第2話
「だからつまりですよ。連載開始当初からわたしはこの作品の大ファンなんです。今更『近頃話題の作品』なんて言われると、気付くのが遅いよおまえらって思っちゃうんです。思っちゃうんですけどね。やっぱり仲間が出来たようで嬉しいんですよ。無料で読めるところもありますから是非!!」
わたしはアニメの新シリーズが放送開始された作品について熱く語っていた。
ご丁寧に作品の載っているホームページのアドレスまで打ち込んで、一人の職員さんに宣伝していた時のことだった。
「すみません、俺も今更ハマった一人です」
その声に振り返ったわたしの仕草は、とても30年間生きてきた人間のそれとは思えないものだっただろう。
バッテリーの切れかけている機械仕掛けの人形のような、とてもぎこちない動き。
わたしは東雲サンの正確な年齢を知らなかった。
年齢を聞いたことはないし聞くつもりもなかった。
そこまで関心がなかったからだ。
無精ひげが生えているとかいうこともなく、けしてだらしないわけではない。
傷んでくすんだ赤茶の髪に白髪が目立っていたせいかもしれない。
どこかくたびれたような印象だった。
一回りは年上だろうかと予想した。
そんな彼が最近流行の作品を知っていると知って、意外だなあと驚いたけれど、気になっていた人物の好みが自分と似ている可能性を考えて衝撃を受けた。
「今更でもなんでもいいです、語りましょうよ!!」
人の目がなければ抱きついて離さなかったかもしれない。
それだけ仲間がほしかった。
東雲サンはこれまでに見せた中で最も自然な笑みを見せた。
ぴょこぴょこと跳ねるわたしの姿がそんなにおかしかっただろうか。
普段変わらない表情が明らかに変わるほどに。
「タバコ行ってきます!!」
「存分に語り合っておいで」
笑顔の職員さんに見送られて外に出ると小さく体が震える。
そろそろ冬が近くなってきたせいだろうか、周りを見れば薄手のジャンパーやコートを着ている人たちばかりだった。
暦の上ではもう冬は始まっている。
そう考えるとなんだか寒いような気さえしてきたが、わたしは意地でもジャンパーやコートは着ようとしなかった。
動きを制限される感覚があって苦手だから。
何か言われたのなら「忘れてきました」の一言で通すつもりでいる。
駐車場の一角に設置されている喫煙スペースに向かう。
少し前を歩く東雲サンは寒がりなようで、しっかりとジャンパーを着た上で背を丸めている。
喫煙スペースには先客がいた。
職員さんを含めた中でも年長に分類される
初めて彼の名前を見た時、わたしは
体格が良く薄い髪の毛のおじさんが現れて驚いたところを慣れた様子でにっこりと微笑まれたことを今でもしっかりと覚えている。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
挨拶をして頭を下げたわたしたちに人の良い笑みを返した時任サンを挟んで並ぶ。
灰皿に一番近い砂利のない場所はわたしの特等席になっている。
タバコに火をつけて一度大きく吸い込んで、緩く紫煙を吐きながら手をパタつかせて東雲サンを呼ぶ。
「東雲サンは誰推しです? わたし鬼箱推しです」
「あー、鬼たちは選べませんよね。みんな素敵で。ドラゴンなんかも好きですよ」
「あのちょっとかわいいドラゴンさんね。人の姿にもなるんでしたっけ」
「あ、俺それはちょっと知らないです」
「やべ、ネタバレしちゃった」
「そのくらいなら大丈夫ですよ」
後に職員さんたちから「二人とももっとテンション上げられるでしょ。ほら上げて上げて」と言われる要因となった盛り上がり。
普段からテンションが高めのわたしはともかくとして、口数の少なさが施設で一番とまで言われる東雲が一緒に盛り上がっていたのが意外に思ったらしい。
その場にいたほとんどが目を丸くしていた。
時任は変わらず微笑んでいたが。
「盛り上がってるね。アニメか何かの話かな?」
「時任サンはアニメ見ないですもんね。こういう作品ですよ。ここらへんが鬼で、これがドラゴンです」
検索した画像を見せながら説明していくと、首を傾げた時任サンは顔を逸らして煙を吐き出し、しょんぼりと眉を下げた。
「オジサンにはちょっとわからないなぁ」
「流行についていけない感じですかぁ?」
にまにまとからかってやると、時任サンはそれでも優しい笑みを浮かべてみせた。
仲間を見つけてテンションの上がりきっていたわたしは少し落ち着くために大きく煙を吸い込む。
