第34話:巨大な足跡

 公園が完成してから、一週間が経った。

 村の中には子供たちの笑い声が溢れており、公園には多くの子供たちが集まり、それをお爺さんやお婆さんが笑顔で見守っている。

 働き盛りの大人たちも、食糧が安定して収穫できるとあってか、畑作業だけではなく、村の外に足を運び魔獣を狩ってお肉を食べたいとやる気を出す者も現れ始めていた。

 このまま平和な時が続くだろうと、俺はぼんやりとだが考えていた。しかし――


「え? 森の中で、大きな足跡ですか?」


 やる気を出して森に入っていった男性たちから、そんな報告を俺は受けていた。


「あ、あぁ。俺たち、そこまで森の奥には行っていなくて、だからその、村に近い場所でその足跡を見つけたんだ」

「何もなかったらそれでいいんだけど、ちょっと怖くなっちゃってさ……すぐに引き返してきたんだ」


 男性たちの報告を聞きながら、彼らの選択は正しいと俺は思っていた。


「何かあってからでは遅いですからね。ある程度の場所は分かりますか?」


 そのままにするわけにはいかないと、俺はその場で男性たちに足跡の場所を確認する。


「……報告、ありがとうございます。念のため、村の人たちにはしばらく森に入らないよう、伝えていただけませんか? それと、ナイルさんにも同様の報告をお願いします」

「わ、分かった!」


 俺はお礼と指示を男性たちに伝えて、そのまま彼らを見送った。


「……さて、大きな足跡か」


 これは間違いなく、調査が必要になる案件だ。

 魔獣は本来、縄張りの外にはあまり出たがらない生き物だと聞いている。

 この辺りを大型魔獣が縄張りにしているという報告は受けていないし、従魔たちからもそのような話は聞いていない。

 そのような事実があれば、間違いなくグースやゴンコ、ミニゴレたちから報告があったはずだ。

 それがなかったということは……。


「……大型魔獣が縄張りの外に出るような事態が、魔の森で起きているってこと、だよな?」


 俺の予想が当たっていれば、間違いなく村にも何らかの被害が出てしまいかねない。


「……ガウー?」

「……ミー?」


 ずっと考え込んでいたからか、レオとルナが心配そうに上目遣いで俺を見ながら鳴いた。


「……ちょっと、レオとルナの力を借りたいと思っているんだけど、いいかな?」


 俺一人で確認をするのはさすがに難しい。

 だけど、俺はテイマーだ。

 レオやルナ、そして他の従魔たちの力を借りることができれば、今回のこともきっと上手く乗り切れるに違いない。


「ガウガウ!」

「ミーミー!」

「もちろんだって? ありがとう、レオ、ルナ!」


 まずは魔の森の状況を確認しなければならない。

 足跡を見つけたという場所の付近だけではなく、グースやゴンコ、ミニゴレたちにも話を聞くべきだろう。

 そう考えた俺は、すぐに行動へ移すことにした。

 立ち上がり、身支度を整えると、すぐに屋敷を飛び出した。


「きゃあ!」


 すると、屋敷の前にはティナさんがやってきており、危うくぶつかってしまうところだった。


「ご、ごめん、ティナさん」


 慌てて謝った俺に、ティナさんは首を横に振る。


「い、いえ、私の方こそ、大きな声を出しちゃってごめんなさい!」

「それは問題ないよ。でも、どうしたの? 何かあった?」


 ティナさんが俺の屋敷を訪れる時は、何か用事があることが多い。

 そう思って問い掛けたのだが、今回はそうではなかった。


「……村で噂になっていたんです。大型の魔獣が出たって」

「あぁ、それか。大丈夫、これからその調査に向かう予定なんだよ」


 魔獣が現れて怖かったのだろうと思い、俺は安心させようと笑顔でそう答えた。


「……リドルさんは、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「え?」


 しかし、ティナさんからの言葉は予想外のものだった。


「領主様になったのは聞いています。でも、この村に来てまだ数日です。それなのに、どうして危険に飛び込んでいけるんですか?」


 ……この言葉は、魔獣が怖いからというだけの言葉ではない気がする。

 そう思えてしまうくらいに、ティナさんの言葉からは必死さが伝わってくるのだ。

 だからだろう、彼女の質問に中途半端な答えを返すのは、絶対にダメだと考えた。


「……俺は、家族に家から追放された人間だ。レオをテイムしてからというもの、家族からの愛情を感じたことが一度もなかった。まあ、それ以前だって、利用価値の高いテイムスキルを授かれと言われるだけで、愛情を感じたことはなかったんだけどね」

「そ、そんな……」


 少女であるティナさんにこのような話をするのは酷かもしれない。

 だけど、俺が頑張れる理由を彼女には十分に理解してほしいのだ。


「だからかな。この村に来て、ナイルさんやルミナさんに助けられて、コーワンさんや村の人たちにも助けられて、ここまで来られた。その中にはもちろん、ティナさんもいるんだよ?」

「……私も? でも、私は逆に、リドルさんに助けられたんだよ?」


 困惑気味のティナさんに、俺は微笑みながら答えていく。


「ティナさんに出会えなければ、俺はそもそもこの村までたどり着けていなかったかもしれない。それだけじゃない。ナイルさんに意見してくれたり、他にもたくさんの素晴らしい案を俺に与えてくれたんだ」

「……私が?」

「そうさ。そんな暖かい心を持つみんなが暮らす村を守りたいって、俺は本気で思っているんだ。だから頑張れるし、危険にだって飛び込んでいける」


 グッと拳を握りしめながらそう答えた俺は、最後に苦笑を浮かべる。


「……まあ、頑張ってくれるのは俺じゃなくて、従魔たちなんだけどね」


 最後の言葉はティナさんに笑顔になってほしかったからだ。


「……違うよ。リドルさんも頑張ってくれているし、リドルさんだからこそ、レオとルナも頑張ってくれているんだよ!」


 しかし、ティナさんからは逆に俺のための言葉を投げ掛けられてしまった。


「ガウガウ!」

「ミーミー!」

「ほら! レオとルナもきっとそう言ってるよ!」


 ……はは、その通りだ。レオとルナも、俺だから一緒にいるんだって言ってくれているよ。


「……そうだね、うん。俺も頑張ってる。頑張ってもいいと思える場所だから、俺はみんなと一緒に危険へ飛び込んでいけるんだ!」


 まったく。俺が逆に元気を貰ってしまったな。


「行ってくるよ、ティナさん」

「ガウガウガウ!」

「ミーミーミー!」

「気をつけてね、リドルさん! レオ、ルナ!」


 ティナさんに見送られながら、俺たちは駆け足で魔の森へと向かった。

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