68.テラスにて

 リゼは(次のお客様とは……)と思い、振り返るとラウルが歩いてくる。他の知らない人ではなくて安心した。


「やぁ、リゼ。僕とも一曲いかがかな?」

「はい、ラウル様。喜んで」


 二人は踊り始める。リゼはルークに教えてもらったラウルの真実についてを少し考えていたが、ラウルはやはり気になるのか、アンドレの話題を振ってくる。


「アンドレ王子の件、すごかったね」

「そう……ですね。まだ困惑しています……」

「そうだよね。あれはある意味で王族からの婚約したいという申し出だからね」

「不釣り合いにもほどがありますよ……」


 伯爵家と王族の縁談というのはそう簡単にあるものではないため、リゼは困り顔で言う。


「でもリゼの家系って先祖を辿ると他国の王族なのではなかった?」

「もう五百年も前のことです……いまではすっかりこの国の住民です」

「普通に釣り合う家柄だとは思うけどね。そういえば、中立派として様子を見ていた貴族たちがアンドレ王子の派閥を作る可能性があるかもしれないよ。ルイ派やジェレミー派からも離脱者が出るかもしれないね。さすがにブルガテド帝国の大公の孫で皇帝の親戚となるとすごい影響力があるし」

「あ~……すでにそういう動きがあるような気がしています。これからより一層、王位継承権争いが激しくなるかもしれないですね……」


 アンドレ派がこのタイミングで発足するとなると、王位継承権問題がより熾烈しれつを極めることになるかもしれない。本来は巻き込まれたくないが、すでに巻き込まれつつある。とはいえ、ジェレミーやアンドレと一切関わらないというのは、いまのリゼにとっては無理だ。どうすればよいのか、いまはまだ分からないため、状況を注意深く見守るしかない。

 そして、リゼの懸念にラウルは同意する。


「そう思うよ。そのアンドレ王子からあんな風に好意を宣言されたリゼは注目の的になっていくだろうね。いや、もう注目の的かな」

「確かにそうですよね……私、どうすれば……」


 先が思いやられる事態だ。ほぼすべての貴族がいる前で婚約したいといわれては、目立つに決まっている。アンドレ派は今後、ランドル伯爵家に近づこうとしてくるだろうし、ルイ派やジェレミー派がちょっかいをかけてくる可能性もある。


「それに転移の件の犯人も捕まっていないし、気をつけないとまずいと思う」

「憂鬱です…………」

「落ち込んでいるところで申し訳ないのだけど、高嶺の花になってしまう前に僕からも告白させてもらおうかな」


 ラウルの発言にビクッとする。腰を引き、目をつぶり手の甲にキスをしてきた。

 そしてゆっくりと目を開いてリゼを見つめる。 


「ラウル様!?」

「そんなに驚くことかな? 少し語らせてもらおう、リゼにどうして惹かれたのか。きっかけはやっぱりあのお披露目会だよね。剣術を学びたいと言うリゼの言葉を聞いてどれほどの熱意かなと最初は思ったんだけど、あれから練習を頑張るリゼを見て、この子は本気なんだなと感心したんだ。普通、この国の貴族は剣術を仕方なくやる人が多いし、カッコいいから試しにやってみて辛くて投げ出すという人もいるしね。でも、リゼは違った。それからは気になる存在となり、エルの縁談の話の時に心穏やかではない自分の感情に気づいた。そう、君のことが好きだとね。もし縁談を受け入れてしまったらどうしようかと本当に悩んだよ。絶対にリゼを誰にも渡したくない。君の願い通り学園入学後に告白させてもらうけど、言わせてくれ。嘘偽りなく、君のことが好きだ」

