第9話 咖喱之誘。
ある日、また買い物帰りに現れた山本から、「これから夜ご飯?」と聞かれた。
「うん。今日は暑いから冷やし中華作る予定」
「…いつも大変じゃない?」
「大変じゃないよ。慣れちゃったよ」
「凄いね。なんか同じ中学に行ってた人って思えないよ」
「ご飯作ってて嫌な事とか困る事ないの?」
「困る事かぁ、まあ一個これはってのはあるよ」
「どんなの?」
「カレー」
「カレー?」
山本がジェスチャーをしながら「あのカレーライスのカレー?」と聞いてくるので「そう。そのカレーライス」と頷いて答える。
その日は、外の世界の話ではなくカレーの話になって、唯にしたように1人用では足りないが、鍋いっぱい作っても嬉しくない話をすると、山本が「ウチ来る?ウチ、今日はカレーだよ?お母さんが居るから2人きりじゃないし、彼女さんも悪く思わないと思うよ?」と聞いてきた。
カレー…。
実家では唯が来ると、母さんが張り切ってご馳走を作る。唯の家でも唯がコレでもかと腕によりをかけて、学校で習ってきたご馳走を作ってくれる。
学校があれば学校側のカレーショップに行くが、この街にはカレー屋さんすらない。ファミレスに入ればあるが、ファミレスのカレーにときめかない。
牛丼屋もカレーのある牛丼屋もない。
「え?いいの?」
「ふふ。凄い顔だよ関原くん。お母さんは歓迎するよ。おいでよ」
俺は言われるままに山本の後をついていき、山本家にお邪魔をした。
「おかわりしてね」
「遠慮はいらないわよ」
そんな言葉でカレーを二杯も食べてしまう。
あまりの食べっぷりに「カレーで誘拐されないでね」なんて笑われてしまう。
食後、山本母はお茶と共にやってきて「久しぶりねぇ」と言うと、唯と歩いているのを何回か見たが、最近は見ないがどうしたのか聞かれて、学校が忙しくて、こっちに来るのは2時間くらいかかるから、1時間くらいの所で会ったり、俺が実家に顔を出すついでで彼女の家に行っていると、のらりくらりと説明しておいた。
俺の説明に山本母が「あら、真矢は失恋ね」と笑い、山本が「お母さん!」と目くじらを立てる。
なんて適当な事を言うんだと呆れてしまうと、山本母は「だって、中学の時に、関原くんがウチまで送ってくれたって、嬉しそうに話してたじゃない」と言って笑い飛ばす。
ああ、あれか。
納得した俺が「あの変質者の?」と聞くと、山本は「あの日、変質者が出たのはこっち側で、すごく怖くて、でも誰にも一緒に帰ろうって頼めなくて、困った時に関原くんは助けてくれたし、一木に邪推されても、言い返してくれたから嬉しかったの。それをお母さんが変な誤解してるの」と答える。
俺たちの会話に、山本母が「一木くんね。困った子だったわね」と言う。
俺はその日まで、親達が何を思っていたのかを聞く事もなくて、聞くと少しだけ意外だった。
人数が少なかったのに、何故か小学校の頃は一木のやつとは同じクラスになったことがなくて、あまり詳しくなかったが、一木は当時からアレで周りを困らせていた。
小学校の教師達は無闇に押さえつけたり、逆に一木を止めた事で生徒達の恋愛感情が爆発して、変な問題に発展したら困るとして、一木を野放しにしていた部分もあるらしい。
「保護者会なんかで、必ず最後の議題に上がるのよ。一木さんのお母さんは働いていたし、お兄さん優先で、こっちには来なかったから、よく議題に上がっていたわ」
「そうなんですか?」
「知らなかった」
「やあね。子供には言わないわよ。中には子供に聞いてみた親御さんもいたみたいで、それが問題になって、今度は【子供に変な質問をしない事】って話まで出たのよ」
聞けば、小学生の一木は中学よりも更にタチが悪く、弱味を握るようにクラスの男女の仲を邪推してでっち上げて、揶揄っていた。代わりに隣のクラスに拡散する事は知らなかったのか行っていなかったので俺は知らなかった。
一木が自分の子供の弱味を握っていると知ったデリカシーのない親が、保護者会から帰るなり、子供に「お前の好きな子は誰なんだ」と聞いたら事態が悪化して、子供がトラブルを起こしてきたらしい。
なんか小学校の時は同じクラスになった事がないからわからなかったが、一木は大概に面倒くさい。
俺たちは山本母の発言が呼び水になってしまい、堰を切ったように一木の不満が出てきてしまう。
「霜月と睦月は可哀想だった」
「それを言ったら、高知さんなんてチョコレートの材料を買う所を見られてから、ずっと後をつけられていたんだよ?バレンタインの日に学校で渡せなくて、夜になってもう大丈夫だろうって家を出たら、夜なのに後をつけられたんだから」
「男で言ったら、岩渕なんて、片思いだった越谷に呼び出されたって喜んで、日曜の朝に駅側の公園まで行ったら全部嘘で、一木が何人か集めて写真やら動画を撮りまくって晒してたぞ」
「………酷いねそれ」
それらを聞いていた山本母は、「あなた達も大変な時に、この街にいたわよね」と言いながらお茶を淹れなおす。
「お母さん?」
「ほら、関原くんの所なら、お爺さん達、第一世代が住んだでしょ?それで関原くんのご両親達、第二世代がそのまま大人になった頃は、人がたくさん居たから、他人の恋愛なんかにいちいち大騒ぎなんてしないのよ。それで私達も引っ越してきて、あんたや関原くん達第三世代が生まれてきたけど、人は倍々には増えていかなかったから、逆に人は減ってしまって、人との距離がおかしくなったのよ」
聞いていて確かにと思った。
そう、ここは人と人の距離がおかしい。
納得をする俺に山本母はまだ話を続けた。
「それにね。同じ時期に建売を買った人たちは、老朽化する頃も一緒でしょ?だから家の建て替えとか、修繕とかを気にして張り合うのよ。売るのも値段なんかも気にして…嫌になるわよね。次の世代はどうなるかしら…」
そうか、ここで終わりじゃない。聞いていて、なんかとても嫌な気持ちになりながら時計を見たら、いい時間だったのでお礼を言って帰ることにした。
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