十年では変わらないもの

「千波、どうだ?」

「どうだって言われましても…………車が空飛んでたり、空や海の色が赤になっているわけでもないし、十年ぶりなのに景色は変わり映えしてなくて正直がっかり……」


 わたしはお父さんとお母さん、そして陸と一緒に車で約十年ぶりになる我が家へ向かっていた。


「逆に姉さん、見たいものとかはないの?」

「え~……、特にないよ」


 陸人も一度外に出れば退院したわたしのテンションが上がるんじゃないかと思っていたのだろう。

 いや、本音を言えばわたしももっとテンションを上げたいんだけれど、何分想定の倍以上寝ていたからなのか、……それとも心の整理が着いてないだけかもしれなのかな。


「まあ、車に乗っているだけじゃ実感しにくいところもあるわよ。——あ、渚から連絡があったわ、部活が速く終わったけど、もう病院は出発した? って」


 今車に乗っていない渚は、高校の部活に出席している。

 渚は絶対に来る! って言っていたけれど、わたしからしたら大したイベントじゃないし、そこまでしてきてもらっても期待に沿えないだろうから、わたしが説得して部活の方に行ってもらった。


「そうか……じゃあ予定より早く家に全員集まれそうだな、母さん、車で迎えに行った方がいいか聞いてもらえるか?」

「分かったわ。…………あ、渚から返信があったわ。だったらついでに集まってお昼を食べない? って提案しているわ」


 外食か。……差し入れが多少はあったとはいえ、病院食ばかり食べてたんだよね、結構元気なのに。

 ここは少しぐらい我儘を言ってもいいかな。もしかしたらこの十年の変化を実感しやすいかもしれないし。


「じゃあさ! まだあったらなんだけど、わたしが好きだったハンバーグのレストランに連れてってよ! チェーン店だし渚の学校の近くにもあったりしないっけ?」

「あー、確かジョルマンだったな。特に規模が大きくなっていないとはいえ、まだ普通に運営しているぞ」

「じゃあ決まり! 陸人! どこにお店があるのか調べて! わたし今なにも持ってないし!」


 分かったよ……、と渋々漏らしている陸人に、わたしはお店の場所をスマホで調べてもらう。

 ん? そう言えば……。


「お父さんお母さん、もう一つ我儘言ってもいい? しのの連絡先、あとでわたしのスマホを用意したら連絡先教えてもらうはずだったよね?」

「ええ。お見舞いの時によく会って、連絡は取り合っていたから」

「しのが今住んでいるところって、確か渚の高校の近くなんだよね? もしよければ会ったりできないか聞いて貰っても……いい?」

「遠慮しなくていいと思うわよ。仕事の合間を縫って大崎さんも何度か会いに来てくれていたじゃない」


 しのはすでに二二歳、つまりは高校を卒業した後すぐに働き始めている。

 それを聞いた時、しのはもう違う世界に行ってしまったんだ……と思ったけれど、しのは土日や毎日じゃないけれど平日も忙しいはずなのに、何度も会いに来てくれた。

 でも正直、──いや、これ以上深く考えちゃいけない気がする。

 お母さんも連絡を取ってくれているし、まあいきなり来れるかどうかは分からないけれど、病院以外でゆっくり話せたらいいな。

 そして車で約一時間程走って、渚の高校近くにある、ハンバーグが中心のファミレスチェーンに到着した。


「……あ、結構かかったね?」


 渚の高校からは歩いていける程度の距離にあるから、渚は直接現地集合だったけれど、既に到着していた渚は外で待ってくれていたみたい。

 ……わたしの我儘で待たせたのなら申し訳ない。


「渚、ごめんね。寒かったのに……」

「え? いやいや、別に一人で待っていたわけじゃないから大丈夫。今日ぐらいお姉ちゃんがわがまま言っても誰も気にしないからさ」 


 わたしは急いで車から降りて、渚の元へ向かったけれど、……なんか逆にお姉さんをされている気がして悔しいけれど、やっぱりこういう時に経験の差は出てきてしまうのかな。

 沈みかけていた気持ちを顔に出さないようしつつ、わたしたち一家は六人掛けの大きな席へ案内された。


「そう言えばお姉ちゃん?」

「ん? どうしたの渚?」

「いや、……子供料金とかどうなるんだっけ? あと少しで中学生とはいえ、すごくややこしくない?」

「えーっと、わたしがイレギュラーな例で、その都度判断をすることは難しいから、公共の場で使うための、ダミーの生年月日を用意して貰ってるの。だからお酒とかは飲めないし、飲んだりもしないから安心して」

「成程、じゃあまだギリギリお子様ランチは頼めると」


 渚はニヤニヤしながらわたしに子ども用のメニューをそっと差し出すけれど、……そういうことか!

 こいつ! 姉をからかって!


「頼まないよ! ……とはいえ、どんなメニューになったか気になるから見ちゃお」

「結局見るんだ」

「……、もう見た。値段以外大して変わってなかった」

「だろうな。姉さん、メニュー表」

「ん、ありがとう、陸人」


 陸人が身体を伸ばして、わたしから遠い位置にあったメニュー表をとってくれたけれど、……こういう時、改めてわたしと陸人との体格の大きさを否応なしに実感させられる。

 ……なんかわたし、さっきからどこか嫌なことばっかり考えてしまっている気がする。

 きっとお腹が空いているからかな、ここはいっぱい食べて気を持ち直そう。

 さて、なにを頼もうかな──

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