第10話:当日での相談は……

 夕方近くなり、俺はようやく村に戻ってくることができた。

 しかし、糞を洗い流す場所を見つけることができず、ひとまずレオとルナを村の中へ走らせた。

 しばらくして――


「どうなさったのですか、リドルさ……あー、なるほどです」


 やってきたのはルッツさんだった。

 そして、俺の姿を見ると同時に察してくれたのか、納得顔を浮かべる。


「少々お待ちいただけますか? お水を用意できるか聞いてきますので」

「あ、ありがとうございます」


 俺はお礼を言うことしかできず、再びその場に立ち尽くす。

 それから数分後、今度はルッツさんと一緒にティナさんもやって来てくれた。


「あー、ティナさん? 今の俺は臭いんで、あまりこっちに来ない方がいいですよ?」

「そんな! さっきの話を聞いて、土の改善のために動いてくれていたんですよね!」

「まあ、それはそうなんですけど……」


 さすがに可愛い女の子の前で、糞を踏んづけたまま顔を合わせたくないといいますか、なんといいますか。


「ルッツさん、行きましょう」

「その方がよさそうですね」


 しかし、ティナさんもルッツさんも、俺の意図など気づいていないかのように近づいてきた。


「桶に水を汲んできましたので、こちらをお使いください、リドル様」

「あ、ありがとう、ございます」

「臭いのがそんなに嫌ですか?」

「うぐっ!? ……いやまあ、そうですね」


 ティナさんに指摘され、俺がショックを受けながら答えていると、彼女は何故かクスクスと笑い出した。


「……な、なんで笑っているんですか?」

「このくらい、私たちからしたらどうってことはありませんよ?」

「……でも、魔獣の糞ですよ? めっちゃ臭いですよ?」

「畑仕事をしていたら、これ以上の臭いを嗅ぐこともありますし、問題ありません」


 ……魔獣の糞以上の臭いって、どんな臭いなんだろうか。

 しかし、糞臭くて嫌われるということはなさそうで、とりあえずは一安心だ。

 俺はその場で靴を洗い、いったんは安堵する。


「あー……ルッツさん? あればでいいんですけど――」

「替えの靴ですよね? もちろん、ご用意しておりますよ」


 さすがは商人! 気が利きますね!


「お代は結構です」

「え? でも、いいんですか?」

「私の勘が言っているのですよ。ここでリドル様に多大な恩を売っておけば、いずれ大きな利益になって返ってくるとね!」


 俺がそこまでの利益をもたらすことができるかどうかは分からないが、ルッツさんは不思議なスキルを授かっているわけだし、聞いておいた方がいいんだろう。

 俺にとっても、ルッツさんにとっても。


「分かりました。それでは、ありがたくいただきます」

「どうぞ、どうぞ」

「あれ? リドルさん、あれはなんですか?」


 受け取った靴に履き替えていると、ティナさんが地面がもっこりしていることに気がついた。


「実は、畑の土を改善できるかもしれないんです!」

「えぇっ!! それは本当ですか!?」

「本当です。あれはその第一歩になる、俺の新しい従魔、グースです!」

「モグ?」


 俺が名前を呼んだからだろう、土の中に潜っていたグースがひょっこりと顔を出した。


「へぇー、モグラの魔獣なんですね」

「モグモグー!」

「えへへ、もぐもぐー!」


 グースの挨拶に、ティナさんが同じ鳴き声で返している。

 ……なんだろう、従魔じゃないのに、とても可愛いな。


「それと、グースの隣に置いてある土の塊なんですが、あれも土の改善に必要となるものです。ナイルさんに話を通したいんですけど、どうでしょうか?」


 何をするにもまずはナイルさんに相談すると伝えている。

 まさか、その話をした当日に相談することになるとは俺も思っていなかったが、こういうことは早い方がいいに決まっているからな。


「それじゃあ、今日の夕食の時でいいと思いますよ!」

「あー……一緒にいただいてもいいんですかね?」

「もちろん! お母さんも腕によりをかけて作っていますしね!」

「最初こそお断りされましたが、私たちもいただけるということであればと、食糧はきちんと提供させていただきました」


 さすがはルッツさん、こんなところでも気を利かせてくれていたようだ。


「そういうことなら、夕食の席でお話しさせていただきます」


 そう答えると、俺たちは村へと入り、ナイルさんの屋敷へと向かう。

 今もまだ村人たちからの視線は感じるが、食糧事情が改善できれば状況は一変するはずだと信じて、俺は前を向いて歩いていく。


「戻ったよー!」


 ティナさんが屋敷の玄関からそう口にすると、中からルミナさんが現れて出迎えてくれた。


「おかえりなさい。どうでしたか? すぐには難しいでしょう?」

「すごいよ、お母さん! リドルさん、もう土の改善ができるかもー! って言ってたの!」

「そうよね。すぐに改善できちゃうんだもんね。……え?」


 えっと、そうです、よね。できないと思っていましたよね、はい。


「……あの、リドル、さん?」

「えっと、なんでしょうか?」

「娘の言っていることは、本当なんでしょうか?」

「そうですね、可能性は見つけてきました。それで、夕食の席でナイルさんに相談をと――」

「あなた! すぐに来てください、あなたー!!」


 ……どうしよう、何やら大事になりそうな予感がしてきたぞ、これは。

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