Nostophobia-ノストフォビア-

さんまぐ

第1話 帰郷嫌悪。

最悪の学校生活。

勉強は別に問題ない。

可もなく不可もなく、苦手科目もあれば得意科目もある。

学校生活も一生徒としては問題がない。


環境だけが問題だった。

かつては人気の土地で、祖父母達はこぞって家を買った。

トレンディドラマのロケ地にも使われてニュータウンとして移住者が殺到した。

移住者に対応するために小学校、中学校、高校と沢山作られることになり、どれも急いでいたのか、名前には捻りなんてなくて、第一から順番に名前がついていく。

だが、それは親達の世代までで、孫の代になる頃には、無理のある土地に根付く者は少なく、親達世代は住みにくい街を離れて別の土地へと移住していった。


まず、立地に無理がある。

ニュータウンなんて言っても、電車の利便性が悪い。

一本逃すとかなり待つ羽目になるし、乗れても超満員。

タチが悪いのは、超満員はピーク時だけなので、本数の見直しは行われない。

そして駅から住宅街までは、登山をするように上り坂のある東口と、隣町まで行くのではないかと思えてしまうくらい歩かされる西口しかない。


きっと、元々は右肩上がりに発展していって、電車の本数も増えて、構想段階で潰えた別路線も開通して、新しい都市の名にふさわしい街になると思われたのだろう。


だが何をやっても手遅れ感とチグハグ感は否めない。

既存の病院だけではなく、別の病院を誘致する話も出ているが、ここに誘致してどうするのだろう?

土地があるからする?

病院があれば人が来る?

そうなれば利便性を良くするしかなくて、急行列車も停車するようになる?


違う。まずは電車の利便性を見直したり、行政のコミュニティバスの本数を増やして、終バスを電車の終電くらいまでやるべきだ。

それが無理なら、マイカー世帯の為に、スカスカな駅前にバカでかい駐車場でも用意したり、自動車ロータリーを用意して家と駅の間をなんとかするべきだ。


子供でもそんな事を思ってしまう街から、祖父母の子供たちだった若者世代は移住したが、祖父母世代の無茶振りで、親子ローンを組まされた人は、土地から逃れられなかった。


その子供達が暮らす街は、一気に過疎化が進んでしまった土地で、人が少なく、その気になれば全校生徒の顔が、全て覚えられるほどなのに、テレビで見るような島や集落の学校とは違い、一学年に80人くらいがいたりする。



この人数がよくなかった。


男女半々で割れば男40人、女40人。

思春期の恋愛対象も選べる程相手がおらず、かと言って2、3人でなければ、程よく相手がいる風に見えてしまう。


このメンバーで、多少の増減はあるが、小学校1年から中学3年までの間を過ごす事になる。


広い土地、狭い世界。

歪な中に入れられて、息の詰まる思いをした。


殊更ハズレ年だったのだろう。

恋愛の「れ」の字も味わえなかった。


恋愛に学校生活の意味や意義の有無を求めていない。

必ずあるべきだとは思わない。

だが、とりあえず何もないのは、自分の意思で何もないならそれで構わないが、状況的に何もない風にさせられていて息が詰まった。


祖父母と同居していた父母は、同居をすることで家の購入資金を貯めていて、祖父母はそんな真似をしないで、ローンの残金を父母が支払い、この町で生きていけばいいと言っていたが、父は通勤の便の悪さ、少し残業をしただけで帰宅困難に陥るこの家を嫌悪していた。


満足な資金が貯まり、見かけるチラシに現実的な夢を馳せられるようになると、「かいの受験が終わってからにしよう」、「そうね。卒業アルバムとかも困るしね」と両親は言い、内心そんなものはいいから、早く引っ越したいと思っていた。



だがまあ、思いむなしく引っ越しをしたのは新学期になり、夏休みの事だった。


祖父母は最初こそ寂しがったが、案外2人の生活は快適らしく、3LDKを思いのままに使える事に喜んだ一年後、高校二年の時に祖父が亡くなった。

定年退職を迎えて、退職金でローンの完済をして、それでなくても父と同居していた20年で、父が祖父に支払った家賃を支払いに当てこんでいた事で、祖父のローンはだいぶ軽減していたので、退職金にお釣りが出て、高校の入学祝い兼引っ越し祝いで、ノートパソコンを買ってくれた。


祖母もその一年後に亡くなってしまった。

祖母は何度父が言っても、家を手放す気は無くて、再び共に暮らすことはなかった。


ご近所様には申し訳ないが、祖父の時も祖母の時も、父が見つけてきたウチの近くの斎場で告別式をした。


祖父母に近い人たちは、「最後に祖父母の家を見たかった」、「形見分けをして欲しかった」と言っていたが、父の従兄弟達は時刻表と駅徒歩、周囲のパーキングの値段や場所を見せると何も言わなかった。


父は送迎の手間や煩わしさを考えていた。

それを痛感したのは、まだ高校生なのに「櫂くんが免許を取っていたら、送り迎えが頼めたのに」と、大叔母達からお通夜と告別式の間中、それも1人からではなく、何人からも言われた時だった。



子供でもわかる問題だが、父は長男で、下に弟が居る。

父に言わせると、弟は次男を言い訳にして、早々に家を出て行って、結婚をして家族を持っていた。


滅多に会わない親戚。

叔父には伝家の宝刀、「20年も同居していて、散々恩恵を得た兄貴が、最後まで責任を持てよ。金なら少し出すから、手間暇は兄貴が負えよ」があり、容赦なくそれを使う。


告別式にみっともないとは思わない。

言うべきことは言うべきだ。

それは、あの祖父母が住んだ土地で嫌というほど痛感をした。


だがまあ、叔父はまともな人だ。

キチンと振る舞い、父にだけ言うべき事を言っていた。



だがまあ、考えようによっては仕方ない。

なんとなく分からなくもない。


どこか起きて欲しくない事として予感もしていた。


「櫂、専門学校には爺さんの家から通ってくれ」

「週末はこっちに帰ってきていいから、平日だけお願い」


高校3年、大学受験は柄じゃないとして、実践的な勉強がしたいと言い、専門学校に進路を決めた後で、親達から言われた、まさかのとんでもない発言。



確かに祖母が死んでから3ヶ月。

父母はよくやったと思う。金曜日の夜になると父の運転であの家に向かい、日曜の夜にヘトヘト顔で帰ってくる。祖父母の家には駐車場がないので、駐車料金も馬鹿にならない。


土日は遺品整理と清掃。家を手放す為に手を尽くしていた。


だがまあ不人気な、あの土地の家を買う人間はそうそう現れない。

マンション計画でも出てきて立ち退きを要求されない限りない。

しかも父母が愚かなのは、利益を求めたからだろう。

隣の家の息子夫婦か孫夫婦に、赤字にならないプラスマイナスゼロで売り付けてしまえばいい。

隣の家も、それで二軒分の土地で駐車場付きの大豪邸でも建てればいい。

なんなら取り壊して庭にしても良いじゃないか。休日に趣味をやるための趣味部屋を作れば人生は充実する。


そんな事を思ったわけだが、片方の隣は既に空き家2年目だった。

まさか毎朝挨拶をしていた、あのお爺さんがもう居ないとは思わなかった。

しかも似た間取りなのに、ウチより100万も安い。


なんと、買えと思われていたのはウチだったようだ。

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