補完
前エピソード『遺志』ではAIの補完機能について少し触れたので、今回はそれについて紹介する。
特に珍しいものではなく、少ない情報からでも回答を作成してくれるというだけの機能だ。チャットボットでも絵を描いてくれるタイプのAIでも、正確な回答を引き出すにはユーザー側の質問や指示の方法が重要である。できるだけ詳細に、どの立場から答えてほしいのかも記述することが推奨されている。しかし、情報が完璧に揃っていなければならないというわけではない。情報が不足していてもAIが推測し、ユーザーが望む回答を提供してくれるのだ。
例えば、最近増えているのが上司へのメールを書いてほしいという指示だ。
『東京で貿易関係の仕事をしています。今日、会社で別の支店への異動の話が出ました。支店は東京ではなく片道1時間以上かかります。また、最近新しいマンションに引っ越していて、解約するお金ももったいないです。会社は解約金を払ってくれるような優良企業ではありません。だから異動は断りたいです。上司に相談するメールを書いてください』
AIはこのように回答した。
「件名:【異動について】ご相談
○○ 部長
お疲れ様です。△△でございます。
本日、会社で千葉の支店への異動の話が出ました。
実は、私はつい最近引っ越しを済ませたばかりで、まだ荷解きも終わっていない状況です。通勤時間も片道1時間以上かかるので、今の生活環境を考えると異動は非常に難しい状況です。
もし可能であれば、今の東京の拠点での勤務を継続させていただけないでしょうか。
私のこれまでの経験やスキルは、東京の拠点でこそ活かせるものと考えております。また、東京では、常に新しい情報やトレンドに触れることができ、自身のスキルアップにも繋がっていると確信しております。
今回の異動の話は大変ありがたいのですが、今の状況を考えると、どうしても辞退させていただきたく存じます。
私の状況をご理解いただき、ご検討いただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
△△」
ユーザーが送信した情報だけを使って組み立てているのではないことが分かるだろうか。「支店が千葉にある」、「荷解きを終えていない」といった情報はユーザーが提供したものではない。もちろんユーザーの指示から推測できる範囲ではある。またビジネスマナーも反映させると、上記のような回答になるだろう。ただ、これは実際の状況に即しているかどうかは不明である。
ところがこの補完機能、ユーザーが提供していない真実さえも回答に含むことがある。
とあるライターは以前、有名な霊媒師の取材をしていた。霊媒師本人はすでに故人であるため親類縁者を中心にインタビューを行っていた。そのインタビューの内容をまとめ、霊媒師の人となりについてのエピソードを書いて出版社に送った。霊媒師の素晴らしい能力を裏付けるような記事を書けたと思っていたのだが、「内容が地味すぎる」と突き返された。記事を買い取ってもらえなければ給料がもらえない。ジャーナリストではないので何も真実にこだわる必要はない。
「もう亡くなった霊媒師のことなんか誰も興味ないし、嘘を書いてもバレないだろう」と思い、彼は出版社が望む通りの改変をした。
しかしその後、原稿を持って行く途中で心変わりし、改変部分を削除してしまった。何故か。
彼は試しにその理由をAIに聞いてみた。AIはこう答えたという。
「書き換えた原稿を持って出版社へと車を走らせている途中、トンネルに入りました。音楽を流していたはずのカーステレオからは人のうめき声のようなノイズが聞こえ始め、トンネルを抜ける瞬間はっきりと『あるがままに』としゃがれた声でそう言われました。落ち着くために路肩に停車して気が付きました。今通ってきたトンネルの上には霊媒師のお墓があることに。
このことがあって、エピソードを改変するのをやめました」
これが事実だったのだ。もちろん彼は『あるがままに』のエピソードはどこにも公表していなかったそうだ。そもそも件の霊媒師の記事を書いたのはもう10年以上も前のことであり、結局買い取ってもらえずボツになった。インターネットに載っているものでもないのでAIに探せるはずがない。
この話はプロジェクト内で補完機能についての意見交換をしていた時に聞いた。
ちなみに、某怪談作家の方も同じような体験をしたそうだ。どこにも公表していない怪談を途中までAIに送信し、続きを書いてもらったのだが、それは自身が書いたのと全く同じ筋書きだったとのこと。
何とも不思議な話であるが、これらは伝聞である。ここからは私が目の当たりにした奇妙な回答について書こうと思う。
これは、ユーザーが送信したURLの内容とAIの回答が一致しているかをチェックするプロジェクトに参加していた時のこと。『このウェブページ要約して』や『このネット記事の中から固有名詞だけ抜き出して50音順に並べて』などといった要求にもAIは対応している。トレーナーはユーザーが提供したURLのページを開いて内容を確認しなければならない。
『このニュースの続報は?』
という質問にAIは
「警察は原田瑠香さんの元配偶者・小峰彪を殺人の疑いで逮捕しました。調べによると小峰容疑者は原田さんの失踪届が出されるおよそ3ヵ月前に原田さんを殺害、遺棄した疑いが持たれています」
と回答していた。
ユーザーが送ったURLをクリックすると、それは身元不明の白骨遺体が河川で見つかったという記事だった。これだけではファクトチェックができないのでその事件の続報を検索する。
見つけたニュース記事はたった2件。最初は身元が特定されたというもので、分かった名前は原田瑠香さん。次は原田さんには婚姻歴があり、離婚後は福岡県内のアパートで暮らしていたという内容だった。
……これ以上の続報が見つからない。試しに小峰彪という名前を検索したが、本人のSNSアカウントと、とある掲示板の書き込みしか見つからなかった。おそらく原田さんの知り合いだと思われる人物が書き込んだのだろう。
「元旦那の小峰彪怪しいよね。連絡つかないんだって」
その後彼が逮捕されたとは書いていないし、彼の名前が記載されているニュース記事も見つからなかった。
404 not foundと表示されるページでさえAIは時々参照したり要約したりしている。私たちがたどり着けないところにアクセスできるのだろうか。そこで得られる情報は真実なのだろうか。
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