかわしくない格好である。


「裕二の太鼓叩きなんて、誰も間に受けないよ」


 長江の背中越しにぶっきらぞうな語気と言葉が聞こえてきた。覗くように首を伸ばした瞬間、身嗜みをまるで顧みない無精髭と白髪を蓄えた中年男が、長江の背後から現れる。


「何言ってんですか。僕のアドバイスで財布まで変えたくせに」


 犬山は満足そうな顔付きをして、中年男の嫌味と向かい合った。


「そんな訳あるか! アレは偶々、財布を丁度変えようと思っていた所に、お前が余計なお節介を言ったんだ」

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