#桐生貴虎生誕祭2008


 一月九日は三学期の始業式であり、桐生きりゅう貴虎きとらの誕生日である。文月は自身の誕生日を祝ってもらったお返しとして、貴虎と貴虎の祖父の悟朗を『シックスティーンアイス』に招待する。


 悟朗は天助小学校の校門前にミニバンを停めて、下校してきた貴虎と文月を出迎えた。ふたりを後部座席に乗せ、シックスティーンアイスまで連れて行く。


「おれのために、貸切!?」

「うん!」


 シックスティーンアイスは、文月の祖父であるとどろき源次げんじが個人で経営しているアイスクリーム屋だ。昨日の営業を終えてからイートインコーナーを装飾し、桐生貴虎生誕祭の会場とした。


「なんだか悪いぜ……」

「ワシも……」


 本日の主役とその祖父が恐縮するなか、店主の源次はピエロ姿でノンアルコールのシャンパン風飲料を運んできた。シックスティーンアイスの特徴は、この源次の仮装にある。営業日は白塗りをして店頭に立ち、接客しているのだ。中には怖がってしまう客もいるが、手作りのこだわりアイスを食べれば誰でも笑顔になる。


「本日の主役! スマイルスマイル!」

「お、おう」


 貴虎は肩掛けの“本日の主役!”のたすきをかけられた。シャンパン風飲料は、文月が栓を開けて、コップに注いでいく。


「キー坊のために、ありがとうございます」

「堅苦しいことはノンノン! 一年に一度のバースデイでしょう? 楽しまなきゃソンソン!」


 立ち上がって頭を下げる悟朗に対し、源次は悟朗の両肩に手を置いて座らせた。源次は心の底から来客を楽しませようとしている。ポケットからクラッカーを取り出し、握らせた。


「文月、、持ってきちゃいなさーい」

「もう?」

「イエスイエス! サプラーイズは突然に、アイスは溶ける前に!」

「うん!」


 文月が席から離れて、カウンターの裏で保管していたプレゼントボックスを抱えてくる。冬休みの期間中に、文月が貴虎の祖母の早苗にこっそりと相談し、ふたりで出かけた先で購入した誕生日プレゼントだ。貴虎と悟朗にはナイショである。


 もふもふさんは当然のようについていこうとしたが、もふもふさんよりも貴虎に詳しいであろう早苗のアドバイスを聞きたかったので、もふもふさんは留守番とした。もふもふさんを説得するよりも母親に「桐生くんのおばあちゃんと出かけてくる」を説明するほうが難航している。最終的には母親が早苗に電話をかけて、もとより女子会は早苗が開催を希望していたのもあり、早苗が電話口で説明し、女子会にこぎつけた。


 なお、文月は購入代金をお年玉でまかなおうとしたが、早苗が「そのお金は文月ちゃんの将来のためにとっておきなさいな」と制止している。それでも端数を出そうとした文月に「なら、出世払いで。約束よ」と続けた。


「でっかい箱!」

「わたしからの誕生日プレゼントが入っているよ」

「おれからは渡していないのに!?」

「そうだっけ?」

「待って。じいちゃん、いい感じの発明品は持ってきていない?」

「ワシ!?」

「ほら、車の中にあったりなかったり?」

「いらないよ。そりゃ、桐生くんのおじいちゃんの発明品をもらえるのなら、嬉しいけれども、今じゃなくていい」

「お、おう」

「わたしにとっては、桐生くんとおしゃべりしたり、出かけたり、そういう思い出が、たくさんのになっているから。これは、わたしからのお礼」


 そう言って、文月はプレゼントボックスを差し出す。貴虎は横に座る悟朗に視線を送ってから、受け取った。箱の大きさのわりには軽く感じる。


「さっそくオープン?」


 源次がハサミを手渡してきた。リボンでラッピングされているが、さらにテープも貼られている。貴虎はリボンの端を引っ張ってほどいてから、テープをハサミで切った。ハサミは源次に返却する。


「キー坊、なんじゃと思う?」

「じいちゃんの予想は?」

「ワシが欲しいのは新しいパソコン」

「そこまで重たくはなかったぜ?」

「パソコンは買えないなあ……」


 文月が口を挟んだ。パソコンは候補に入っていない。そもそも早苗に相談した時点で『お年玉で買える範囲で桐生くんの欲しいもの』という条件があった。どちらにも該当しない。


「アレじゃん!」

 開封した貴虎の第一声がこれである。隣の悟朗にはピンときていないようだ。


「うん!」

!」


 仮面バトラーフォワードの主人公、望月勝利は『COMMAコンマ』に所属する会社員。普段の衣装はスーツだが、冬場は上にコートを羽織っている。そのコートにデザインが酷似したブランドモノのコートである。


「うわー、うわー!」

「ねっ、ねっ。そっくりでしょう?」

「着てみていい?」

「もちろん!」

「うわー! 着て帰っていい!?」

「うん!」

「やったぜ! ありがとう、鏡!」


 ふたりの祖父たちにはこの喜びの本質が理解できていない。が、本人たちが笑い合っているので、手を叩いて祝福することとした。


「着て帰るのは結構結構。けれども、パーティはこれから!」

「わたしも手伝ったアイスケーキを食べてもらわないと!」

「アイスケーキ……! 食べるのは初めてだぜ!」


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