「ラウル様……」


 本気なのだろうと認識するしかない。まっすぐとリゼを見つめる目が真剣そのものだ。


「おそらくジェレミー王子からも告白されたと思うけど、僕たちの気持ちは気づかなかった?」

「そうですね……今思えばエルに何かとジェレミーが突っかかっていましたし、ラウル様も試合を止めませんでしたし……そう言うことだったのかと……」

「ジェレミー王子とは我々二人のどちらかがリゼと結ばれても恨みっこなしということで話がついているんだ。よし、今日は気持ちを伝えられて良かったよ。あまり抱え込まずに返事は考えなくて良いからね。学園入学後にまた告白するよ。ライバルは強大だけど、僕も頑張るよ。では、広間に戻るね。リゼはどうする?」

「そうだったのですね……お心遣い感謝いたします。私は少し心を落ち着けたいので、少しここに居ます」

「分かった。聞いてくれてありがとう」


 ラウルもジェレミーと同じように満足げに、広間に戻るのだった。リゼは少しの間、夜風にあたって心を落ち着かせることにする。


(はぁ……どうしようこれから。私、まだ人のことを好きになったことがないから、たぶんみんなと普通に接することができると思うけれど、みんなはそれで良いのかな……)


 それから広間に戻ったリゼは、伯爵たちのところに向かうのだった。


「リゼ……」


 伯爵はリゼの顔を見ると神妙そうに声をかけてくる。伯爵夫人はその横で穏やかな目で見つめてきていた。


「はいお父様……」

「すごいじゃないか! あのブルガテド帝国の子爵になるとはね。おめでとう。我が娘ながらあの帝国の爵位を持つ貴族なのかと思うと驚いてしまうよ。とても感慨深いね。領地管理についてはリゼには話していなかったけど、今度教えてあげよう。それに、アンドレ王子の告白にも驚かされた。それで……アンドレ王子にはなんと返事をするのかな?」

「いきなりのことで私どうすれば良いのか……」


 珍しく乗り気な伯爵に圧倒される。リゼとしてはとくに生活の変化を望んではいない。


「リゼ、あなたはアンドレ王子のことをどう思っているの?」

「そうですね、お母様。私は……本当に生きるか死ぬかのダンジョンで命を預け助け合いましたし、絵の話もあいます。大切な存在ではあるかなと……好きとかそういうのはよくわかりませんが……」

「そう。では今後はその気持ちを確かめていくことが大切になってくるわね」


 伯爵夫人も乗り気なのか、今後の方針を語りだす。


「はい……あのお父様、お母様。でも実はジェレミーやラウル様からも告白されてしまって」

「なんだって!」

「なんですって!」


 リゼの言葉に驚きのあまり、しばらく言葉を失う二人。


「私、もうどうすれば良いのか……」


 黙り込む二人にリゼはアドバイスを求める。現状の最適解などリゼには分からない。


「うーむ。少し考えなければならないな。薄々感じてはいたが、まさかジェレミー王子もこのタイミングでか……それにラウル、彼までも……」

「あなた、アンドレ王子とジェレミー王子は異母兄弟。これが原因でギクシャクするということは……」

「あるだろうな。まあでも成り行きを見守るしかないだろう。一つ言えることはルイ派からは一度抜けよう。ルイ王子には約束を反故にして申し訳ないと伝えておくよ。この状況を考慮するとルイ王子までも巻き込む可能性が高いからね。そうするとさらに複雑化するからその可能性は排除しておこう。何よりもリゼが幸せになるのが一番だからね」


