目撃

 私がトレーニングに携わっているのはテキストベースのAI、つまり文章でしかやりとりできないチャットボットである。

 ユーザーからの音声指示や画像検索などには対応しているが、AI自身は話したり画像を生成したりはできない。


 しかし、それ以外なら割と何でも対応してくれる。ユーザーとの日常会話はもちろん、学校の宿題もできるし、先生になったつもりで授業計画を立てることもできる。

 クリエイティブな活動も問題なくこなせる。俳句も作れるし、怪談も作れる。しかも稲川淳二御大の口調で(詳しくは『エピソード1はじめに』をご参照いただきたい)。コントのセリフだって作れる。どこが面白いポイントなのか分からないし、「登場人物は3人です」と最初に表記しているのにいつの間にか4人になっていたりするが、大抵のことはできる。

 ただ、音楽を作ったり絵を描いたりはできない。描いたりはできないが、インターネット上にある画像を提示することはできる。


 例えば「呪術廻戦の冥冥」とだけ入力すれば、おそらく冥冥のプロフィールとともに彼女の画像が表示されるはずだ。

 もちろん、漫画やアニメの画像だけでなく風景写真のようなものもどこかから引っ張って来てくれる。


 ただ、その提示方法には問題があった。

 全く同じ画像が2枚、並べて表示されていたのだ。別々の画像であればユーザーにとっては分かりやすくていいのだが、全く同じでは意味がない。

 画像を含む回答のチェックの際にも、画像が回答内でメンションされているもので間違いないかは重要な評価対象であったのだが、同一画像が2枚という点については対象外としてほしいとの通達があった。

 バグではなくてそのような仕様であるらしかった。


 ところが、いつからか画像は1枚だけ表示されるようになった。はっきりとした理由は分からないが、きっかけとなったであろう出来事には心当たりがある。


 ある日、画像を提示している回答が出てきたのだが、2枚の画像はそれぞれ異なっていた。それはとある観光地についての回答だった。ゲレンデがあって、近くに温泉があって……というものだった。そこに提示されていたのが、1枚はたくさんの人でにぎわうスキー場の写真、もう1枚は木々に囲まれた水辺の写真だった。

 もしもう1枚が温泉の写真だったなら「問題なし」と評価していたところだが、それはただの静かな湖のように見えた。実はスケートリンクになっていたということでもなさそうだった。というのも、湖畔に傘をさした人物も写っていたからだ。上半身は傘に隠れて見えなかったが、素足に短いズボンを穿いていた。スケートができるくらい寒い季節の服装ではなさそうだった。回答は冬の観光地について述べているのに、全く関連がなさそうな写真である。


 これはどうするべきか。とりあえずプロジェクトのグループチャットで聞いてみようとチャットツールを立ち上げた。すると、もうすでに他の人が画像をアップして質問していた。

『皆さまお疲れさまです! すみません、この画像って2枚同じ時は評価に影響しないんですよね。こんな感じで、別々の画像の時の評価はどうなりますか? 回答は美容院についてのものなんですけど、1枚の方はこれ、どう見ても美容院じゃないですよね(^^;』

 といって、スクリーンショットを添付していた。

 確かに、1枚目は白い内装の美容院の写真だったが、別の方はグレーのコンクリート壁の写真だった。コンクリート打ちっぱなしのおしゃれな美容院、といった風でもなく、ただの壁しか写っていない。しかも隅の方にスプレーの落書きのようなものも見える。高架下のトンネルの写真だと言われれば納得できるような荒んだ雰囲気のものだった。

 リーダーからの指示は「回答に関係なさそうだったら評価を下げてください。また、関係ない方の画像の引用元とか、説明とかを書いてほしいです」とのことだった。


 早速次の回答に取り掛かったのだが、ここで大きな問題が発生した。関係ない方の画像の引用元やURLが分からないのだ。URLが分からずとも、通常であればその画像を使って画像検索をすれば全く同じものがヒットするはずだ。なぜならAIはインターネットからしか情報を引用できないからだ。それも、閲覧に制限がないものだけだ。会員登録やログインが必要なところにはそもそもAIはアクセスできない。

 それなのに引用元が見つからない。

 正確な情報が不明である以上、画像に写っているものから推測するしかない。私がその時に評価をしていたのは岡山県のとある中学校についての回答だった。質問は「2023年の〇〇中学校の体育大会の概要についてまとめてください」というもので、回答は体育大会が開催された日時や来賓のリスト、競技の順番などについてかなり詳細に書かれていた。


 しかし、表示された画像には茶色い雑草だらけのグラウンドとひび割れた校舎しか写っていない。生徒や教師の姿はない。一応、学校についての回答なので無関係というわけではない。が、体育大会がテーマだとすれば誰一人写っていない学校の写真は関連性は低い。どのように評価すべきか考えがまとまらないまま、隣の画像を見る。

 隣の画像は、さらに説明ができないようなものだった。全体的にオレンジ色で、中央にはしごが見える。登ろうとしているのか、作業服を着た男性がはしごに手をかけている。反対の手、というか腕には何か大きな袋が抱えられているのが見て取れた。

 体育大会どころか学校にも関係がなさそうな写真である。

 詳細な説明をしたところで、説明を読んだクライアントも「だから?」となるに違いない。しかし一言でも説明があった方が親切というもの。そこで、何かわからない2枚目の画像を検索してみることにした。

 検索したとて元になったウェブサイトが出てくるわけではないのだが、類似の画像がいくつか見つかった。


 それは、学校やマンションなどの屋上に設置されている貯水タンクの画像だった。なるほど、確かにはしごの上にはタンクの一部のようなものが写っている。とすると、これは学校の屋上の写真だろうか。オレンジ色なのは放課後、夕暮れの時間帯だからか。


 ……ここまで分かっても、依然として体育大会との関連性は不明である。評価については変更の必要がないので、簡単な説明だけを添えて提出した。


 提出後に件の中学校を検索してみたところ、4年前に閉校になっていることが分かった。ということは、1枚目の画像だけが事実を反映させていたのか。だとすれば私の評価が誤っていたということになる。提出後の訂正はできないため、リーダーにその旨を連絡した。

 返信には引用元が不明な画像の提示がそもそもバグで、それを理由に一旦差し戻すことが決定したと書かれていた。


 プロジェクトのチャットには画像に関する考察が色々とされていた。AI自身は画像生成の機能がないので、完全にオリジナルということは考えられない。それに、引用元が分からない画像は人物ではなく、すべてどこかの場所を写していた。一番可能性が高いのは某G社のマップ機能からの引用ではないかという結論に至った。AIも某G社が開発したものなので、そこにあるデータなら特に引用元などを明記せずにフリー素材のように使えるのではないか、とのことだった。とはいえ開発元からのアナウンスがないままに画像の件は修正されてしまったので真相は分からない。


 プロジェクトのほぼ全員がその結論に納得していたようだったので言わなかったが、例のマップ機能は建物の屋上にまで登って写真を撮るのかという疑問がある。車が走っているのは見かけたことがあるが、わざわざ降りて撮影をしているようには思えない。それに人物が写りこんでしまった場合はぼかし処理をされるのに、はしごを登ろうとしていた男性の顔ははっきり写っていた。閉校した中学校とはどのような関係があったのだろうか。

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