第一章 第二話 ファーストコミュニケーション

「ハ……う……」


 息づかいがある……生きている!?


 その姿は古典にでてくるような悪魔で、肌は黒紫色をしており、大きさは昔動物園で見たインド象ぐらいある。


 言葉にならない声が出て、その場で腰を抜かす。しかし、すぐにその巨大な怪物の方が一大事だということに気が付いた。


 少なくとも人型であるのを想起した俺からはそう見えた。


 両腕両足……どころか下半身は全てがもがれているようだ。


 止血はしているようだが非常に弱っているようにみえ、苦しいのを隠すような息づかいを感じる。


 原型が分からないほどに損傷した翼のようなものが生えており、置物ように上半身だけで直立している。


 こんな時は……コミュニケーション…そうファーストコミュニケーション。コミュニケーションが大事!!


 さっき声が脳内で聞こえたことを思い出し、なんとか会話をしようとする。


「…ハ…はじめまして、『竜肝蛍(リンドウホタル)』と申します。

もしかして……さっき話しかけてこられたのは……あなたですか?」


 恐る恐る言葉を紡ぐ。


「……はい、私です。異世界から来た『悪魔のアリトン』と申します。閉じ込めたのも私です。どうしても必要なことでして、他に手がなくこのような強引な手に及んでしまいました。

 決して危害は加えません。それにしても、はじめて私を前にして気を失わず、さらに話しかけるとはやはり……」


 成功!!ファーストコミュニケーションは成功!!


 やはり会話ができるようだ。今悪魔って言ったか?


 深く重たく、どこか気品のある声が脳内に響く。


 高い知性を感じ、口調も優しく、そのため、ほんの少し恐怖心が薄れる。


 危害を加えるために閉じ込めたのではないようだ。それにしても悪魔が実在したとは。


 いや、それともこれは夢か?そう思いかけたが、洞窟の冷えた感覚と、心臓の鼓動が現実から目を背けることを許さなかった。


 聞きたいことは他にもたくさんあるが、まず一番確認したいことを聞こう。


「閉じ込めたのはなぜですか?」


 悪魔はうつむいて考え事をしているようだったが、話しかけるとこちらに意識を向け、話しはじめた。


「これから突拍子もないことを言うようで恐縮ですが、全て事実です。私には時間がありません。落ち着いて聞いて下さい。

 まず、私は別の世界の存在で、あなた方の世界にはない魔力というものを有しております。その魔力を用いた魔法により、空間をあなたの世界から切り離しました。そのためこの空間はどの世界にも属さない空間となっています。

 私の残る数少ない力でこの空間を保っています。そのため呼吸し続けることは可能です。

 また、言葉が通じているのも魔法によりあなたの脳に私の伝えたい意識を送り、伝えているからです。ここまで大丈夫ですか?」


 大丈夫な訳ない。


 本当に俺は頭がおかしくなったのかと思いかけたが、気を強く持ち、聞き続けることにした。


 俺が軽く頷くと、悪魔は話続ける。


「私はジュメールと呼ばれる世界からきました。今その世界では人間と魔物が対立しており、その対立は激化するばかりです。そこであなたにその世界に行ってもらい、世界を終わらせてもらいたいのです。その代わりに、あなたの願いを一つ叶えましょう」


 ……いよいよファンタジー染みてきた。口がぽかんと開く。


「ファンタジー過ぎて訳が分からない」


 ため口で声に出してしまった。


「あなたにとってはそうでしょう。しかしそれは順序が逆だからそう考えるのです」


 ……どういうこと?首を傾げると悪魔は話し続けた。


「あなた方は元々私たちの世界から異常転移してきたものです。異常転移には第一次異常転移と第二次異常転移があり、どちらも魔力を持たざる者が転移したようです。

 第一異常転移においては多数の者が転移しました。原始文明であったため、文献がそちらで全く残っていないようです。

 第二次異常転移は少数の者が転移したようです。あなた方の時代でいうとシュメール文明の前後にあたるようです。シュメール文明期の人類の急激な文明発展と英雄譚に対する信仰が根付き、安定化する世界の中で、変異を重ねて現代のファンタジーと呼ばれるものが残りました。そして、この世界の人が現実ごとのようにファンタジーを受け入れ興味を引き続ける文化の土壌ができ、今へも続いていると考えられます。

 古代メソポタミア文明における古代人がシュメール人と呼ばれるのも私たちの世界のジュメールという言葉が変化したものだと考えられます。もっとも、異常転移が起きる要因であったゴーレア火山は大昔に自然災害により崩れ落ち、二度と異常転移が起こることはないとのことですが」


 またとんでも話が飛び出したな。分からないことが多すぎる。


 ん?ちょっと待て……バカバカしくて軽く聞き流していたが、さっきすごく大事な話をしていなかったか?


