アランと魔法のピアス

なつよし

始まりの依頼


 石畳で舗装された通りに、レンガや石造りの建物、商店が並ぶ街並み。


 人間の世界と然程変わりは無い様に見えるその街には、ピクシーやドワーフ、エルフに獣人と人間ではない様々な種族が暮らしている。

 

 所為人間の世界では、「異世界」と呼ばれる世界のとある地域。


 活気賑わうメイン通りから少し外れた細道通りの一角に、妖精族のルルシュカが営む魔法商店がある。


 魔法の道具や雑貨に素材、酒などを幅広く取り扱う商店には、ルルシュカの自作の商品も数多く並ぶ。


 いつも客足が疎で暇そうに見えるが、店主であるルルシュカの魔道具オタクな性格と独自開発されたおまじないに高品質な品揃え、店主の美貌も合わさってか、熱烈なリピーターや訳あり客、変わった依頼を持ち込む客等で支えられている。

 

 そんな魔法商店に、美しい黒髪に金の瞳、人を形取るも馬の耳が特徴的な妖精プーカの姿があった。

 

「報酬は君の望む魔道具だ」


 ニヤリと笑うプーカの話を聞いたルルシュカは、そのあり得ない依頼に頭を抱えた。


「要約すると、君はずっと魔法のない人間の世界で動けずにいた所を、青年に助けられたから、自分に代わってその子に恩返ししたい。って事であってる?」

「そうだよ。バッチリ合ってる」

 

(マジかぁ……)

 

 予想通りの依頼に、あからさまにガックリと肩を落とすルルシュカ。

 

「それって……具体的には何をしたらいいの?」

「そうだね。彼にお金を稼がせて、家を用意してあげたい」


 ルルシュカは感情を無くした表情で、何度か瞬きを繰り返す。プーカが何を言っているのか理解出来なかった。否、したくなかったのかもしれない。

 

 プーカは黄金の杯と呼ばれる魔道具を持っている。こちらの住人にとっては杯豪華絢爛な美しい杯だが、注がれた中身を人間が口にすれば、幸福に恵まれるという効能がある。

 

 それでよくない?とのルルシュカの考えに気づいたのか、その件も挑戦したが失敗したとプーカは苦笑いを浮かべた。


 事件の後、パブで飲む青年の酒を交換しようと何度か挑戦したものの上手くいかなかったが、その代わりに彼の望みは知れたらしい。


 青年は幸福に恵まれる機会を知らぬ間に失っていた。

 

(なんで上手くいかなかったかな……)


 うーん……と、難しい顔をして腕を組むと、上体を前に後ろに動かしては悩んでいるらしいルルシュカ。その様子をプーカは用意されたティーカップを手に楽しそうに眺めている。

 

(結構おかしな依頼を持ち込んで来る奴は一定数いるけど……今回の内容は今迄の比じゃないんだよなぁ)


「僕は別にいいんだけど?」


 カチャ……とカップをソーサーに戻して立ち上がるプーカは、挑発的に口の端を上げると座っているルルシュカをドヤ顔で見下ろしている。


(……ぅう)

 

 小さく唸ると目をギュッと瞑る。大きく深呼吸をすると、ペチンと自分の両頬を叩けば、プーカがその行動に目を丸くしていた。

 

「はぁ……分かった。その依頼を受けるよ。報酬は大切に取っておいてよね」

「ありがとう。君なら受けてくれると思ってたよ」


 クルリと指を回せば、一枚のスタンドミラーが姿を現す。


「鏡を見て」

 

 促されるまま素直に従う。金色の瞳が見つめ返したかと思えば、すぐに<魔法のない人間の世界>で出会った青年の姿が鏡に映し出された。


「わぉ! 凄いな。そうそうこの子だよ」


 その言葉に、今度はルルシュカが鏡を覗き込む。そこには黒髪に紫の瞳の青年が映し出されていた。


「どうしたの? もしかして、好みのタイプだったりする? 彼、人間にしては可愛い顔してるよねー」

 

 知らぬ間に口元が緩んでいたらしい。自然と綻んでいた表情に、プーカは本気か冗談か、ニヨニヨと同じように頬を緩ませて茶化して来た。


「そうかも。この子を紹介してくれるなんて、心の底から君に感謝するよ」

「……え? それは、どーいたしまして?」

 

 茶化しただけだったらしい。予想の斜め上の返答に、プーカは何度か目をぱちくりとさせる。


「お金と家ね」


 チラと金色の瞳を覗き見るルルシュカに、ニヤリと楽しそうにプーカが笑う。

 

