第10話 従妹襲来。

なんとなく、唯がヤキモチを妬くかと思ったが、山本家の話をすると「まったくぅ。櫂は仕方ないなぁ。カレーで誘拐とかされないでよ?」と優しく諭された。


「ヤキモチとか…」

「まあ普通ならね。でも私がそっちに行かないからっていうのもあるし、それに櫂は約束を守ってて、キチンと教えてくれるし、家に入れてないからさ」


俺はこの会話で、無性に唯にの顔が見たくなり、唯に会いに行ってしまう。


まあ小旅行。

これじゃあ来るのも嫌になる。


唯は[え!?来てくれてるの!嬉しいよ!待ってる]と返信をくれていて、駅で気長に電車を待っていると、隣の車両の乗り口に居たのは、あの高嶺麗華だった。


だが、声をかける気にもならない。

こんなところで声をかけて、乗り換え駅まで何を話すか想像もつかない。


赤羽駿が、昔淡い感情を持ってましたよ。

なんて言う意味もわからない。


他人は他人。


誰々が何々と言ってましたよなんて、「それで?」だ。

「それを言って、あなたはどうしたいの?」で終わりだ。


だから話す事はない。

だがまあ、3年が過ぎても高嶺麗華は高嶺麗華で、見た目も変わらず綺麗だと思う。


二度目のチラ見の時に、目が合ってしまった気がしたが、シカトしてしまおう。


ちょうど電車も来たし、乗り込んで無かったことにしてしまう。


だが降りる駅が同じで、乗り換えの改札に唯がいて、思い切り見られた気がした。


「唯?」

「にへへ、待ちきれなくて迎えに来たよ!」


俺の手を取って笑いかけてくる唯は、本当にあの街に近付かなければ、笑顔で明るくて、本当に俺には眩しい。


そんな笑顔が一瞬曇ると「視線を感じる」と呟く。


「ああ、そっか、この駅で待ち合わせも良くないかな」

「それは平気だよ。さあデートだよ」


唯とは終電までデートを楽しみ、帰宅をする時、帰りの電車にはまた高嶺麗華がいた。

視線は感じるが話す話題もない。


気にせずに帰る。


ひと気のない住宅街。

見られているのに人はいない。

なんて歪なんだろう。


こんな感じで、何もない日は山本からメッセージが届き、外の話をしたりする。

予定が合えば唯と出かけて泊まりをしたりする。


課題があれば家に缶詰になって、メッセージの返事は最低限になる。


そうなると山本への返信が滞り、滞ると近所で見かけることが増える。

生存確認のように話すと、山本は「またカレーにしたら食べにくる?」と言って帰っていく。


カレーで誘拐されないでねと言っていた山本がそれを言うかと思ったが、今回それはない。


俺のカレーの話を知った唯、唯の母さん、そして母さんがカレーを作って凍らせてくれたので、家で解凍すれば美味しく食べられる事になっている。

今度カレーを取りに行けばこんな事はなくなる。


そんな事を思っていたが、俺の手元に来たのはカレーだけではなかった。



関原藍せきばら あい

叔父の娘、俺のいとこになる。


高校二年生。

藍は2年のゴールデンウィーク明けから不登校になっていた。

叔父からどうしたら登校するかを聞かれた藍は、「お婆ちゃんのウチから通っていいなら行く」と言った。


これは叔父にも、父にも青天の霹靂で、あれだけ父に強く言っていた叔父は、「アニキ、家賃を出すから、藍を櫂と同居させてくれ」と言い出す。


父は、俺が男である事、いとこ同士とはいえ、未成年の男女が一つ屋根の下に住む事に渋い顔をしたが、叔父と叔母と藍が実家に来た日に俺は呼び出されて、「櫂、藍を頼む」、「信じてるからお願い」、「櫂、よろしくー」と言われて、「俺が断れば諦める」と言いながら、5人から高圧的に迫られた。


俺も関原家の人間で押しに弱い。


すぐさま唯に電話をして、「困ってるんだ。今実家、来てくれない?」と呼んで、朝のパン屋でバイトをしている唯に、バイト上がりで疲れているはずなのに来てもらい、駅まで迎えに行った俺は、ウチまでの間に唯に事情を説明して、「俺は将来を唯と生きていきたいから、唯が嫌がれば断るつもり。一応、いとこの不登校が解消されるのなら協力したい気持ちもある」と伝えた。


そして、簡単に言えば、母さんは藍の生活費があれば、うちの支払が多少マシになるから旨味がある。

叔父夫婦は藍が学校に通えば万々歳。


もう生臭い話まで隠さずにする事にした。


「櫂の旨味は?」


唯の言葉に「ほぼない」と返す。


「ほぼ?」

「ほぼ。あるとしたら、唯の所に行く時の留守番がいる事と、カレーが作れるようになる」

「カレー」

「カレー」


このやり取りに笑った唯が「じゃあ、その藍ちゃん達に、挨拶をしてから決めましょう」と言ってくれて、ウチまで帰ると宅配ピザやら何やらでパーティになっていて、唯も加えてパーティになってしまう。


父と叔父はいがみ合っていたのではないのか?と思ったのだが、案外仲が良く、2人でしみじみと、祖父母の思い出話をしながら酒を飲む。

母は唯を叔母に紹介して、「すごくいい子で、櫂といてくれて」と説明をしている。

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