 伯爵とルイの約束を知るリゼは申し訳なさそうにするしかない。王冠の話だ。


「私のせいですよね……ごめんなさい……」

「気にしないで良い。あくまでリゼの善意がこういう結果になっただけであって、いけないことではないからね。むしろ彼らの人生を変えたのかもしれないよ。良い意味でね」


 伯爵から優しくそう言われたリゼは、少しだけ考え込む。


(人生を変えた……確かにゲームとはかなり異なる展開になってしまっている。アンドレの真相が分かるのは、本来は個別ルートの終盤の展開だし……。エルは十二歳でこの国に馴染もうとしている。ジェレミーにいたっては本来関わることもないはずだった私と遭遇してだいぶ魔法や剣術のマニアみたいになってしまっているし……。ラウル様は……本来殺されていたはずが、運良くその運命を回避して今に至る。人生を変えた……のかもしれない。結果的には、良かったのかな……? でも流石にもうこれ以上は目立ちたくない。今後はとにかく気をつけて行動しないと。まだ見ぬ攻略キャラや主人公であるレイラとは会わないようにすることも重要ね。すでにロイドとは遭遇してしまっているけれど、ジャンには会ったことがない。名前が違ったり外見が違ったり、色々と罠があるので見極めないと……二度あることは三度あると言うし……。待って。ジャンもロイドもこの会場にいるのでは? まずい……)


 辺りを警戒しながら伯爵たちと話を重ねているとエリアスがやってくる。


「こんばんは。伯爵、伯爵夫人、それにリゼ」


 伯爵たちは簡単に挨拶すると二人で話せるように少し離れたところに移動したのだった。


「テラスに出ていくのが見えましたけど、ジェレミー王子やラウルさんから何か言われましたか?」

「そうですね。実はその」

「告白されました?」


 エリアスはタイミング的にここしかないだろうと察していたのか、的を射た質問をしてくる。


「はい……」

「そうですか……王族二人に公爵家、困りましたね」

「まだ困惑しています」


 エリアスは困ったという表情だ。リゼはというと、さらに困惑顔だ。


「でも絶対に勝ちますよ。そのために努力するつもりです。そうだリゼ、ダンジョンは中級だったのですか?」

「はい。少し油断していて危なかったです」

「すごいですね。僕も中級ダンジョンに挑みましたが、騎士たち十五人と一緒でしたからね。二人でクリアしてしまうとは流石だなぁって思いますよ」

「聖遺物ダンジョンの怖さがわかりました……エルも初級を飛ばして中級ダンジョンにチャレンジしたんですね。本当に命がけでした」


 そういえば、ダンジョンの難易度については手紙に書いていなかったなと思い出した。同じように中級ダンジョンの恐ろしさを理解してくれるエリアスの存在は喜ばしい。


「リゼに良いところを見せたかったので。確かに危険すぎますよね」

「すごいです。今度一緒に初級ダンジョンに行ってみたいですね。中級はやっぱり怖いなという印象になってしまって……もう少し強くなってからチャレンジしたいです」

「もちろんですよ! 是非いきましょう!」


 エリアスはリゼの提案に興奮気味だ。


「楽しみです! とはいえ、ダンジョンといえば少し不安なこともあるんですよね。まだ私たちを転移させた犯人が見つかっていなくて」


 ダンジョンは楽しみだ。しかし、ダンジョンの話で盛り上がったところでまだ犯人が捕まっていないということをふと実感した。そう、リゼの不安と言えば、目立ちすぎてトラブルに巻き込まれたくないということであるが、すでに明確に敵意を向けられている相手がいまだに野放しになっているというのは悩みの種でしかない。もしかしたらこの場にいるという可能性もある。


「本当に許せないですよ。また次にいつ何をされるか分かりませんから用心してください」

「ありがとうございます! 気をつけますね」

「そうだ。もし良ければなのですけど」

「なんです?」


 なんだろうと首をかしげる。


「僕にも絵を描いてくれませんか? 指定は何もないので描きたいものを描いてもらって大丈夫ですが」

「そういうことでしたら、もちろんです!」


 なんだかんだいって攻略キャラであるエリアスも何かと積極的に動いてくる。彼としては無意識の依頼かもしれないが、絵を描いている間はエリアスのことを必然的に考えることになるためだ。


「その絵を見ながらリゼに相応しい男になれるように日々がんばります。あ、そうだ。次の剣術大会で優勝して早く中級レベルになれるようにしますね!」

「エルのスキルの防ぎ方や変則的な魔法の使い方など、とても参考になりますので対戦できるのが楽しみです!」


 そうしてエルと歓談していると、大公から話に来るようにと伝言を受けたリゼなのだった。

 

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