第2話 義妹と俺とマッチングアプリ

 今期のアニメは豊作だ。

 ファンタジー、ラブコメ、恋愛、冒険譚。バランスがとても良い。

 前期の絶望的なラインナップを我慢した1クールの反動で、アニメ配信サイトで観まくっている。


 アニメを観ながら酒を飲む。これ、至福なり。


 このサイト、月額980円だったかな。6缶分の酒代が削れるならば広告を見て無料版を観る。我、生粋の酒好きなり。


 ブラック企業での仕事は、とにかくタスクが終わらない。終わりそうになると、押し付けられるタスクが押し寄せる。まさに「賽の河原」である。


 今日も、石を積み上げて、疲れ果て、コンビニで酒を買い、帰宅し、服を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込み、酒缶のステイオンタブに爪をかける。


 そして、ようやっとアニメ配信アプリを起動する。


「3回書き直したメッセージをまだ送れないでいる」

「――それは……恋だよ」

「あなたのためのマッチングアプリ。18歳未満はご利用いただけません」


 何度も見せられるマッチングアプリのCM。


 俺の指が不意に画面に当たる。

 表示されたダウンロード画面に恋の予感がほのかに香る。


 アニメそっちのけでプロフィール画面とにらめっこすること30分。見事な出来栄えに満足した。


 ――

 KANATO (26歳)

 居住地:東京都

 勤務地:東京

 <省略>

 自己紹介:

 プロフィールを見てくれてありがとうございます。

 平日は都内でマーケティング関連の仕事をしています。

 

 休みの日は、読書をしたり、お酒を飲みに行ったりします。

 楽しそうに話す人、いっぱい食べる人、お酒を飲んで楽しい人を素敵だな

 って思います。


 まずは気軽にメッセージができればいいなと思います。

 ――


 登録し終えた達成感に浸り、目当てのアニメを観始める。

 オープニング曲が流れる。

 ――いい曲だな。誰の歌だろう。

 その時、通知が来た。


【瞳さんがあなたにイイネしました】


 ――え? もう? サクラじゃないだろうな。

 アプリを開くと、目当てのアニメのヒロインのような可愛い感じのプロフィール写真が出現する。


 ――最近の加工はすごいな。可愛すぎる。


「イイネありがとうございます」


 無難なメッセージを送る。

 返信がすぐにスマホを震わす。


「今日は、月が綺麗ですね」


 ――夏目漱石か! I LOVE YOUか?


「そうだね。死んでもいいわ」


 意地悪な返信をすると、すぐにスマホが震える。


「二葉亭四迷ですね」


 ――驚いた。心が震えた。なんて教養のある人なんだ。純文学が大好きな俺好みの素敵な人だ。

 その日はアニメを観ずに、瞳さんとのメッセージに胸を高鳴らせながら夜を過ごした。


 鉄は熱いうちに打つんだ。早速デートに誘った。


 ***


 残業を強いる上司を無視し、瞳さんとの待ち合わせに向かう。都内にあるイタリアン。リストランテというよりはトラットリア。カジュアルに、でもオシャレに。ベストなチョイスをした自分を褒めてあげたい。


「は、はじめまして。湊斗といいます。」

「瞳です。なんか緊張するナ」


 緊張ならば俺のほうがしている。プロフィール写真そのままの可愛い子が目の前にちょこんと座っている。


「マッチングアプリは結構されるんですか?」

「い、いや。今回が初めてで……」

「そうなんですね。実は私もなんです」


 沈黙が続く。なにか話さなければ……出ろ! 出てこい! 言葉!


「こちらイタリアンビール、モレッティでございます」


 ――おお。美味い!

 続いて白ワイン、ピノ・グリージョ。


 手の震えがピタッと止まり、饒舌になる。


「瞳ちゃん、今までどんな恋愛をしてきたの?」

「実は、男性と付き合ったことがなくて」

「えー? そんなに可愛いのに……そうなんだね」


 ――美味しい料理だった。バーット! そんなことは関係ナッシングです!


「じゃぁ、もしよければ瞳ちゃん2軒目、行きますか」

「……はい」


 ――「はい」頂戴しましたぁぁ。さーて気持ちも股間も盛り上がってまいりました。

 2軒目はカラオケBAR。薄暗いライティングは瞳ちゃんをより魅力的にする。


「さあ、なにか歌ってちょうだいな、はいマイク」

 ――私のマイクもスイッチONしておりますよぉぉぉ。

 

 アニメ声の瞳の声は、キュート、ミラクル、ワンダフル!


「付き合ったことは無いと言ってましたね。では、男性経験はいかほどですか?」

「え……」

 ――その恥じらい。ライライライ!さぁアンサープリーズでございます!


「ひ、1人だけ……」

 ――ナイス! 新古車! ほぼ新車ぁぁぁぁ!

 私のワイパーもウォッシャー液を出しそうです!


 終電を気にしていない様子の瞳。

 『お持ち帰りできる子の特徴5選』というショーツ動画で見たことがある。

 ――瞳、君の車庫に私の黒光りするマセラティを駐車、いや、注射して上げようでは無いですか! ワクワクワクチンーーーー!ふぉぉぉぉぉ。


 私は、瞳の手を引き、ラブなホテルに連れ込む。


 瞳の下の瞳も涙を流しているのです!その卑猥さ絶好調、俺の股間は最高潮。

 私は、車庫に入れたマセラティを一旦出し、今度はバックで……。



 いたした。



 ――賢者とテーブルに向かい合って一対一の会話は、十年間にわたる読書勉強にまさる。

 心のなかにロングフェローの言葉が響き渡る。


  我は、今までにない賢者の時間を過ごし、まどろみの中に落ち、眠りについた。


 薄れゆく意識の中、洗面所に向かう瞳の気配。化粧を落としているのか。水道の音が心地よい。



 ――朝、フロントからのモーニングコールがまた一つ大人になった俺を目覚めさせる。


 傍らに眠る、昨日読み終わった本を再び開くように、布団をめくると、シャンプーの香りを漂わせた梨紗がおはようという。


 ――梨紗?


 なぜ、生まれたままの格好の梨紗がいるんだ?

 くそ!こんなメイクも出来るのか! こんな演技も出来るのか!


「んがぁぁっぁぁぁ! またもや義妹を抱いてしまったぁぁぁぁぁ」


 義妹の包囲網はネットにまで広がっていることに気付いた。


 俺は、マッチングアプリを長押しし、そっと「削除」をタップした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る