第12話 必然の出会い。

「こちらへ どうぞ。」香奈は 主屋を出て 小さな庭を通り抜けて 大きな木々の間を 2人を連れて 歩いて行った。

通っていた高校を辞め 通信高校に編入して 香奈は 智のいる神社に 引っ越して来た。

香奈が そのまま その高校に通っていたら この平日に 彼らを 神社に案内することも 出来なかっただろう。

もしかすると こうなるように なってたのかもしれないと 香奈は思い そっと1人で 俯き微笑んだ。


「主屋が 神社の裏手になるので 逆からの案内に なってしまいますが こちらが 本殿と拝殿です。」決して大きくはないけれど 龍が 彫られた凝った装飾が 施されている本殿と拝殿を 手を上げ示しながら 黒髪の青年と白髪の青年に 香奈は 言った。


「これは 凄いな……。」黒髪の青年は 感嘆とした声を出した。

「本殿の中は 昨日 護摩木を焚いていたところですが 中をもう1度 見られますか?」香奈は 聞いた。

「いえ。大丈夫です。こちら側が 拝殿ですか?」白髪の青年が 静かに聞いた。

「そうですよ。」香奈は 微笑みながら 答えた。

お兄ちゃんは いつも綺麗に 掃除するなと 香奈は 感心しながら 拝殿を見上げた。


白髪の青年が 静かに拝殿に進み 深々とお辞儀をして 小さく2度柏手を打ち 目を瞑り 手を合わせた。

それを見て 黒髪の青年も 真似をするように 後に続き 手を合わせた。


香奈が 階段の方へ 誘うと「これが 狛龍か?」黒髪の青年が 繁々と見ながら 聞いた。

「はい。そうです。この階段上の狛龍は 御影石で 出来ているそうです。」にっこりと微笑みながら 香奈は 言った。

「すごく綺麗なんですね。」白髪の青年も 狛龍を見つめた。

「お兄ちゃんが 毎日磨いているので……。」香奈は 少し照れくさそうに 答えた。


神社には たくさんの樹木が 植えられていて 風が 吹くと さわさわと葉が揺れ 優しい音が していた。

「鳥居の前にも 狛龍が いらっしゃいます。後で お見せしますね。」香奈は 2人に 微笑んだ。

3人で ゆっくりと 階段を下りた。

鳥のさえずりを聞きながら 逆走する形で ゆっくりと参道を歩き 左手に 手水舎を見ながら 真っ黒な神門を 通り抜けた。


坂道を 少し下り 大きな鳥居を 逆から 3人で見上げた。

「これは……珍しいな。黒い鳥居とは……。」黒髪の青年が びっくりしていた。

「そうなんです。前の鳥居が 傷んでしまっていたので 取り替える時 兄が 狛龍に合うからと 黒の鳥居に 替えて頂いたと聞きました。」香奈は 説明した。

「とても深い 綺麗な黒色ですね。」白髪の青年は 鳥居を 見つめていた。


3人で 鳥居をくぐり抜け 鳥居の前の両脇に 鎮座している 真っ黒な狛龍の間に立った。

「これが 狛龍か……。こっちの狛龍は 黒いんだな。」黒髪の青年が 狛龍を 見つめた。

香奈は 綺麗に磨かれた 狛龍を見ながら「はい。こちらの狛龍は 黒曜石で 出来ているそうです。」と 静かに答えた。

香奈は 黒い狛龍の前では いつも萎縮してしまう。怖いのではなく 粛々としていないといけない 香奈は なぜか そう感じていた。

香奈は 無意識で 背筋をピシッと伸ばし 狛龍の前に  立っていた。


その時 3人の頭の中に(遅かったな……。)と言う声が 響き渡った。

それと同時に 一陣の大きな風が吹き 3人は まるで 台風の中にでもいるような 暴風に包まれ 空は 一瞬で 真っ黒な分厚い雲で 覆われた。

早朝の静けさは ゴォォォォォォォッと 吹き荒ぶ風の音と共に かき消された。


香奈は 思わず「キャーーーーーッ。」と 髪を抑えて 座り込みそうになったところを 黒髪の青年が 肩を支えた。

白髪の青年は 目を庇うように 腕で押さえて 体制を保とうと 必死になっていた。


右側の阿の狛龍の中から 綺麗な銀色の目をした 大きな黒龍の上半身が 出て来た。


「え?嘘……。龍?え……。黒龍……様……?」香奈は 上を見ながら 小さな声で 誰に言うとでもなく 呟いた。

香奈は この神社が 神様ではなく 黒龍様が 守っていることは 智から 教えてもらい知っていたが 狛龍の中に 黒龍が 入っていたことには 今の今まで 気付いていなかった。