「楽しみにしてるよ。あと、僕が感謝してるってお礼を伝えておいて」

「お礼もね。分かったよ。また連絡するから」

「そう。じゃぁ宜しく頼むよ」


 後手に手を振り退店するプーカ。


「これが上手くいけば、あの件もやっと終わる」


 ポツリと呟く声は誰にも届かない。


 ルルシュカは出かける準備をする傍ら、十年以上前に受けた依頼を思い起こしていた。


 ◇◇◇


「お、お待たせ致しました。お初にお目にかかります。私はオリヴァーの孫に当たります、アルフレッドと申します」

「ルルシュカ。好きに呼んでくれれば良いよ」


 訪れていたのは<魔法のない人間の世界>のとある地域の貴族のカントリーハウス。


 数日前にこの屋敷から連絡が入り、ルルシュカはようやく連絡が入ったか。と人間の友人を訪ねて来たのだ。

 

 「えーと……」という台詞から、少し間を置いて差し出された滑らかな白雪の手に、アルフレッドは挨拶の握手を自分から差し出せていなかった失態に気がつくが時すでに遅し。


 ルルシュカは、孫は祖父に似たのだなとぼんやりとアルフレッドを眺めていた。


 今は魔法道具で姿を変えているが、アルフレッドには自分の普段の姿が見えている事だろう。

 

「宜しくね」

「こ、こちらこそ!」


 アルフレッドの声が上擦ったが、特に気にする事なくルルシュカは挨拶を交わすと、部屋の隅から隅へと視線を移しては一向に現れない目的の人物を探す。

 

「それで、オリヴァーは?」

「オリヴァーは……。祖父は、先日神の元へと旅立ちまして」


 その可能性を全くと言っていい程に考えていなかったルルシュカは、きょとんと目を丸くしている。

 ゆるりと青い瞳が伏せられると、「そう」と呟き笑った。


 アルフレッドに促されて互いに席へ着く。ルルシュカの前に置かれたティーカップは、客室へと案内をされた際に出されたままの状態で置かれている。

 

「ルルシュカ様は、祖父とは……その……」

 

 アルフレッドの問いかけに、ルルシュカは視線を四方八方に散らしながら顎に手を掛け、首を前に後に。はたまた右に左にと傾げたものの、弾き出された回答は単純明快だった。

 

「オリヴァーとは、そうだね。強いて言うなら古い友人、になるのかな」

「そうでしたか。祖父との付き合いは大変だったかとお察しいたします。お世話になりました」

「本当にね」

 

 何度あのわがままに付き合わされた事だろうか。懐かしい記憶が思い起こされるが、思い出はそこそこにして、ルルシュカは遠い昔の知識を頭の古びた引き出しから引っ張り出す。


「こう言う時キミ達は、確か……ご愁傷様。って言うんだっけ」

「ええ、合っております。お気遣い恐れ入ります」

「それにしても、まさか連絡を寄越さないとはね。なら、私を呼んだのは」


 アルフレッドは肯定の意味を込めてゆっくりと頷いた。

 

「祖父のアトリエから貴女宛の手紙が出て参りました」


 歪に膨らんだ古びた手紙を差し出せば、華奢な手が封筒を受け取る。


 表に裏にひらひらと向きを変え、何も書かれていない事を確認すると封が切られた。

 中を覗き見たルルシュカは、二つに折られた手紙を取り出し目を通す。


 手紙の字を追う瞳は忙しなく動き、ふっと笑ったり、たまに眉間に皺を寄せたりと百面相を見せる。


 最後には眉尻を下げたルルシュカ。穏やかな笑みを堪えているが、その瞳には哀愁の色が浮かび今にも泣き出してしまいそうにも見える。


「相変わらず自分勝手なヤツだ」


 穏やかな声音が、オリヴァーとの関係がとても良好だった事を伺わせた。


「差し支えなければ、そこにはなんと?」

「簡単に言えば、伝言と依頼が書いてあるよ。キミに渡したいものがあるから、それを用意して欲しいって」

「祖父が私に渡したい物ですか?」


 はて、遺言には特にその様な事は書いて無かったのだが。


 祖父はルルシュカに何をお願いしたのだろうか。アルフレッドの頭の中は疑問で一杯になったが、その疑問に対する明確な回答は返って来なかった。


「すぐには用意出来ないかもそれしれないから、まぁ気長に待っててよ。本当は受けたくないけど、今回は特別だ。しっかり報酬まで用意されてるからね」

 

 封筒から取り出された小粒のブローチ。ルルシュカは品定めをするかの様に角度をいくつにも変えてジッと見つめている。


 イエローアパタイトが可愛らしく嵌め込まれたアンティークジュエリーのそのデザインは年代物だと伺えた。

 

