第4話
そしてその二日後、蒼空の義父である山之内義明が発見され、拘束された。
山之内が慌てて現場アパートから出てきたところを、見かけた人が現れたのだ。
取り調べは三笠が担当することになった。初めて見た山之内は、ただの会社員には見えない。どこか“その筋”の人間のような雰囲気を醸している。
「あなたが奥さんを刺したんですか?」
「あぁ、そうだよ。俺と別れたいって言うから、口論になったんだ。それでカッとなり刺しちまったんだよ。俺から離れられるわけないのにな、バカな女だ」
吐き捨てるような物言い。全く反省の色は見えない。むしろ、被害者を侮辱するようなことまで言っている。
罪は早々と認めたが、愛して一緒になったはずの妻を殺した罪の意識はないのだろうか。
『罪悪感まるでなし、か……』
「息子さんの蒼空くんが、あなたが仕事以外にも何かしてるようだと言っていました」
その言葉に、山之内は顔を顰(しか)めた。
「それがどうした」
「いや、何をしているのかと少し気になっただけです」
「あまり、好奇心は持たない方がいいな。まぁ、知りたきゃ自分で調べろ」
男の吐き捨てるような物言いに、三笠は内心溜息を吐いた。目の前の男が、蒼空やその母親に暴行を加えていたというのは信ぴょう性がありそうだ。
「分かりました。そうさせてもらいます」
三笠は山之内の言葉を軽くかわすことにした。山之内はその後、蒼空の母親を殺害したとして正式に逮捕となった。
事件が解決してから数日後に、三笠は再び二丁目のルリ子ママの店を訪れた。事件も1つ解決したため、ホッとしたのだ。
しっぽりと一人で静かにカウンター席で飲んでいると、男性客が一人入ってきた。三笠が来店してから三十分ほど経っただろうか。
すると、入ってきた男を見て三笠は唖然とした。入ってきた男が蒼空だったからだ。
「君……」
「あ……」
蒼空の方も三笠を見付けて驚いたようだ。そしてすぐさま気まずそうな顔をした。しかし三笠は、穏やかな笑みを向け蒼空を誘うことにした。
「良かったら、一緒に飲まない?」
一瞬躊躇ったものの、蒼空は三笠の隣の席に腰を下ろした。
「ジントニック……ください」
蒼空はようやく聞こえるくらいの小さな声でルリ子ママにオーダーした。
「はい。ちょっと待ってね」
ルリ子ママは、笑顔で応じると手早く酒を造る。
「あれから、元気にしてた?ずっと気になってたんだ。君がどうしてるか」
「……」
蒼空は俯いたまま、何も話さない。警察を出てから、何かあったのだろうか。三笠はますます心配になってしまう。生来のお節介焼きのせいかもしれない。
そうしている間にジントニックが蒼空の前に置かれ、彼はそれに口を付けた。
「良かったら、相談に乗るよ?」
「……実は、あの後仕事をクビになったんです」
「え、工場を?」
三笠は驚いた。蒼空は解放されてからどうしているのか気になっていたが、まさか仕事を辞めさせられていたなんて思いもしなかった。
「はい……。俺が母さんを殺したと疑われたから、世間体が悪いとかって……社員寮も追い出されました」
「え?本当に?何もそこまでしなくても。君は何もしてないのに……」
「一度容疑者になってしまえば、やはりどこからか噂が入ってきてそれが広まるから、置いておけないみたいで」
そう言いながら、蒼空は肩を落とした。
「それはあんまりじゃないか!」
つい、三笠は理不尽さに怒りを覚えた。確かに蒼空は事情聴取を受けたが、逮捕されたわけではない。これは不当解雇ではないのか。
「不当解雇だろ?そんなの。労働基準監督署に……」
言い終わる前に、蒼空が手で遮った。
「仕方ないんです。俺、会社に前から辞めさせたがられてるの気付いてました。今回のことは、辞めさせる良い口実だったんだと思います」
「そんな……」
蒼空の乾いた笑顔に、三笠は何ともやるせない気持ちになった。
「体のいいリストラに遭っただけです。厄介払いされたって感じですかね」
蒼空は無理に笑ってみせるが、その笑顔が痛ましい。
「今は、どうしてるの?」
「友達のところに世話になってたんですけど、ちょっとそろそろ無理になってきて……ネカフェで寝泊まりしてます」
「なるほど……」
聞いていると、三笠の胸も苦しくなる。
「新しい仕事も探してるんですけど、なかなか……」
金はあまりないのだが、飲みたくなり久々にここを訪れたのだという。
「もし、もしよかったらなんだけど……」
三笠は思い切って切り出した。
「はい?」
「君さえ良ければ、うちに来ない?」
「え?」
蒼空は大いに驚いたようだ。戸惑いに瞳を揺らしている。
「広いわけでもないけど、君の部屋は確保できるよ。俺は一人暮らしだし気兼ねしなくて良いし」
「で……でも……」
「今日もネットカフェに行くつもりだったんだろ?俺はいつまでいてもらってもいいからさ。ぜひおいでよ。な?」
「いえ、俺は殺人犯の息子ですよ?そんなわけにはいきません」
「そんなこと。君が悪いことしたわけじゃないだろ?」
「そうですけど……いいんですか?」
「もちろんいいよ。迷惑じゃないから、気にしないで」
三笠は笑顔を向けると、少し思案した後で頷き「じゃあ、お願いします」と小さな声で呟いた。
「よしっ!じゃあ、決まり!」
三笠がそう言うと、ルリ子ママが近付いてきた。
「何々?もう二人仲良くなっちゃったの?」
興味深々といった感じだ。
「いや、ちょっと……」
三笠は笑いながら胡麻化した。事情はあまり細かく話さない方が良いかと思ったのだ。
「あら、いい雰囲気じゃない」
なおもルリ子ママは追及してくるが、雰囲気良く見えるだろうか。
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