ただ 恐れ多いと感じていたのは これだったんだと香奈は 理解が 出来た。 


まるで 台風の目の中にでも いるように 3人の立っている場所だけ ピタリと風が 止んでいた。

黒龍と鳥居を 境に その外側では 凄い風が 起こっているようだった。

樹木は 揺れ 葉っぱが 飛び散っているのに 3人のいる場所には 何の音も無く 風も無い。

3人は 上から見下ろす 黒龍に圧倒され 時が 止まったかのような静けさの中 黒龍と見つめ合ったまま 微動だにしなかった。


黒髪の青年は 香奈を支えていた手を そっと外して 香奈の横に立った。

最初に 声を発したのは 黒髪の青年だった。

「俺達を 待ってたのか……?」黒髪の青年が 黒龍を 正面から 見上げて言った。

(そうだ。正確には お前達じゃなくて お前だ。)黒龍は 真っ黒な大きな爪で 黒髪の青年を 指差した。

「俺と何か 約束をしていたのか?」黒髪の青年は 聞いた。

(約束?そんなものは 無い。)黒龍の口角が にやりと上がったように見えた。


「では どうして 待っていたのですか?」白髪の青年が 黒龍に聞いた。

(なぜ そんなことを聞く?)黒龍は 少し目を細め 怪訝な顔をした。

「俺達 自分達が 誰かわからないんだ……。」黒髪の青年は 黒龍と目を合わさないように 下を向き小さな声で言った。

(そう言うことか……。)黒龍は さらに 目を細め(記憶も無いんだな?)確認するように 聞いた。

「そうだ……。何も憶えていない……。」黒髪の青年は ゆっくりと黒龍を見上げた。


(また 再起動されたな……。)黒龍は 目を瞑りながら 大きな爪で 何かを思い出すように 自分の頬の辺りを掻いた。

「再起動?」黒髪の青年が 聞いた。

(そうだな……。どこから 説明するか……?)黒龍は 考え込んだ。

そして ゆっくり ゆっくりと 黒龍は 話し出した。


(人間は 愚かな奴が多くて 自分達が上だと 見せたいためだけに 世界中で 戦いが 起こっているのは 知っているな?)黒龍は 3人を見つめた。

香奈は 頭を上下させて 無言で頷いた。

「はい。知っています。」白髪の青年は 答えた。黒髪の青年は 黙って 黒龍を見ていた。


(そう言った愚かな人間を 正しい方向へ 導くことが お前達の役目だ。俺は お前達のいわゆる……補佐役みたいなもんだ。人間が あまりに 間違った方向へ行くと お偉いさん達が 再起動する。お前達の記憶を 一切合切全部消して やり直しをさせるんだ。人間は そのままで 何も変わらない。実際に 起こった出来事は 変えられないらしい。まあ こっちで何が 起こっても 気付く人間は そうそういないからな。)黒龍は 目を細めて言った。


「なぜ そっち……黒龍は 記憶が 残っているんだ?」黒髪の青年が 怪訝そうに 顔をしかめて聞いた。

(龍族には 再起動は 効かない。)黒龍は にやっと 口角を上げた。

「じゃあ 俺が 誰か知ってるんだな?」黒髪の青年は 黒龍を 睨み付けた。

(そうだな……。何百年か前に 再起動された時 俺は 自分の知っていることを 全部お前に 教えた。)黒龍は 理解出来たかとでも言うように 3人を見やった。

「そうだったのか……。何も 憶えていない。すまない。」黒髪の青年は 呟いた。


(また 再起動されたと言うことは 上手く行かなかったわけだ。俺とお前も 再起動が 起こる度に 出会えてるとは 限らない。なぜなら 俺は 随分と長い間 ここでお前を 待っていた。龍族は 寿命が長い。俺も 自分が 何歳かすら もう覚えていない。)黒龍は 遠くを見て 少し寂しそうだった。


(だから 今度は 自分で 自分が 誰かを探すんだな。もちろん 手伝ってやる。ここで待つのも もう飽きたからな。そうだ……!ひとつだけ ヒントをやろう。)黒龍は ゆっくりと 黒髪の青年と 白髪の青年の顔を見た。