「世界の話をする前に、さっき世界を終わらせてほしいっていったよな?」


「はい、確かに言いました」


 この悪魔は世界を終わらせるとかいう目的で俺を閉じ込めた、それが意味することは……


「お前の目的を果たすために俺が必要だった。だから俺を閉じ込めた。そうだろ!?」


「……はい」


 少し申し訳なさそうに、悪魔は返答する。


 俺の中で、恐怖を超えて怒りがこみ上げてくる。


「ふざけんなっ!!出せよっっ!!」


 しかし、怒鳴っても相手は落ち着いている。俺は悪魔の満身創痍な体をにらみつける。


 あの紫色の光は人を……俺を呼び寄せ、使うためだったのだということに気が付きさらに怒りが増す。


 俺は足元にある手のひら程の大きさの石を拾う。


「……ここから出さないならお前の命を奪っても出るぞ。」


 帰らなきゃいけない。


 じゃないと両親はどうなる。


 それに俺の人生は?ここで巻き込まれて転移なんてするわけにはいかない。


 今の相手なら俺でも……きっといける。なんにしても脅してみて反応を見よう。


「私の命を奪ってもここからは出られません。嘘だと思い一か八か懸けてやってみるのもいいでしょう。......ですが、私の言っていることが本当だった場合、あなたはこの空間で餓死することになるでしょう。それでもいいならどうぞ」


 さっきと同じ冷静な声。 しかし、申し訳なさそうな顔は真顔に変わり、声は冷たくなっていた。 こうすることははるか前に決めていたのだろう。


 クソ……こいつ俺ができないのをわかって話している。


 さっきの話もやけにこの世界に詳しかった。


 きっと俺の家庭事情も探索魔法とやらで知っている。


 無害そうに話していてもやはり悪魔だ。


 こちらの心中を察してか、なだめるような口調で続けて話す。


「私が追い詰められているのは確かです。このように満身創痍ですからね。しかし、この状況抜きにしても、あなたもまた追い詰められている側のはずです。」


 俺は首を傾げる。悪魔は口調を変えず続ける。


「あなたのお父様が病気になられて、あなたはこの地元に帰ってこざるをえなかった。今は山仕事などで頭が一杯ですが、落ち着いたらどうでしょう?

 あなたが幼少の頃からこの地域には子供がほとんどいませんでした。わずかな数人いた元同級生や近所にいた同世代の方々はとうに地元を離れ、今やあなたに知り合いと呼べる者ほとんどいない。

 市役所に入って、片田舎で生きるというあなたのささやかな夢も叶わない。心を割って話せる者もおらず、独り言も増える一方。こんな状況であなたは幸せになれない。この洞窟を出たところで絶望の毎日、違いますか?」


「…………」


 想像以上に悪魔が俺のことを理解していたことに驚いた。しかし、それ以上に自分がすぐに言い返せなかったことに驚いた。


「……スゥ……ハァ~~~」


 深呼吸し、掴んでいた石を落とす。


 少しの沈黙の中考える。


 この悪魔は計画的に考えて俺をこの洞窟に閉じ込めた。


 これほど俺のことを理解している悪魔に交渉と脅しは意味をなさないだろう。


 少しの間、俺が悩んだ顔をして下をうつむいていると、悪魔は優しく話し始めた。


「……必ず約束は守ります。私の目的を果たしてくれるならば、私もまたあなたの力になりましょう。あなたの願い、そう、お父様の病を治し、この世界に君を戻し洞窟から解放します。あなたは自分の人生を歩みはじめるのです!!」


......それを聞いて俺はただただ怒りがこみ上げた。



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