第7話 海底撈月

 荒哉が早く気付いて炎で宗次の周辺を炎のドーム状に覆って守ってくれなければ、宗次は今頃荒寺の下敷きになっていた。

宗次が荒寺から抜け出して外に出た時には、行曹はもういなかった。


「やられた……」


おそらく、行曹は勝ち目がないと思ったのだろう。だから、宗次を荒寺の中におびき寄せ、建物を何かしらの方法で壊して圧死させようとした。

どこまでも卑劣な行曹の行いに、宗次の怒りは頂点に達していた。

 その時、突風が吹き荒れる。


「大丈夫ですかー?」


 空中にヘリコプターが飛んでいる。そのヘリコプターから聞こえた声に宗次は大声で返事をした。


「大丈夫です!」


 間もなくしてヘリコプターが宗次の前に着陸する。

 ヘリコプターから緋色の袈裟を着た僧侶が降りてくる。彼は宗次が最初に京都で出会ったあの僧侶だった。


「宗次君、怪我はありませんか?」

「……ありません。ただ、行曹を逃がしました」

「! あれに会ったのですか?」

「正確に言えば、咲守さんの体を乗っ取った行曹です」


 次の瞬間、宗次は僧侶の頬を平手打ちする。

 叩かれた衝撃で僧侶は地面に倒れた。頬をさすりながら宗次を睨めあげる。


「知っていたな……知っていて、わざと僕に言わなかったことがあるだろう」

「何のことだ?」

「とぼけるな! お前らは京都に現われたあの千手観音が、。知っていて、僕に教えなかった!」


 宗次がそのことに気づいたのは、行曹に出会った時だ。

 宗次はずっと違和感を覚えていた。


 なぜ、行曹は日本や世界に圧倒的な力を振るった仏像、覚醒者を復活させないのか、と。

宗次はこう思っていた。仏像、覚醒者は魂を破壊しない限り、ずっと生き続ける、だから魂が生きる限り、再び現れる。だが、そう考えると矛盾が生じる。

 それではなぜ、行曹は今まで京都の他の地区で仏像、覚醒者を出現させなかったのか。もしもたくさんの人を極楽浄土に送りたいのなら、一気に仏像を復活させて京都やその他の地域を滅ぼすのが手っ取り早いし、行曹の目的も達成される。

 だが、行曹はそれをしなかった。否、できなかった。

 仏像、覚醒者が

 仏像、覚醒者は一度出現し、一度宙に浮き、一度圧倒的な力でその地域周辺を滅ぼし、消える。

 なぜか?

 それは仏像、覚醒者が果たすべき目的を達成したからに他ならない。


「あれか? 僕に行曹を倒させるためか? だから!」

「……反対に、お前は知らなかったのか?」

「え?」


 パシャッ、と冷水を浴びたようだった。

 思い返せば、6人の僧侶のうちの1人が言っていた。


 そのうち千手観音は君が倒した。残りは2体だ


 この時、宗次は気づくべきだった。なぜ気づかなかったのだろう。

 誰も仏像、覚醒者が復活するとは言っていないし、名古屋を襲った千手観音が京都で見たものだと同一だと誰も言っていない。

 宗次の勘違いだったのだ。

 宗次はその場に膝をつき、脱力した。

 宗次は母を殺した仏像、覚醒者を倒してなかった。

 復讐できていなかった事実を突きつけられ、宗次は慟哭した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る