(お前達は 神様だ。)黒龍は その言葉を 自分の心の中に 落とし込むように 2人を見て 頷いた。


「神様……?」黒髪の青年は 目を 見開いて 呆然と突っ立っていた。

白髪の青年は 黒龍を 黙って見上げたまま 固まっていた。

香奈は この場で 言葉を発することは 身の丈知らずに思えて ただただ黙って 皆の会話を ずっと聞いていた。

香奈は 神様と聞いて びっくりしながら やっぱり……。と思った。こんなに はっきり視えるのに 2人は かいとは違う 淡い光を身体中に 纏っていたからだった。


(俺は お前に また会えて嬉しいよ。)黒龍は 僅かに 微笑んだように 見えた。


「神様か……。神様って 確か 八百万の神々とまで 言われてなかったか?」黒髪の青年は 言った。

「そうですね。神様は たくさんいるはずです。」白髪の青年は 背筋を伸ばして言った。

(安心しろ。時間は たっぷりある。)黒龍は 愉快そうに言った。


「再起動か……。そうか。失敗したのか……。だから あいつとも 離れ離れになったのか……。」黒髪の青年は 下を向いて 考え込むように言った。

(あいつ……って?)黒龍は 聞いた。

「あいつのことも 誰かわからないんだ。でも 俺は あいつを 探さないといけないんだ!」黒髪の青年は 早口で 捲くし立てた。


(あっはっはっはっは。)黒龍は 笑った。

「なぜ 笑う?」黒髪の青年は 怒った。

(ん?そこまで わかっているのなら 案外早く 自分が 誰か わかりそうだな。)黒龍は 澄ました顔で 言った。

「そ……そうか。」怒っていたのに なぜか褒められたようで 黒髪の青年は 返事に困った。


(俺のことは 黒龍とでも 呼んでくれればいいが お前達のことは なんて呼べばいい?)黒龍は 聞いた。

「どうしましょうね?確かに お互い名前が 無いと 呼び難いですよね?」白髪の青年も 困った顔をした

「うーーーん。でも 名前も 思い出せないしなぁ。」黒髪の青年は 頭を掻いた。


(じゃあ 着ている服の色で どうだ?)黒龍は 言った。

黒髪の青年は 自分の服を見て「黒と…。」と 言いながら 白髪の青年を 指差し「薄紫か?」と 聞いた。

(んー……。違うな……。)黒龍は ゆっくりと2人を見つめた後 大きな爪で 黒髪の青年を差し(漆黒……。)と言い 白髪の青年を差し(紫苑だ。)と 言った。


「黒じゃないのか?これ。」漆黒は 思わず 自分の服を掴んだ。

(そこまで 闇が 深い黒は ただの黒じゃない。漆黒だよ。)黒龍は 漆黒を 眺めながら言った。

「そうか。漆黒か……。」漆黒は 服を撫でながら 自分に 言い聞かせるように言った。

「紫苑なんですね。良い名前を ありがとうございます。」紫苑も 自分の着物を眺めてから 黒龍に 頭を下げた。


黒龍は スッと 香奈に 目線を移した。

黒龍の視線に気付いた香奈は 慌てて直立不動で「あ。私 香奈です。松織 香奈と申します。」と言いながら 黒龍に向かって 深々と お辞儀をした。

(香奈さん 君は 視える人なんだね?)黒龍は 香奈の目を 真っ直ぐ見て言った。

「はい。私と……私の兄も 視えます。兄の方が 視える力は 強いです。」香奈は 答えた。

(お兄さんには 本当に 良くして頂いているよ。)黒龍は 優しい顔で言った。


そして 黒龍は 漆黒に向かって(漆黒 首を 貸してくれるか?)と 言った。

「首……?」漆黒が きょとんとしていると(このままだと 目立つから。)黒龍は 自分の身体をしゅるしゅるしゅると小さくして 漆黒の首に チョーカーのように 巻き付いた。

「うぉっ!びっくりした。」漆黒は 思わず 大きな声を出した。

黒龍は 胴体部分が チョーカーになり 頭を ペンダントトップにして 漆黒の首に ぴったりと収まった。


黒龍が チョーカーに変わると 3人の周りで あれだけ吹き荒れていた風が ピタリと止んだ。


「凄いな。」漆黒は 下を向きながら 無意識に チョーカーになった黒龍を 撫でていた。

香奈は 目を真ん丸にして 黒龍が チョーカーに変わるのを見ていた。

「凄い……。」香奈は 両手を口元にやり 呟いた。


漆黒の首元で(俺に 乗りたい時は 言ってくれ。元に戻るから。)黒龍は 黒く鈍い光を放った。

「黒龍に 乗れるのか⁈ 」漆黒は びっくりして聞いた。

(ああ。飛べるからな。)黒龍は 淡々と言った。

「あいつを探すのに いいかもだな。」漆黒は 嬉しそうだった。


「それもですけど 僕達が 自分が誰なのかを 思い出さないと いけないですね。」紫苑は 漆黒の目を見て言った。

「確かにな。今は あいつを 探す術もないし……俺達が 誰かを思い出すのが 先か……。」漆黒は 右手を口元にやった。

「両方 平行して やって行けば良いと思いますよ。」紫苑は にっこりと微笑んだ。

「そうだな。それで 行こう!」漆黒は 嬉しそうに言った。


(俺は 基本的には 口出ししない。漆黒に従うから 決まったら 教えてくれ。)黒龍は きっぱりと言った。

「わかった。飛んで欲しい時は 頼むよ。」漆黒は 頭を下げた。

「僕達が 神様ならば 神様のいる場所は 神社が 多いはずだと思います。とりあえず 色んな神社を 周ってみますか?何か 思い出すかも しれないですし……。」紫苑は 漆黒と香奈に 向かって言った。

「あ。それ いいかもですね。」香奈は 弾んだ声を 出した。


「では1度 主屋に 戻りませんか?黒龍様のことも 兄に 伝えたいですし 兄なら もっと神社のこと 詳しくわかると思います。」香奈は 2人を交互に 見ながら言った。

「そうしよう。」漆黒が 頷くと 紫苑も「そうしましょう。」と 香奈に向かって にっこりと微笑んだ。


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