「報酬……もしかしてそのブローチが、ですか?」

「そうだね。凄く良い品だ。あと、アトリエにある日記は捨ててくれるなって書いてあるけど?」

 

 ジュエリーを封筒に戻すルルシュカが、大丈夫?と視線を送くればアルフレッドはギクリと体を硬くする。


 数ページ確認して日記だと分かった何冊かの本は、勝手に見る訳にもいかないと捨てるか迷った代物だ。


 結果、紐で括られ部屋の隅で廃棄を待っている状態にある。アルフレッドは、オリヴァーがいる訳でもないのに、気まずそうに視線を泳がせた。

 

「まだ大丈夫です。日記はどうしたらいいか指示はありますか?」

「キミに読んで欲しいみたい」

「私に?分かりました。手が空いた際に拝読させて頂きます」

「どうせしょうもないだろうから読まなくていいと思うけど…。それと、紫の瞳の男の子って心当たりある?」

 

 その問いかけに、アルフレッドは首を静かに横に振った。


 紫の瞳など見た事がない。突拍子もない話しだが、手紙に書かれていたのだろう。


 アルフレッドが暮らすアルウェウス国では、ブルーかヘーゼルの瞳が一番多く、他にはグリーンの瞳を見るくらいだ。周辺国も同様で、紫なんて聞いた事も見た事もない。

 

「いえ……申し訳ないですが。その、渡して欲しいと言う物が何かはお教え頂けないのでしょうか?」

「うーん。宛先はキミだけど、依頼者はオリヴァーだ。それにプレゼントは貰った時が一番嬉しいじゃない」


 ふふふ。と怪しげに笑うルルシュカ。

 そう言われてしまえば何も言えない。アルフレッドは口を真一文字に結んだ。

 

 ならば祖父の事を聞きたい。答えてくれるだろうか。そんなアルフレッドの考えを他所に、カチャ。と小さな音を立ててカップがソーサーに戻される。


 ルルシュカは用意されていた紅茶を一気に飲み干していた。

 

「ご馳走様。準備が出来たらまた来るよ。キミにとって良い物かは分からないけど、珍しいものではあるから楽しみにしてて。無いとは思うけど用があればこれを」


 差し出されたのは、異国の字と星のような絵が描かれた紙切れ一枚。祖父であるオリヴァーが残した遺品にあった紙と一緒だ。


 この紙を数日前にアルフレッドが破ると、ルルシュカはこうして屋敷を訪ねて来た。

 

 アルフレッドはそれをとても大切そうに受け取った。

 ジャケットの内ポケットに丁寧に入れ込むと、席を立つルルシュカにならい渋々アルフレッドも席を立つ。


「分かりました。またお会いできます事、心より楽しみにしております」

 

 アルフレッドは引き止めたい気持ちを押し込めて立ち上がると、恭しくこうべを垂れた。

  

「久しぶりにその目が見れて良かったよ。ありがとう」

 

 ルルシュカはアルフレッドに、若き日のオリヴァーの面影を重ねたのか、優しい眼差しで琥珀アンバーの瞳を見つめている。

 

 ’’その目’’というワードに、アルフレッドは数秒遅れてようやく意味が理解出来た。ファーガス家には必ず一世代に一人、アンバーの瞳の子供が生まれる。

 初代だったか、二代目だったか。覚えてもないが、遠い先祖が昔助けた狼が妖精だったらしく、お礼に受けたという祝福は、人ならざる者を見抜く真実の瞳なのだと幼い頃に教えられた。ルルシュカを迎える瞬間まで嘘だと思っていたが……。

 

「こちらこそ貴重な経験をありがとうございます」


 「じゃあね」とルルシュカは手を振ってタウンハウスを後にした。


 ◇◇◇


(アルフレッドは今も元気で暮らしてるかな……?)


 久しぶりにあのアンバーの瞳を拝みたいものだ。

 

 出かける準備を終えたルルシュカは、鞄を手に友人の妖精の元を訪れると今回受けた依頼の相談を行い、力を貸してもらうようにお願いをする。


 友人の依頼を心よく引き受けた風の妖精シルフは<魔法のない人間の世界>での情報収集へと出かけていった。


 数日後に受け取った報告書を元に、ルルシュカは青年の願いを叶えるべく、案外楽しそうにシルフと計画を立てていく。


 十分後

 

「完璧だね」

「上手くいくかしら?」

「それはあの子次第だね。まぁとりあえず会えるようにセッティングからだね。ありがとうシルフ。しばらくの間宜しくね」


 上機嫌になったルルシュカは、早速<魔法のない世界>へと向かって行った。 

 

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