タバコの値上がりが続く中、禁煙などしてたまるものかと変に意地になって比較的安いタバコへと変えたのだが、妙にクセになる味わいに満足していた。
(オジサン臭いなんて言ってごめんよ。もうお前以外考えられないよ)
内心でそうふざけながら箱を撫でていると、小さな声が聞こえて眉根を寄せる。
あまり歓迎したくない人物の登場だ。
「俺のと同じじゃん。空音サン、ナカーマ」
「死ぬほど嫌なんで変えてくれませんか」
「ひどくね!?」
そこまで言わなくたっていいじゃないか、と喚いたのはわたしより年下だが施設の中では先輩である
慎也サンはサービス管理責任者の息子でありながら、というか、そのためなのか、施設内で最もいじられキャラだった。
ちなみにアズの恋人である。
「時任サン、空音サンがいじめるよォ」
「はは、お疲れ様です」
泣き真似をしながら縋りついてきた城内に優しく声をかけた時任サンだったが、おかしくて笑ってしまったのを慎也サンは聞き逃さなかった。
そして、時任サンの隣で我関せずと顔を背けていた東雲サンにしがみついた。
「東雲サン!! 空音サンと時任サンがいじめる!!」
「いじめてないですよ、いじってるんです」
いじめといじりは全然違います、と胸を張る。
東雲サンは慎也サンの頭を撫でてやり、一言。
「良かったですね」
相手をするのが面倒だったのか、それともなにも思い浮かばなかったのか。
おそらく後者であろう東雲サンを一番ひどいと喚く慎也サンを後目に、ある2人の視線に気付いて不快感が込み上げる。
思わず舌打ちをしながらタバコの火を揉み消して事務所内へと戻った。
「意味わかんねェ」
男性3人と一緒にいただけ。
ただそれだけなのに、咎めるような視線を感じて居心地が悪かった。
おそらくあの2人は3人の中の誰かのことを好いているのだろう。
声をかける勇気すらない情けない自分のことは棚に上げ、ただ仲良く話しているだけだったわたしを尻軽だとからかってきた同級生のことを思い出して気分が悪くなった。
学生時代からわたしには異性の友人の方が多かった。
大人しくおしゃべりをしているよりも駆け回って遊ぶ方が好きだったし、イタズラだって大好きだったからだ。
小学校の時など、四つん這いで駆け回り遠吠えを真似し、オオカミ軍団なるものを作り上げて男子を引っ張っていた。
中学生になると少しは大人しく座っていることを覚えたが、代わりに教師へイタズラを仕掛ける男子と一緒になっていた。
悪ふざけをして教師を困らせる割に勉強はできるタチの悪いグループができた。
高校は定時制の夜間部に通っており、そもそも女子の数が少なかった。
3:1の男女比だったが、そもそも女子がなかなか登校してこなかったのだ。
大人になっていくにつれて周囲の目が変わっていくことには気付いていたが、それでも変わることは無かった。
ただ、友人たちは違った。
酒臭い荒い息。
押さえつけられて自由のきかない体。
信頼していた、親友だと思っていた男たちの本性を見せつけられた。
元々
傷口にありとあらゆる香辛料を塗り込むような彼らに、紅月は絶望した。
だれでもいいの
ねえ、だれか
いっそ不快になるほどの弱々しい声が耳の奥に残って消えない。
おねがい、だれか
たまらなくなって拳を壁に叩きつけた。
職員さんがやってくる。
無理矢理笑顔を張りつけた。
たすけて
「やーなこった」
悲痛な叫びに舌を出して歪んだ笑みを浮かべる自分の顔が、鏡にしっかりと映っていた。
「空音ちゃん、大丈夫?」
「ええ、もう、ダイジョウブデス」
背後から声をかけられ、穏やかな笑みを意識してゆっくりと言葉を紡いだ。
職員さんはより一層心配そうな顔をしていたが、そんなことは気にせず自分の席に戻ることにした。
日課となっているゲームへのログインを済ませようとスマホを確認したところ、外で盛り上がっているはずの時任サンからメッセージが届いていた。
《空音サンの連絡先が知りたいそうですが、教えてもいいですか?》
誰にだよ、と思いながらも、少しだけ迷ったあとに了解のスタンプを送った。
直接聞いてこないということは男性の可能性が高い。
女性ならともかく男性の利用者で苦手な人はあの場にいなかったな、と思い出していた。
何故か再び気分が落ち込み、机に突っ伏した。
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