第10話
一か月後、蒼空とはすっかり打ち解けて兄弟のように気を許せる相手となった。仕事も無事見つかったと言う彼は家を出て行くと言ったが、三笠はなぜか『このままいてくれ』と引き留めた。だから、蒼空は未だに三笠の家で生活をして仕事にも通っている。
三笠も、毎日が楽しいような気がした。以前のように、ただ何となく生きているという感覚は抜けてきたようだ。
そんなある日の午前中、三笠は署で雑務を終えてから事件の捜査に出かけるところだった。署の一階を歩いていると、入口から見知った顔が入ってくるのに気付いてしまった。
『あ……』
とても嫌な予感がする。心拍数が異様に跳ね上がり、胸がざわついて仕方ない。
『何で、アイツが……』
地球上で、最も会いたくなかった相手だった。忘れたくても、忘れられない相手。
「あれ、豊じゃないか。久しぶりだなぁ」
三笠の存在に気付いた相手が、わざわざ声をかけてきた。正直、返事すらしたくない。けれど、無視するわけにはいかないだろう。かつての先輩だから。
「……久しぶりです……」
「ちょっと用があって来たんだ。元気だった?」
「まぁ、取り敢えず」
「後で、ちょっと話せないか?お前のとこ行くからさ」
「俺は話ことなんてないです」
三笠は憮然とした表情できっぱりと断った。
「つれないなぁ、相変わらず。あの時は、俺も悪かったと思ってるからさ。もう何年も経ってるんだし、水に流してくれよ」
男は軽い調子で肩を叩いてきた。それだけでも嫌悪感が湧いてくる。この人にだけは触れられたくない。
「できませんね」
いつまで引き摺ってるんだと自分でも思う。この人には、もう関わり合いになりたくないのだ。
「すみません。急ぐんで」
そう言い残して、三笠はその場を足早に立ち去った。「おい!」という男の声が聞こえた気がしたが、構わない。
その日の午後五時半頃に、三笠は自分の席でデスクワークをしていた、あの男に会ってしまったのもあり、今日は余計に疲れた気がする。
気力を出してパソコンのキーボードを叩いていると、後ろから声をかけられた。
「仕事、まだ終わらないか?」
振り向くと、そこにいたのは三笠のテンションを下げる原因になっている男だった。思わず深い溜息が出る。
「東郷先輩……」
「ちょうど、ここでの用事が終わったんだ。これから、もう一つの用事足そうと思ってな」
正直、『そんなこと知ったこっちゃない』と思った。
「何です?その用とは」
「お前と話すことだよ。これも用事に入れていた」
「言ったじゃないですか。俺は、アンタと話したくない」
構わずに、三笠は仕事を続けた。
「なぁ。いいだろ?今日は早く切り上げてさ、メシ食いに行こうぜ」
「まだ早いですよ。それに、仕事終わらせないといけないんで」
三笠は抑揚のない声で答えた。すると東郷という先輩は、「じゃ、待ってる」と言いその場を離れた。
一体、なぜここまでして自分と話したいのか。三笠は再度溜息を吐いた。
面倒に思い、三笠は東郷を放っておいて帰ろうかと思った。でも、そんなことはできるはずもない。
二時間が経った午後七時、ようやく仕事も片付き帰ろうとすると、「腹減ったぞー」と言いながら東郷が現れた。
「まだ終わらない?」
「いえ、もう終わりましたけど。今日は疲れたんで、帰ります」
パソコンを閉じて席を立つ。その場を立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
「そりゃないだろ?せっかく待ってたのに」
『勝手に待ってただけだろう』という気持ちと、罪悪感がせめぎ合う。
「……」
「な?いいだろ。ちょっとくらいさ。メシ行こうぜ。俺奢るからさ」
「……分かりました」
結局、三笠は東郷に引っ張られるようにして署を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます